677 【醜い魔物の成り上がり】森の底の果実
「ンエーーー......」
彼は、薄っすらと目を開けた。
するとその視界に映るのは、高い高い樹木の......枝。
風に揺れる、大きな葉っぱ。
そしてその葉の隙間から零れる、木漏れ日の光である。
(あ、生きてる......ボク、生きてる......)
力なく首を動かしキョロキョロと目玉を動かしてみれば、どうやら彼はこんもりと分厚く育った巨大スギゴケの上で、仰向けになって倒れていた。
何とか翼を、パタパタと動かしてみる。
痛みはない。
コケの塊がクッションとなり......彼の軽い体をふわりと受け止めてくれたらしい。
(はああーーー......)
自らの無事を確かめ、次いで彼が内心でこぼしたため息......それは、安堵に由来する物ではない。
それが意味するのは、心の中からあふれた無力感だった。
今、彼の脳裏で繰り返されているのは、突発的な事故に巻きこまれたにも関わらず、見事風を掴み巣立っていった、兄弟姉妹達の姿だ。
いや......もしかしたら、火を吹いたり風を起こしたりする、あの不思議な能力......その発現する瞬間こそが独り立ちの契機であると......彼の種族は本能に、そう刷り込まれているのかもしれないが。
とにかく彼の兄弟姉妹達は、見事にやってのけた。
彼とは、違って。
(“結局”、ボクは人間でなくなっても、落ちこぼれかぁ......)
『結局』と、彼はこぼしたが。
つまり彼は、かつて日本という国に暮らす“晴馬情”という人間であったその時も......『自分は落ちこぼれである』という自覚を持っていた。
勉強もスポーツも、彼は苦手だった。
どちらも好きではなく、努力する気も起きなかった。
苦手な物に労力を割く気概もなく、気づけば彼は、さらにそれらが嫌いになっていた。
趣味もなかった。
『どうせ、ボクだし』という無力感が作る分厚い壁が、彼に“何かを始めること”を拒絶させた。
友達も、いなかった。
いつだって他人は、自分のことを蔑んでいる。
そんな被害妄想が、ずっと彼の頭の中にこびりついていた。
「ンエーーー......」
それでも、前世は恵まれていたのだと、今になって思う。
何せ彼は、人間で。
家族仲も、良い方ではなかったけど......食うに困らない毎日を送っていた。
それに、学校に行けば。
『こんな自分でもバカにして見下して良い人間がいて、そいつを相手にうっ憤を晴らすことができた。』
「......ンエ?」
ここで。
彼はすらりと心の中から吐き出された言葉に、違和感を覚えた。
バカにして良い?
見下して良い?
......どうして?
「ンエーーー......」
しかしその違和感は、現在の彼の苦境の打開には、何ら関りのない問題である。
彼はすぐに、空腹に由来するめまいに襲われ、その思考を中断。
仰向けのまま、力なく首を横に捻った。
「......ンエッ!?」
すると、その視界の先......何もかもが巨大な、森の底に。
木漏れ日を浴びてルビーの如く光り輝く、果実が転がっているのを、彼は見つけた!
その果実を簡単に描写するならば、肥大化したヘビイチゴ。
彼の体よりも大きな赤いイチゴが、ゴロゴロと大量に、地面に転がっているではないか!
「ンエッ、ンエッ、ンエッ......!」
彼は居ても立ってもいられず、力の入らぬ全身に鞭打ってバタバタと翼と足を動かしながら、ヘビイチゴと思われるその果実へと必死に這って行った。
そしてそれを、くちばしでつつく。
(あ、あ、あ......あまいぃーーーーーーッ!!)
それは、彼が人間であった時を含めたとしても、最上級においしいと判断できる果実であった。
しかも貪るにあたり、人間としての感性が拒否反応を示さない!
1個、2個、そして3個と。
彼は夢中になってその果実を食べ続けた!
しかし。
彼は野生生物として、口に入れる物に対してもう少し警戒感を持つべきであった。
何故、かように美味なる果実が、他の生き物に食われずに残っているのか。
考えるべきであった。
(あ......れ......?)
気づけば。
彼は全身の筋肉に力が入らず......地面に横たわる己の姿をぼんやりと自覚した。
(麻痺......?毒......!?)
そう。
彼は前世の記憶から、その果実をヘビイチゴだと推測したが。
その実、それは全く別種の植物であり。
人間はそれを未だ“発見”していないので、名前はまだないが......。
とにかく、その果実は強力な毒を持っていた。
有毒植物だったのだ。
(あ、あ......)
そこから、彼が意識を失うまでは、早かった。
彼の小さな体には、あっという間に毒が回りきり。
彼は。
途端に、死んだ。
◇ ◇ ◇
<<<対象の、死亡を確認>>>
<<<クライアントの神気を注入し、即時復活処理を行います>>>
<<<神気に耐えうるよう、魂及び肉体の変異を開始します>>>
<<<今回の死因に基づき、変異の方向性を決定します>>>
......彼は、“死んで”いたので。
彼の魂に対してそんな、機械的な囁き声が流れ続けていたことは知らないし。
彼の体が......その間ずっと、黄金色に輝き続けていたことも、知らない。
それは、“物語”として語られるべきストーリーの、行間。
暗転中の、出来事だ。




