687 【醜い魔物の成り上がり】巨獣の台地の覇者
「ボアアアアアーーーーーーッ!!!」
苛烈な怒気を孕んだ咆哮が、響きわたる。
声の主は、陸クジラ。
この巨獣の台地で最も大きく、最も強く、最も長命な、生態系ピラミッドの頂点だ。
その足元で死んでいるのは......陸クジラには及ばないが、こちらも巨大なサイである。
学校の体育館をイメージしていただきたい。
それよりも大きな体躯を持つ......と描写すれば、正確ではなかろうとも、少なくともそれが巨大であることを理解していただけるだろうか。
巨獣の台地は森ばかりではなく、その北部には草原が広がっており、このサイはその草原の主のように振る舞う存在だった。
彼は巨体だけではなく、鋼鉄の鎧よりも頑丈な皮膚と刀剣よりも鋭い角、そして残虐な知性を兼ね備えていた。
生まれてこの方、負けたことがなかった。
故に、勘違いした。
......時々、彼の縄張りである草原にも足を踏み入れる、アンタッチャブルな巨大生物。
災厄の如き魔物。
陸クジラに。
......勝てるのではないかと。
結論から言えば、それは大いなる思い上がりであり......彼は陸クジラの足元にも及ばなかったわけだが。
それにしたって、彼は運が悪かった。
いつもの陸クジラなら、無謀にも挑んで来た敵を一飲みにする。
それだけで、戦闘は終了だ。
敵対者は苦しむ間もなく、強力な消化液で溶かされてその生涯を終える。
しかし現在......陸クジラは、虫の居所が悪かった。
故に彼は、嬲り殺しにされた。
手脚は捻じれ、分厚い皮膚は無惨に破れ、血まみれ。
辛うじて頭部は原型を留めているが、首から下はグチャグチャで、凄惨な有様である。
「ボアアアアアーーーーーーッ!!!」
それ程までに、痛めつけても。
既にサイは事切れているにも関わらず。
陸クジラの怒りは収まっていなかった。
ズドン、ズドン、ズドンッ!!
陸クジラは怒りの声をあげながら、サイの亡骸をその巨大な足で何度も踏みつぶした。
何度も......何度も!
サイの血肉は薄く引き延ばされ、すぐに土と混じり、赤黒い台地の汚れと化した。
......何故、この陸クジラは、こんなにも機嫌が悪いのか?
その答えは、簡単だ。
この前の、冬くらいからだろうか。
彼の、縄張りを。
つまり、巨獣の台地を。
......コソコソと荒している、よそ者がいるからだ。
巨獣の台地は、彼の支配地だ。
森も、水も、土も、空気も、そこに生きとし生ける全ての者も。
全ては、彼の物なのだ。
この台地に生きる全ての者は、彼が寛大にも生存を許可しているから、そこに生きている。
その命を刈り取るのは、彼の権利である。
それなのに。
その、よそ者は......彼の権利を、侵害しているのだ!
寛大な彼が、許容できない程に!
◇ ◇ ◇
陸クジラはその種族柄、生まれた時から強者であった。
何せ、大きいのだ......この世に産声をあげた時点で7メートルを超える体長を誇っていた彼には、有象無象が寄ってたかって襲いかかっても全く意に介さないだけの基礎能力があった。
相手は赤子だと見くびり、そして返り討ちにあった魔物達の、ボロボロになった死骸の山。
それが彼の原風景である。
彼は自らが殺した魔物達を、母親の乳を飲むその前に、貪り食らった。
自らの力を示し、敵を食らう。
それは得も言われぬ、快感だった。
その経験が、彼のその後の生き方を決定づけた。
彼は赤子であるにも関わらず、目につく魔物を殺して、殺して、殺して、食らい、食らい、食らった。
本来温厚な気性を持つ陸クジラ達にとって、そんな彼の在り方は異常そのものであった。
故に、彼は、すぐに群れから追放された。
しかし、そんなことは、彼にとってはどうでも良かった。
親子や兄弟、仲間達との絆?
