696 【醜い魔物の成り上がり】必死の攻防、想定外の再開
「ンエーーーーーーッ!!」
陸クジラの正面で羽ばたき、強力な毒液の飛沫を浴びせ続けるドクゲーゴン!
しかしその毒液は、陸クジラの口内へは届かない。
「ムググーーーーーーッ!!」
陸クジラがその口を、固く閉ざしているからだ!
陸クジラの口周りは毒液を浴びて焼けただれ、酷い状態になっているが......驚異的な自己治癒力が、すぐにそれを正常な状態へと回復させてしまう。
いたちごっこであり、事態が進展しない!
(いや......これ、じり貧ってやつだよぉ......このままだと......!)
羽ばたき、毒液をまき散らしながら、ドクゲーゴンはステータス板を呼び出し、自らの残存魔力を確認する。
自らの質量を超えて生み出される大量の毒液は、魔力とやらが何かをやってこの世に生み出されているらしく......とにかくドクゲーゴンが毒液を分泌する度に、彼の魔力は減るのだ。
そして確認したところ、【進化】直後の状態と比べて、魔力が5分の4程の量まで、減っている。
毒液を分泌する、限界量。
それが、見えてしまっている。
一方で巨大な陸クジラの魔力や体力はどうか。
確認する術はないが、これ程強力な存在が、ドクゲーゴンの魔力以下の耐久性しか持たないなどと言うことは、ありえないだろう。
つまり、先に限界を迎えるのはドクゲーゴンであり、陸クジラではない。
このままでは、ドクゲーゴンは負ける。
「ムグーーーッ!!!」
「ンエッ!?」
そして、その時だ!
それまで固く口を閉じ、ドクゲーゴンの毒液に耐えていた陸クジラが......突然ドクゲーゴンに、突進した!
ちょうど、額で頭突きを放つような動作だ!
それまでは、毒液に触れることに忌避感を抱いていた陸クジラだが......どうせ浴びせられるのなら、それも構わないと判断したのだろう。
間一髪羽ばたいてフワリと浮きあがり、その攻撃を回避するドクゲーゴンだが......少し距離をとったドクゲーゴンに、今度は【フジツボビーム】の乱射が迫る!
ビッ!!
ビッ!!
ビビビーーーッ!!
「ンエーーーッ!?」
ドクゲーゴンはそれを、必死になって避けた!
ちらりと陸クジラの口周りを見ると......毒によって焼けた皮膚が、既にほぼ完治している!
(どうしよう......どうしよう!?)
ここに来てようやく、ドクゲーゴンの本来の性質である臆病さが、再び彼の心の中で首をもたげ始めた。
きっと、勝てない......であれば、逃げたい。
ああ、でも。
あれは、エミーの仇だ!
一人でおめおめと、逃げおおせる?
悔しい、そんなの、嫌だ!
飼い主を......大切な仲間を奪った相手に、何もできず、泣き寝入り?
嫌だ!!
「ンエェッ!?」
ビッ!!
しかしそんな思いとは裏腹に、逡巡し、動きの鈍ったドクゲーゴンの毒液の翼に、【フジツボビーム】が掠る。
翼を形成していた毒液は瞬時に沸騰し、蒸発!
ドクゲーゴンはすぐに毒液を大量分泌し、翼を再生させるも......。
ビッ!!
ビッ!!
ビッ!!
「ンッ、ン、ンエッ!?」
次々に......毒液怪鳥の体は【フジツボビーム】に打ち抜かれ、弾け飛んでいく!
彼が弱気にのまれて動きを鈍らせた、数秒間。
それは百戦錬磨のスナイパーフジツボ達にとっては......必勝の隙であったのだ......!
「ンエーーーーーーッ!?」
そしてついに、毒液怪鳥の頭までもが打ち抜かれた。
胸部あたりにその身を隠していたドクゲーゴン本体は無事だが、一度に大量の毒液を失ったことで、彼はその制御を手放してしまった。
途端にドクゲーゴンの全身を覆っていた毒液は剥がれ落ち、小さな本体が外気に露出する!
