681 【醜い魔物の成り上がり】初めての人間との出会い
「グギャオオオーーーッ!!!」
要塞蜜蜂の巣は、山のように巨大である。
故に、巨大クジラの食べこぼし......その一欠片は、一欠片と言っても二階建ての一軒家程の大きさがあった。
そんな巨大な巣の欠片の前に陣取り。
心底不快そうに眉間に皺寄せながら、小さな小さな、薄汚れた彼に向かって咆哮を放つ魔物がいた。
それは熊と獅子の、あいの子のような魔物だ。
ベースは、熊だ。
しかし獅子のようなたてがみと長い尾を持ち、額には赤い宝石にも見える何かが埋まっている。
この魔物が、一体なんという名前の生き物なのか、彼は知らない。
知らないが、そんなことはどうでも良い。
大事なのは。
この魔物は......蜂の巣の欠片と同程度の体躯、つまり一軒家程度の巨体を誇るので、彼がどうあがいても勝てない相手であること。
そして......彼に対して、明確な殺意を送っているということだ。
おそらく、彼の放つ悪臭が気に入らないのだろう。
「グギギャ......」
さらに、彼にとっては都合の悪い事実として......この魔物、遠距離攻撃の手段を持っている。
この魔物が一声唸ると、額の宝石がピカピカと輝き......空中に突如炎の球が出現!
それが間髪入れずに、彼に向かって放たれたのだ!
「ンエーーーーーーッ!?」
魔物に見つかり睨まれて以降、恐怖のあまり身動きのとれなかった彼は恰好の的であった。
幸いなことに普段その魔物は巨体を持つ魔物ばかりを相手に戦っているためその狙撃精度はそれ程高くなく、炎の球は彼の1メートル程手前に着弾。
しかし直撃こそしなかったものの彼はその衝撃で吹き飛ばされ、後方にコロコロと転がった。
(どうしよう!?どうしよう!?どうしよう!?)
彼は痛みに苛まれながら、必死に頭を働かせようとした。
しかし、残念ながら......現実を打開することのできるアイデアは、何も浮かばない。
そもそも彼は、遠距離攻撃持ちと相性が悪いのだ。
全身が毒液で覆われているので、噛みつく、叩く、殴る蹴る等......直接彼に“触れる”攻撃を、魔物達は避けようとする。
しかし目の前の、獅子のような熊には関係ない。
炎で燃やし尽くせば、彼のことを消滅させられるからだ。
つまりは、この魔物に睨まれた時点で、詰みである。
蜂蜜に惑わされ、巨大な魔物を見てもすぐには逃げ出さず様子をうかがおうとした彼の、判断の誤りの結果であった。
そのペナルティを、彼はこれから、支払わなくてはならない。
自らの、命で。
「グググ......」
魔物が、さらに唸った。
空中に、またしても炎の球が出現する。
今度は、すぐに発射されない。
どうやら、彼に狙いを定めているようだ。
(い、嫌だ......嫌だよぉ!死にたくないよぉッ!なんで!?なんでボクばっかりこんな目にあうのぉッ!?理不尽だ、不平等だよ、こんなのぉッ!!)
彼は涙の代わりに毒液を全身からあふれさせながら、嘆いた。
(助けて......誰か、助けてよぉーーーーーーッ!!)
......その時だった。
ビュッ......。
鋭い何かが、高速で振り下ろされた......そんな、音がした。
かと思うと。
「グギ......?」
熊のような、巨大な魔物の首から上が胴体から離れ......ドサリと地面に転がった。
次いで噴水のように切断面から血が噴き出し、地響きをあげながら胴体が力なく倒れる。
当然、空中に浮かびあがっていた炎の球は、霧散!
「ンッ、ンエーーーーーーッ!?」
自らを殺そうとしていた魔物の、死。
単純にそれを喜べるほど、彼の性根は図太くなかった。
今なお大量にあふれだし続ける魔物の血液が不気味で恐ろしいし!
あんなに太くて硬そうな首を、何らかの魔法のような技でスパリと切断してしまった“何か”がいるという事実も、恐ろしいからだ!
彼は思わず、悲鳴をあげた。
しかし。
パキッ。
そんな、小枝を踏み折る音に気づき、すぐさま口を閉じた。
それは、状況から考えるに、あの魔物を殺した何かの足音だからだ。
彼は体をガタガタと震わせ、周囲に水たまりができる程毒液を分泌しながら、ぎこちなく、足音のした方向に顔を向けた。
......そして、真ん丸に目を見開いた。
彼は、そこにどれ程恐ろしい姿形の魔物がいようとも気を失わないよう、できる限りの心構えをしていたのだが。
彼のその、心構えは。
全く、役に立たなかったからだ。
そこにいたのは、人間だった。
黒い髪、そして白い肌。
素材のわからぬどす黒いローブを羽織り、その内にはこれまた全てがどす黒い生地で織られた服をまとっている。
比較的ボディラインのわかりやすい、ランニングウェアのような服だ。
故にこそ、見ればわかる。
その人間は、少女である。
しかも。
(あ......)
風が吹いて髪が揺れ、さらには大樹の影から進み出たことで明らかになったのは......その少女の美貌である。
人形のように整った顔だ。
目も鼻も口も耳も。
全てが。
前世のテレビの中でも見たことがない程......美しかった。
(人間......人間だッ!!)
しかし彼にとって何より重要だったこと。
それは彼女が、彼がこの世界に転生して初めて出会った、人間だったということだ。
故に、彼が心の奥底に押しこみ隠していた人恋しさが、ここにきて爆発した!
「ンエーーーーーーッ!!」
彼は、喜びのあまり全身から毒液をビチャビチャと噴き出しながら、ヨタヨタと無防備に、少女に向かって歩き出した!
だって、嬉しかったのだ。
どことも知れぬ森の中に、たった一人......彼は毎日怯えながら、孤独に隠れ潜んできた。
ようやく!
ようやく、彼が友と認識できる姿形の存在に、出会えたのだから!
「ンエッ!?」
しかし次の瞬間、彼は足を止める。
何故なら。
女神もかくやという美貌を持つ、その少女は......突如として、その背中のあたりから......何本もの触手を伸ばし始めたからだ!
しかもその触手は......先端が牙を持つ口のように裂けており、空中で揺らめきながら、ガチガチとその牙を鳴らしていた。
そして!
「ンエーーーーーーッ!?」
悲鳴をあげる彼を尻目に、触手たちは風を切るようにして伸び、魔物の死骸へと一斉に群がり、噛みついた!
ガブリ、と食らいつき、肉を引きちぎっては頬張り、少ししてまた噛みつく。
それを無数の触手達が行うものだから、家程の大きさがあったはずの魔物の肉は......あっという間に小さくなっていく。
しかも触手は時折、魔物の肉を引きちぎると、それを飲みこまず......本体である少女の口元へと、運んでいく。
少女はその、血が滴る生肉を受け取ると......無表情のままそれを貪る。
その瞳は、黒い。
どす黒い。
まるで全てを飲みこむ闇だ。
(バ、バ、バケモノだぁーーーーーーッ!?)
彼は、今の自分がどんな姿なのかを棚にあげて内心で叫ぶと、恐怖のあまり気絶した。
ここで、連続投稿は一旦終了です。
ある程度きりが良いところまで書けたら、また投稿しますね。




