689 【醜い魔物の成り上がり】彼の前世への気づき
「キャイーーーッ......!?」
エミーによるアッパーカットを受けた巨大狼は、悲鳴をあげながらひっくり返り、巨木をなぎ倒しながら仰向けに転がった。
「ヴウウーーーッ......!!」
しかし、まだ生きている。
巨大狼は無様に転がりながらもその瞳を怒りに染め、鼻をスンと動かした。
それはチビのくせに自分を殴り飛ばすという、不敬で誅すべき極小生物の居場所を掴むための、本能的な行動である。
しかし、結論から言えばそれは、全くもって無駄な行動であった。
何故なら次の瞬間には......エミーはその、巨大狼の鼻先に。
ストンと......空から降って来て、着地したから。
「思ったより、硬かった」
突然のことに驚きキョトンとする、巨大狼。
エミーはそんな狼の呆けた顔......その額の辺りに向かって。
ギュッと握ったその右拳を。
鼻先から跳びはね......叩きつけた!
パアアアアアンッ!!!
刹那、響きわたる大轟音!
エミーの振り下ろしたその拳は、明らかに物理法則を無視した威力を発揮し、巨大狼の頭部を消し飛ばした。
後に残るのは、首から上を失い動かなくなった巨大狼の死骸である。
「............」
地面に一度着地してから跳びあがり、巨大狼の肉の上に降り立ったエミーは、無言のまま全身から触手を展開し、“触手のバケモノ”とでも言うべき姿へと変じる。
それら触手の形状は、大まかに分けて二つ。
一つは、鋭い鉤爪のような器官を先端に備え、死骸に突き刺さり魔力を吸いあげる通常の【黒触手】。
もう一つは、ガチガチと牙を鳴らしながら、死骸の肉に食らいつく【黒伸顎】。
無数に伸びるそれらが、巨大狼の死骸を覆いつくし、通常の生物の“捕食”とは異なるアプローチによって、瞬く間にそれを食らい尽くしていく......。
「ンエーーー......!」
彼はそれを、震えながら眺めていた。
それをなしているのが、彼の“飼い主”を名乗るエミーであるにしても。
何度見ても、怖い物は怖いのだ。
しかも、触手を用いた捕食スピードについてだが、これは彼がエミーに出会った時点と比べても、明らかに速くなっている。
エミーも、成長しているのだ。
出会った当初から、規格外なのに。
(本当に、あのヒト、“何”なの......?)
常軌を逸した膂力。
殺しを何とも思わぬ精神性。
さらには、一切の毒が効かず、自由自在に触手が伸びる。
しかし併せ持つ、神々しいまでの美貌。
彼はエミーのことを人間であると、判断する材料を持ちあわせていなかった。
しいて言うなら、通常形態が人型であることくらいだ。
きっと人型の魔物とか、そういう類の存在なのだろうと。
今生きる世界の常識に乏しい彼の推測は、その程度の結論くらいしか用意できない。
考えるだけ無駄というやつだ。
得体が知れないのだ。
(怖い......)
「巻きこまれてない?大丈夫?」
と、ここで、エミーの本体が触手の塊の中から、ぬるりと現れた。
その背中からは未だに数えきれない程の触手が伸び、巨大狼の肉体を貪っているが、それと同時並行的に本体も自由に動けるらしい。
エミーはスタスタと彼に近づき怯える彼を両手で持ちあげて、じっと見つめた。
「もう、怖いのは、いないよ......よしよし」
そして彼のことをぎゅっと抱きしめて、頭をなでた。
(怖いのは、あんただよぉ!?)
色んな意味で口にできないそんな本心を胸に秘めたまま、彼はなされるがままになでられた。
彼が解放され、ジャイアントイエロートポポロックの上に置かれたのは、それから1分後のことである。
何しろエミーの膂力は、異常なので。
ちょっと力加減を間違えば、彼の脆弱な肉体などひとたまりもないのだ。
その緊張から解放され、彼は深く深く息を吐いた。
しかし。
「............」
優しく頭をなでられる、あの感触。
決して、不快なものではなかった。
エミーは。
どれだけ自分が毒液塗れ、ゴミ塗れであったとしても、気にしない。
彼との間に壁を作らず、接してくれる。
(............ボクの、前世の家族も)
そうであって、くれれば......と。
彼はふと、そんなことを思い。
今さら詮ないことと、首を振り。
「............」
もう一つ、ようやく気づいてしまった、彼が“見たくもない事実”については、目をつむった。
そして黙って......ジャイアントイエロートポポロックの肉をついばみ始めた。
しかし、その時だ!
「グオオーーーーーーッ!!」
またしても周囲に、獣の叫び声が響きわたった!
そして巨木をなぎ倒し、ズシンズシンと地響き鳴らし、彼の眼前に現れたるは巨大虎。
そのサイズは、先程の巨大狼とほぼ同じ。
見あげる程の高さ!
「シャアアーーーーーーッ!!」
しかも、それだけではない!
巨大虎の反対方向から現れて鎌首をもたげたのは、真っ黒な巨大蛇だ!
その胴回りは一軒家を丸のみできそうなくらいには太く、その体は森の奥まで伸びており、どれだけ長いのか想像もつかない!
その瞳は戦意に燃え、冬だと言うのに冬眠する気配は微塵も感じられない!
そしてさらには、巨大ノシテルケッチまでもが出現!
「ンエーーーーーーッ!?」
なんで、突然、どうしてこうなった!?
彼は全身から盛大に毒液を噴き出しながら、恐怖に震えた!
結論から言えば......巨大魔物達は、彼やエミーの鳴らした戦闘音に、引き寄せられて来たのだ。
先述した通り、餌の少ない冬は巨大魔物達にとっても厳しい季節だ。
戦闘音のあるところには、必ず敗者という名の肉がある。
そして運が良ければ、傷つき弱った勝者という名の肉もある。
......乱入、しない訳には、いかないのだ。
卑怯とは、言うまい!
これは生き残るための、至極真っ当な戦略である!
「......良いだろう」
......しかし!
彼とは違い、複数体の巨大魔物達に囲まれても、彼の飼い主エミーは、少しも揺るがない。
魔物達に負けない程の......いや、それを上回る程の【威圧】を周囲にまき散らしながら。
エミーは堂々と......叫んだ!
「......皆殺しだッ!!!」




