683 【醜い魔物の成り上がり】焚火のそばの時間
(ボクは、ジョウ!晴馬情!『ドクゲーゴン』じゃ、ないんだよぉ!)
彼はジタバタと暴れながら、必死でクソダサネーミングに対して抗議した!
エミーはそれをじっと見つめると......。
「喜んでいる......やっぱり、言葉、理解している。確かに知能、高いね」
そうつぶやきながら、彼の体表にまとわりついた毒液を意にも介さず、彼の頭をなでた。
(違う違う伝わってないッ!喜んで、ないからぁッ!ボクは、ジョウだからぁッ!)
彼は必死になって抗議を続けたが......残念ながら彼は、人の言葉を理解はできても喋れない。
彼の喉から出力されるのは、『ンエーーー』という間抜けな鳴き声だけだ。
彼はこの時初めて、言葉というツールの偉大さに気づいた。
なお、何故、異世界に来て初めて聞いたはずの人間の言葉を事前学習もなく理解できたのかという謎については、意識にすらのぼらなかった。
その謎に対して答えを述べるなら、これは世界に遍く降り注ぐ言語神バマパーマの権能がもたらす恩寵が故であるのだが......閑話休題。
とにかく彼は名づけへの抗議に夢中だったし、その抗議はエミーに届かなかった。
ちなみに彼は、エミーが彼以外の誰かと“会話している風”であったことについても、気づかなかった。
さて、そんな訳で、ジタバタしながら『ンエーーー、ンエーーー』と喚いていた彼ではあるが。
「さ、ドクゲーゴン......ご飯の、続き。お食べ」
そう言いながらエミーが、焚火の光の届かない闇の中から引っ張り出して来た次の“ご飯”の姿を見て、一瞬で静かになった。
それは、おそらく兎であった。
何せ、耳が長い。
しかし、この森に闊歩する巨大魔物達の例に漏れず、その大きさは焚火に照らされた頭部のサイズから推測するに全長で5メートルを超えている。
前世で兎は、草食動物......に分類されていたと思うが......その前歯は犬歯のように尖り、鋭い爪は何かが付着した結果どす黒く変色している。
その顔は傷だらけで血まみれだが、表情は恐ろしく怒りに歪み、威圧的。
間違いなく、凶暴な魔物。
一目見て、そう理解できる面構えだ。
......が。
「ンエ......」
問題は、そこではないのだ。
問題は......。
「ピグルルル......」
問題は、そのバケモノ兎が......生きている、ということなのだ。
どうやらエミーが事前に弱らせてあるらしく、身じろぎし時々恐ろし気な唸り声をあげはするが、それ以上の行動はできないらしい。
でも......。
「さ、お食べ」
(た、食べられるわけ、ないでしょぉーーーッ!?)
そんな恐ろしい瀕死の魔物を謎の怪力で彼の前へ引っ張り出したエミーは、彼にそれを食べるように強要するのだ!
(ひ、ひぃーーーッ!?)
今もエミーは尻込みする......というか腰が抜けて動けない彼の背中を指で押して、バケモノ兎にズリズリと近づけている。
(そ、そりゃボクだって、魔物なんだろうからぁ......本当は狩りをして、肉を食べる生き物なんだろうけどぉ!)
しかし彼は生まれてこの方、親鳥から給餌されたドロドロを除けば、肉など口にしたことはなかった。
何故か?
それは、彼の性格が狩りなどできない程には臆病であり、獲物など到底狩れず、果実等の採取ばかり行っていたから。
そして......人間でいた時の感覚が、どうしても邪魔をするから。
野生生物である彼は、火を起こせない。
つまりは肉を食べるなら、生肉のまま食べなければならない。
死骸をくちばしで、つついて。
そんな気持ちの悪い行為を、彼はどうしても行えなかった。
だから、例え彼の毒液を浴びた魔物が運良く死んだとしても......その肉をついばむことなど、今まではしてこなかったからだ。
「ピグルルルリャーーーッ!!」
「ンエーーーーーーッ!?」
と、ここで唐突に、バケモノ兎が彼に向かって、威嚇の声をあげた!
彼は怯え、全身から毒液を噴き出しながら、ガタガタと震えた。
「......大丈夫、大丈夫だよ」
そんな彼の頭を、エミーは毒も気にせず優しくなでる。
「お前は、強い。ドクゲーゴン」
そして、一向に動こうとしない彼のことを励ますと......今度は彼の首根っこを掴み、持ちあげた。
そして彼の、毒液がポタポタと滴る彼の体を......身動きのとれないバケモノ兎の顔に、押し付け始めたではないか!
