685 【醜い魔物の成り上がり】カギムシの必殺の技
ビュウと風が吹き、朝もやが吹き流されていく。
ザワザワと、木々が揺れる。
朝日は未だに、真横から彼とカギムシを照らしている。
「ミョーゴミョーゴ......シュゴッ!ミョーゴミョーゴ......シュゴッ!」
どこか遠くから、巨大ミョゴミョゴシュゴの鳴き声が響き始める。
「ン、ンエ......」
彼はガタガタと震えだくだくと毒液を垂れ流しながら、無言で己を【威圧】するカギムシを見つめた。
彼は魔物として生まれてこの方、コソコソと生きてきた。
徹底的に、戦闘を避けて。
なのに、いきなり、こんなでかいバケモノを倒せ?
(で、できるわけが、ないよぉ!なんで、ボクが、そんなことを!?)
彼の頭の中では、さっきからそんな言葉が行ったり来たりしている。
攻めるも、守るも、逃げるもしない。
ただただパニックに陥り、狼狽えていた。
「............」
一方でカギムシの方も、彼を【威圧】し続けてはいるが、そこから不用意に戦闘行為には進もうとしない。
このカギムシは地球におけるカギムシとは比較にならないほど強靭な肉体と魔力を持っているが、それでも生活の場は“巨獣の台地”。
3メートルの肉体ですら、他の魔物達に対抗するための武器とは、なり得ない。
他の魔物達の中には、もっともっと大きい者がたくさんいるからだ。
巨大カギムシは、この台地の食物ピラミッドの中では、比較的下層に甘んじる生物だった。
だからこのカギムシは、これまでのカギムシ生を経て慎重な性格を培っていた。
じっと睨みあう、二匹の魔物。
そんな状況は、故に発生していた。
「頑張れ......ドクゲーゴン!」
埒のあかないそんな様子を見て、エミーは力強く、彼を応援した!
(だから、無理だってばぁーーーッ!!)
彼は目から大量の毒液を垂れ流しながら、救いを求めてエミーを振り返った。
後方で腕を組みながらその様子を見たエミーは、ゆっくりと頷き......。
「......気持ちは、わかった」
ゆっくりと右拳を前に突き出し、親指を上にあげて。
「全力で......楽しめ!!」
......訳のわからないことを言った!
(気持ち、全然わかってないよぉッ!?『楽しめ』って、何!?ボクの内面をどのように誤解しているのぉッ!?)
彼はガタガタ震えながら、さらに全身から毒液を噴出した!
「やる気......満々か!」
(違うってぇ!びびってるんだってぇ!!)
どうやらエミーは、彼の毒液分泌を戦意の表れであると判断したらしい。
「............」
しかし......エミーには彼の精神状態を理解してもらえなかったが、現在彼に相対しているカギムシは違った。
カギムシは彼がただ怯えるだけの、弱者であると......本能が囁く声に従い、正確に理解したのだ。
故に......カギムシはついに行動を起こした!
「ブシャーーーッ!!」
「ンエーーーーーーッ!?」
次の瞬間である!
カギムシの口の両サイドが突如、盛り上がったかと思うと......そこから2本の、白い紐のような物が噴出された!
それは......紐に見えるだけで紐にあらず!
カギムシの決戦兵器......粘着液だ!
「ンエッ!?ンエッ!?」
逃げようともしない彼の体は、実に良い的だった。
狙い過たず放たれたカギムシの粘着液によって彼の肉体は地面に縫い付けられ......もはや身動きがとれない!
(助けてぇッ!!助けてぇッ!?)
救いを求めて彼は再度エミーの方へ顔を向けたが、エミーは腕を組んだまま動かない。
その美しい顔には、何の感情も浮かんでいない。
(み......見捨てられた?)
そんなエミーの顔を見て、彼が感じたもの......それは喪失感だった。
(また、見捨てられた......?)
それは、前世で常に、彼が感じていた感覚だ。
家族仲は、良いと。
幼い頃は、そう信じていたのに。
彼が成長するにつれ......その出来の悪さが露呈し始めると。
彼は優秀な兄と、いつも比べられて。
彼は。
(はは......)
彼はジタバタともがくことをやめ、ぐったりと地面に横たわった。
カギムシが、その無数にある足をもぞもぞ動かして這いよってくるが......もはやそちらに視線すら向けない。
ただ、毒液を延々と分泌しながら......木々の葉の隙間から見える、朝の空の水色を眺めていた。
(出会って一日の相手に、何を期待していたんだろう、ボクは?)
空虚な心からポロポロと、諦めの言葉が零れ落ちる。
エミー・ルーン。
この世界で初めて出会った、人間。
人間......?
少なくとも、人型の生き物。
彼のことを......『おいしくなさそう』という意味のわからない理由で、飼うことにした存在。
“嫌いな”生肉を、押しつけてくる飼い主。
そんな彼女に。
彼は。
愛されるのではないかと、期待していた。
今度こそ。
でも......。
(どうせボクなんか......)
お決まりの台詞を零したところで。
ぬっと、カギムシの頭部が、彼の視界に映りこんだ。
見れば見るほど、グロテスクな見た目だ。
湿っていて柔らかそうな、口元。
しかしそれとは裏腹に、その内部には鋭利な牙がチラリと覗く。
(あ......あああ、あああッ!!)
その牙の鋭さ、恐ろしさは......彼の心を心地よい諦観の海からすぐさま引きずりだし!
冷たい、外気......死の恐怖へと、曝した!
(死にたく......ないッ!!)
最後に、心の中でそれだけ言い残して。
恐怖のあまり、盛大に毒液を噴出させてから。
彼は意識を失った。