そういったものをありがたがる感受性が、彼には欠落していた。
その代わり彼には恵まれた体躯と魂、尽きせぬ闘争心と支配欲、そして幸運を持っていた。
彼は日夜闘争を続け、肉を食らい、どんな陸クジラよりも大きくなった。
するとその時になって、自分を追放したはずの陸クジラ達が......特にメスクジラ達が、彼にすり寄ってきた。
優秀な、群れのリーダーを。
そして優秀な、彼の遺伝子を求めて。
彼は、そんな陸クジラ達を。
......皆殺しにして、食らった。
何も、かつて追放された恨みがあったわけではない。
単純に彼には、家族も、仲間も、子孫も、不要であっただけだ。
種の存続?
全くもって、くだらない。
彼にとって種の存続とは、即ち己の存続である。
誰よりも強い彼が、永遠に勝ち続け、生き残り続ければ、種は存続するのだから。
その当時......生まれてから千年程経った時点で、既に彼は一般的な生物としての範疇をはみ出し、亜神へと至っていたので。
寿命という軛より、解き放たれていたので。
自然とそんな風に、考えていた。
◇ ◇ ◇
同族を根絶した後も、彼の闘争は続いた。
その当時の彼の体躯は今ほどは大きくなく、巨獣の台地には彼以外の強者も多かった。
外部からの侵入者も、多くいた。
<<<オレ様は、雷黄帝竜ピリリビチ・ラギ・ウバギレッ!今日からこの台地は、オレ様の縄張りグギャーーーーーーッ!?>>>
細長い蛇のような胴体に無数の手足と翼が生えた、やかましい、空飛ぶトカゲが襲いかかってきたこともあった。
でも丸のみにしたら黙った。
とにかく彼は戦い続け、殺し続け、食らい続けた。
彼はこの広大な......しかし彼の体躯からしてみれば少々窮屈な箱庭の中で、飽くなき闘争を続け......。
ついには、自他ともに認める、巨獣の台地の覇者となったのだ。
◇ ◇ ◇
「ボアアアアアーーーーーーッ!!!」
......やかましい空飛ぶトカゲの断末魔を思い出した陸クジラは、その滑稽さについ、笑った。
それで少しだけ気分が良くなったので、サイだった物への八つ当たりもやめる。
「............」
そして陸クジラは地響きを鳴らしながら、ゆっくりと森を振り返る。
今、侵入者はおそらく森にいる。
『おそらく』といったが、その侵入者は普段、強者の気配を隠しているのだ。
戦闘の瞬間だけ、気配を放ち、それが終わると隠す。
そのようにしているらしいのだ。
そりゃあ、そうだろう。
常時強大な気配を垂れ流しにしていれば、獲物が寄ってこない。
必要な時に必要なだけ力を発揮するのは、理にかなった生き方である。
しかし、普段は気配を隠されているが故に、陸クジラは侵入者の所在を、はっきりと知覚できない。
だから陸クジラは、自分の縄張りを必要以上に荒らす侵入者をすぐにでも排除したいのに、それができない。
どこにいるか、わからないから。
侵入者の気配を察知できても、すぐに見失ってしまう。
侵入者は、卑怯だ。
卑怯者なのだ!
ズシン、ズシン、ズシン......!!
再び高まり始めた怒りをその足音に乗せて、陸クジラは森に向かって歩き始めた。
侵入者を見つけたら、どうやって殺してやろうか。
そればかり、考えながら。
その瞳は、怒りと殺意で、酷く濁っていた。
【やかましい、空飛ぶトカゲ】
雷黄帝竜ピリリビチ・ラギ・ウバギレとかいう、大きな竜。
多分、雷を操るとても強い竜であり、竜たちの王の内の一柱だったんじゃないかな......。
なお、第658話でこのクジラについての描写がありましたが、その表現を変更しています。
変更前は『ガウーガブでも倒せる』設定でしたが......ガウーガブでは、勝てないわ......。