(な、何をするのぉーーーーーーッ!?)
彼は恐怖のあまり悲鳴をあげたが、しかし。
「ピグルルルリャーーーッ!?」
それにも勝る大音量で悲鳴をあげたのは、バケモノ兎の方であった。
彼の毒液が......傷口にしみ込んだのだ!
「ピ......ピグィ......」
そして......彼の毒の、効果はてきめんだった。
バケモノ兎は情けない声をあげながら体を痙攣させ、泡を吹き......すぐに動かなくなった。
「ほら、簡単に、殺せた」
エミーはバケモノ兎の死骸にべたつく毒液ではりついた彼の体を引きはがし、手のひらの上に乗せ、その頭を優しくなでた。
「ン......ンエッ......」
彼は、改めて、恐怖した。
彼の頭をなでる少女......エミーに。
何気なく生き物を殺せてしまう、その感性に。
「......さ、食べて?」
だから、彼は震えてばかりで。
バケモノ兎の死骸の前にポンと、置かれても。
何ら、行動を起こすことができなかった。
ただただ、震えていた。
「......やっぱり、大きすぎた?」
そんな彼に、エミーはさらなる優しさを発揮した。
エミーはおもむろに立ちあがると、バケモノ兎の死骸に近づき......。
まるで柔らかなパンを扱うかの如く......バケモノ兎の首を、その怪力で引きちぎった!
(ひぇーーーーーーッ!!)
恐怖のあまり水たまりができる程毒液を噴出させる彼のことなど気にも留めず、エミーは次に真っ赤なバケモノ兎の首の断面に人差し指と親指を突き立て、小さな肉の塊を引きちぎった。
「はい、どうぞ」
そして恐怖で力の入らない彼のくちばしをこじ開け......その生肉を、彼の口に押しこんだ。
「ンッ......ンッ......!」
口の中いっぱいに広がる......血の臭い。
人間として培った感性が、激しくそれを拒絶する!
しかし......魔物としての本能が、それにも増して、歓喜している!
(あ......ああ......)
「おいしい?もっとお食べ」
彼は、抵抗することが、できなかった。
次々に口に運ばれる生肉を、詰めこまれ続けた。
(あああ......)
人間の感性に由来する激しい不快感と魔物の本能との間で板挟みになった彼は。
感情がぐちゃぐちゃになり、訳がわからなくなって......。
気づけば、意識を失っていた。
◇ ◇ ◇
パチパチ、パチと、何かが小さく爆ぜる音。
懐かしさを感じる音。
それが、薄っすらと意識を覚醒させた彼が、まず認識した外界の要素だ。
「ンエ......」
次いでゆっくりとまぶたを開けば、目の前にあるのはゆらゆらと踊る橙色の炎。
即ち焚火だ。
周囲は、未だ夜。
どうやら彼は、肉を食べ満腹になり......寝てしまっていたらしい。
横を見あげれば、エミーが焚火に照らされながら、あぐらをかいて座り瞳を閉じている。
スー、スーと音がする。
寝ている......ようだ。
バケモノ兎の死骸は、血痕と血の臭いだけを残して、既にない。
(......?体が、軽い......)
ここで彼は、自身の体調に異変を感じた。
あまりにも、調子が良い。
(【ステータス】オープン)
故に、何気なく自らのステータスを確認し......。
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種 族:醜毒鳥
名 前:ドクゲーゴン
年 齢:1歳
生命力:54
魔 力:206
レベル:8
スキル:【毒耐性13】、【毒生成11】、【擬態5】、【木登り2】
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その跳ねあがった生命力、魔力、レベルの表記に、愕然とした。
あれだけ、この1年、辛い思いをして耐え忍んできたにも関わらず、ほとんどあがらなかった彼のレベルが。
あがっていた。
ただ、生肉を食べるだけで。
しかし、それ以上に、彼の目をひいた項目。
それは。
【ステータス】上の『名前』が......“ドクゲーゴン”に、更新されていたことだった。
(ボクは、晴馬情なんだってばぁーーーッ!!)
「ンエーーーーーーッ......!!」
彼の悲鳴は......誰にも届かず、闇にのまれて消えた。