その瞬間。
ドクゲーゴンの体に......陸クジラの顔面にはりついたフジツボ達の殺気が集中した。
......ドクゲーゴンの主観的時間の流れが極端に遅くなる。
今この時の彼は、闇に包まれたフジツボ達の殻の中が、光線を放つために真っ赤に染まっていく......1秒にも満たないはずのその過程すら、ゆっくりと感じていた。
とは言え、何もできない。
素早く飛び離れ、光線の射線から逃れることは不可能。
ただ、知覚できているだけ。
それは、本来であれば瞬きの間に終わる死への行程をいたずらに引き延ばす、生理現象の生み出したある意味残酷な仕打ち。
(あ)
ドクゲーゴンは。
(あ、あ)
放たれた【フジツボビーム】が。
(あああ)
己の、死が。
(あああ、あああ)
ゆっくりと近づいてくる様を見て。
(ああああああああああああッ!!!)
その瞳を毒液で濡らしながら、ただ......内心で叫ぶことしかできず、そして......!
◇ ◇ ◇
(......あれ?)
ドクゲーゴン。
毒の翼で空を舞う、紫毒魔鳥。
巨獣の台地においては、弱々しく小さな存在である彼は、どす黒い漆黒の闇の中で、囚われている自分に気づいた。
(え!?何、何!?もうボク、死んじゃった!?そして、また生まれ変わり!?)
一度転生を経験した彼の思考は、すぐさま現状をそのように推測した。
「ンエ、ン......ンエッ!?」
しかし、声を出そうとすると、喉から出るのは紛れもなくドクゲーゴンの間抜けな鳴き声だ。
そしてよくよく周囲を観察すれば、ただの闇だと思っていたそれはその実ゴツゴツとした壁のようなものであり、時折錆びたような赤色が浮かびあがっては消える。
(え、これって......)
赤が浮かびあがる、黒。
(もしかして......!?)
ドクゲーゴンは、その色合いに......見覚えがあった!
ギチチチチチ......!
と、ここで。
周囲の暗闇が、金属的な音を立てながら、“割れた”。
すると視界に映るは、寒々とした初冬の、曇天。
肌に届くは、【フジツボビーム】によって熱せられた空気の、高温。
「ボアアッ!?」
そして耳に届くは、事態をのみこめず困惑する、陸クジラの声である。
今、ドクゲーゴンは......地面から伸びる、腕の様な形をしたどす黒い何かの上に、乗っているわけだが。
その腕の根元あたりの地面から......何やら振動が、伝わってきた。
その揺れは、徐々に、徐々に......強くなっていき。
ズズズ、という音が......ドクゲーゴンの耳にも届き始めた、その時!
「らあああああーーーーーーッ!!!」
ドオオオオオーーーンッ!!
そんな盛大な爆発音すら鳴らしながら、地面から黒い色の生き物が飛び出した!
宙をくるくると舞いながら触手を伸ばして地面に突き刺し、フワリと浮かびあがったその生き物の、正体は!
(エミーーーーーーッ!!!)
ドクゲーゴンの飼い主、黒髪黒目の少女、エミーだった!
(そ、そうか!地面に潜って!生きてたんだ!!)
「ンエーーーッ!ンエーーーッ!」
ドクゲーゴンは思わぬ再開に喜び、歓喜のあまり全身から毒液をあふれさせた!
しかし......!
「なんで逃げてない、ドクゲーゴン」
「ンエッ......」
触手でフワリと宙に浮くエミーの口から出たのは、怒りすら込められた叱責の言葉だった。
「勝てない相手からは、逃げる。命が一番大事。違う!?」
「ンエ、ンエ......」
その表情は、相変わらずの無表情。
しかし言葉に込められた怒気は、本物だ。
ドクゲーゴンは、それが恐ろしくて......ガタガタと震えた。
「でも」
しかし、エミーは。
すぐにその怒気を、引っ込めた。
「よく、生きてた。ドクゲーゴンは、私が思ってたより、凄い奴だった!」
そしてまっすぐにドクゲーゴンの瞳を見つめながら、言ったのだ。
「恰好良くなったね、ドクゲーゴン!」
「ンエーーーッ!!」
ドクゲーゴンは、その言葉が誇らしくて!
バサバサと、翼を羽ばたかせた!




