684 【醜い魔物の成り上がり】朝もやの中の散歩
さて、翌日である。
木々の幹の間から顔を出した日の光が朝もやを黄色く照らす中、エミーは巨大な下草をかき分けながら森の中を進んでいた。
彼女が羽織ったどす黒いロープの胸ポケットに......彼の体をすっぽりと収めて。
これは彼女いわく、『散歩』であるらしい。
『ペットの散歩は、飼い主の責務なの?』なのだと、出発前にエミーは独り言を言っていた。
何故か、誰かに問いかけるような口調で。
(いや、でもボク犬じゃないし......ってかペットの散歩のつもりなら、ボクを歩かせなければいけないんじゃ......?)
そうは思っても何も言えないのが、臆病者の苦しいところである。
まるで相手にならないレベルで巨大な魔物と実力差のある彼女に逆らう選択肢等、そもそも彼には存在しなかった。
理由はわからないが、まるで毒も効いていないし。
というかそもそも前提として、彼は言語で意志表現ができないのだが。
だから彼は胸ポケットの中で小さく委縮し、ただただじっと、夏とは言え少し肌寒い朝の気温に震えていた。
「む」
すると、その時だ。
エミーが何かに気づき、足を止め首を動かす。
彼も何事かと首を伸ばし、ポケットから顔を出した。
そして後悔した。
彼がその時見たもの......それは!
木々の間を縫うように......いや、時折幹をへし折りながら!
もの凄い勢いでこちらに向かって飛んでくる、巨大な......砲弾のような何かだった!
「ンエーーーーーーッ!?」
彼は仰天し思わず全身から毒液を垂らしながら悲鳴をあげたが、一方でエミーは至極冷静だった。
「キャノンピッピか」
彼女はそうつぶやくと、ぬらりと......己の肩のあたりから、ゴツゴツと尖ったどす黒い巨大な腕を“生やした”。
【黒腕】である。
ズシンッ!!!
そして、その巨大な腕で、砲弾のような何かを、間髪入れずに受け止めた!
「ビビッ!?ビビビッ!!」
砲弾のような何か......それは羽毛の代わりに岩状の器官を全身にはりつけた、自動車程に巨大な雀であったが......それはまさか自分の突撃が受け止められるとは思っていなかったらしく、慌てふためいて甲高く喚いた。
「死ね」
それに対するエミーの返答は、実にシンプル。
無感情にそれだけ言うと、彼女は巨大な手のひらにぐっと力を込め、巨大雀キャノンピッピを握りつぶして殺した。
グチャリ。
嫌な音がして、破裂した水風船のように血が飛び散る。
(ひぃーーーーーーッ!?)
彼は悲鳴をあげたが、エミーは相変わらずの無表情だ。
キャノンピッピが飛んできた方向を、じっと見つめている。
そこには、徐々に明るくなり始める水色の空があった。
エミーはその空をしばらく眺め、そして。
「空の色......きれいだね......」
......と、言った。
(空の色がきれいとか今この瞬間にはどうでも良いよぉ!?気にすべきことはそこじゃないでしょ!?どういう情緒してるのぉ!?)
彼は独特過ぎるエミーの感性に、震えた!
さて、しばらく空を眺めていたエミーであるが、彼女はふと、何かに気づいた。
そして潰れた雀の死骸のそばに跪くと、その肉を小さく引きちぎる。
(え、それって、まさか......)
そしてそれを......容赦なく、恐怖に震える彼のくちばしに押し当てた!
「ドクゲーゴン、朝ごはんだよ」
(やだ、やだ、嫌だよぉーーーッ!!)
彼は今それほど空腹ではなく、それ故に魔物としての本能に人間としての理性が勝ったのだ。
だから彼は必死にくちばしを閉じて、いやいやと首を横に振ったわけだが。
「何故、食べない......?」
そんな彼の様子を見てエミーは首を傾げ、彼の顔をじっと見つめながら深く思考に沈み......。
「ああ......なるほど」
そして一つの結論に至った。
「自分で狩った肉でないと、食べないってことか......」
(違うぅーーーーーーッ!!)
「昨日の兎も、とどめはドクゲーゴンの毒液......。なるほど、そういうことね」
(違うってばぁーーーーーーッ!!)
彼は必死に首を振ってエミーの見当違いの推測を否定したが、残念、エミーの視線は既に前を向いており、胸ポケットの彼の行動を観察していない!
「そうと決まれば......【魔力察糸】」
(決めないで!ボクの生態を勝手に決めないで!)
そして何やらつぶやくと、昨日も見た牙つきの触手を生やし雀肉を食らい尽くしながら、瞳を閉じた。
ガツガツという食事音が響く中、1分程そうしていたエミーは......何かに気づいたような素振りをしながら斜め後ろの方向を振り向き、少し膝を曲げて......ぴょんと、跳躍した!
(うわぁーーーーーーッ!?)
ぴょんと跳躍、とは描写したが、その高度と飛距離は半端なものではない!
あっという間に周囲の樹高よりも高く跳びあがったエミーと彼は、朝日を背にどこかに向かって落ちていき......。
スタンッ!
ほとんど音もなく地面に着地したその時、彼女達の目の前にいた存在......それは!
全長にして3メートル程の体躯を誇る......名状しがたいバケモノであった。
とりあえず......色は、こげ茶色だ。
そしてその体は長く、足が無数に生えている。
頭部には、長い二本の触覚。
その体表はブツブツとした細かな突起で覆われており、ゴムのような質感があるように感じられる。
彼は前世において、このような生き物を見たことがなかった。
故に、『名状しがたいバケモノ』と......この魔物は彼の主観を参照するならば、そのように描写される。
しかし、サイズこそ違えど、この魔物と似たフォルムの生物は、地球にも存在している。
その名を、カギムシという。
「............!!」
巨大カギムシは突然近くに降って来たエミー達に気づき、少し頭部を上に持ち上げ、彼女らを見下ろすような姿勢をとって無言の【威圧】を放った。
「ンエッ......ンエッ......!?」
彼は叩きつけられる暴力的な魔力と殺気に怯え、身を隠せる安全地帯......エミーのポケットの奥に体を潜め、ガタガタと震えていた。
しかし......!
「さあ、行け、ドクゲーゴン」
そんな一声と共に、彼はいとも容易く安全地帯から追放された。
やったのは、エミーだ。
彼女は無造作にポケットに手を突っこみ、彼の体を掴むと......あろうことかポイッと、彼を巨大カギムシの前へと放り投げた!
そして!
「あれを、倒せ!」
そんな無茶な命令を、彼に対して下したのだ!
(むむむッ、無理だよぉーーーーーーッ!?)
彼は恐怖で毒液をビチャビチャと噴出しながら、内心で絶叫した!
「そして、その肉を......食らえ!」
(それも、無理だよぉーーーッ!?勘弁してよぉーーーッ!?)
そして更なる追加命令を受け、彼は心を絶望に染めた!
しかし、もう賽は投げられた。
巨大カギムシは彼の毒液に脅威を感じたのか......既に小さな彼のことを、敵と認識した模様だ!
戦いの邪魔をしてはいけないとでも思っているのか、少しずつ後ずさり彼とカギムシから距離をとり始めたエミーへの警戒を薄め、カギムシは......その【威圧】を、専ら彼に対して向け始めた。
「ンッ、ンエーーーーーーッ!!」
もはや、後戻りはできない!
彼にとっての......試練が始まる!




