679 【醜い魔物の成り上がり】毒まみれの醜い魔物の初戦闘
「ンエーーーッ!?」
バシン、バシンと尾の瘤を威圧的に地面に叩きつけながら咆哮する見たこともないトカゲを前にして、彼は。
立ち向かうでも、逃げるでもなく。
ただただ怯え、叫び、立ち竦んで身を縮こませた。
その怯えが本能を刺激し、体表からさらなる毒液が湧き出る。
先程までは、大粒の汗......程度の量であったその毒液は、いつしか彼の体表のほぼ全てを覆い......彼の見た目は醜い雛鳥から、醜い青紫色のドロドロの塊に変じていた。
そのドロドロの異臭たるや、先程までの比ではない!
「ギョアアアーーーッ!!」
チラチラと舌を出し入れしていたトカゲはその臭いを感じとり、苦悶の声をあげた!
そして苛立ちまぎれに尾を振り回し......その尾の瘤で、再び彼を狙った!
「ンエーーーッ!?」
パニック状態の彼ではその一撃を避けることもできず、彼は今度はその痛みを、左翼のあたりに受けることになった。
(い、痛いよぉッ......痛いよぉッ!!)
彼は毒液をまき散らしながら瘤の一撃の威力のあまりゴロゴロと転がり、ぐったりと横たわった。
(なんで!?なんでボクがこんな目に合わなきゃいけないの!?誰か助けてよぉ!!)
そして散々に、心の中で喚き散らす。
しかし助けは来ない。
当然だ。
周囲には誰もいない。
そもそも心の声は、他人には届かない。
(ああ、また、頭がぼんやりしてきた......今度こそ、ボク死んじゃうんだ......)
ひとしきり喚き散らすと、次いで現れたのは諦観。
(はは、しょうがないよね......どうせ、ボクはボクだもん。落ちこぼれは、魔物になっても落ちこぼれなんだ......)
ぐったりと体を横たえながら、彼は虚しい......しかし甘くて心地よい無力感に浸った。
(どうせ、何をやったって、うまくいかない。誰もボクに期待しない。それならここで、終わってしまえば良いんだ。ボクなんて、生きていたって、何にもならないんだから。今死んでしまった方が、きっと楽なんだ......)
己の価値を貶め、グズグズと毒を吐く。
すると体表からは勢いよく毒液が噴き出し、あたりをグズグズにしていく。
意識が、さらにぼんやりとしてくる......。
(............?)
さて、そんな風に。
彼はしばらくぼんやりしていたわけだが。
唐突に、気づく。
トカゲからのとどめの一撃が、一向にやってこない。
「ンエ......?」
よろよろと起き上がり、トカゲの方を振り向く。
するとそこにあったのは。
ひっくり返って身動き一つしない、トカゲの死体だった。
(え......!?死んでる!?尻尾に......ボクの毒が、触れたから......?)
ここで初めて彼は、自らの生み出す毒の危険性について思い至った。
そう言えばこの全身から湧き出る毒液は、先程地面を転がった際、自分の口の中にも入っていなかったか......?
「ンエッ!ンエッ!!」
今さらながら、慌てて彼は口の唾をペッペッと吐き出した。
すると出て来たのは、毒液交じりの唾どころか、毒液そのもの。
「............」
唾液すら、毒液なのだ。
汗のように湧き出た毒液が口に入ったところで、体がどうこうなるわけがない。
(た、助かった......)
そう気づいたところで、ようやく彼は安心し、大きく息を吐いたのだった。
(......あ、【ステータス】!)
次いで彼が行ったのは、自らの状況把握である。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
種 族:醜毒鳥
名 前:なし
年 齢:生後5日目
生命力:2
魔 力:5
レベル:2
スキル:【毒耐性5】、【毒生成2】
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(せ、生命力、残り2ッ!?危なかったよぉーーーッ!?)
いつの間にか消えていた青い半透明の薄い板を呼び出した彼は、間違いなく“死にかけ”であることを示している数値を見て、めまいを起こした。
(そして、魔力が残り5って......)
さらに、先程の確認時に比べ大幅に数値が減少した魔力について、思いを巡らせる。
おそらくこれは......無駄に毒液を分泌させた影響では、ないだろうか。
毒液を分泌することで、魔力が減るのか否か。
これは、今後調査が必要だろう。
もしかすると、さっきまでぼんやりとしていたのは......生命力のみならず、魔力の減少も影響してのことなのかもしれない。
(......あ、まずい)
と、ここで。
彼はステータスの確認を終わらせて、周囲をキョロキョロと見回した。
森は、どんどん暗くなり始めている。
夜が近づいているのだ。
夜の森は、恐ろしい。
樹上の巣の中で、夜の森に響く正体の分からぬ唸り声と、巨大な何かが木の下を闊歩する足音を聞いていた彼は......それをしっかりと理解していた。
彼は慌てて辺りに転がるヘビイチゴモドキをついばみ腹を満たした後、どこか身を隠せる場所がないか探した。
途中......視界の端に転がるトカゲの死体に食欲が湧いたものの......残っていた人間の意識が邪魔をして、それを食べることはなかった。
とにかく彼は運良く、下草に隠れた巨木の根元に空洞があることに気づき、そこに毒液まみれのまま転がりこんだ。
そこでガタガタと震えながら......何事も起きないようにと、いるかどうかもわからない神様に祈りを捧げて......そこで、体力が尽きた。
彼はあっという間に意識を手放し、眠りに落ちたのだ。
......その深夜。
彼の存在に気づいた、自動車程の巨体を持つ大狸が彼の寝床に鼻面を突っこみ......その異臭のあまり撤退するという一幕があったのだが。
爆睡していた彼は、その事実には気づかなかった。




