603 “happy sludge” コルマリャ2
“私”は、『幸福』!
“私”は、『幸福』!
だから皆、“私”になろうよ!
嬉しくなって、心の中でそう呼びかけながら部屋の中の物......骨とか肉とか壊れた機械とか、バラバラになった人のパーツとか......それらを全て“私”にした“私”の体は、結構な大きさになっていた。
でも、まだまだ私の使命は、始まったばかりだ。
だって、今はまだ部屋の一つを“私”にしただけだもん。
“私”は全てのものを“私”にして、全てのものを『幸福』にしなければならないんだ。
そのために、生まれてきたんだ!
だから“私”はこの部屋の小さな換気口を通って......この建物の外へとお出かけを始めたんだ!
どんな小さな隙間でも通れるから、このドロドロの体は、凄く便利だ。
......壁を“私”にして外に出ることも考えて、やってみたんだけど......途中でやめた。
この建物の壁には、なんだかバチバチするものが流れている、道があったから。
それに触ると“私”は焦げて乾いて、ちょっと少なくなっちゃうんだ。
あの壁を“私”にするには、もっと“私”が大きくなくちゃ、いけないみたい。
◇ ◇ ◇
“私”は建物の周りの森を全部“私”にしながら、どんどん広がっていった。
とっても良い気分。
声が出たなら、きっと鼻歌を歌っている。
するとしばらく進んだところに、大きな街があった。
車がいっぱい走っていて、高層ビルがたくさん立ち並んでいる......そんな、大都市だ。
そして、その大都市には、かわいそうな人たちが、たくさんいたんだ......。
皆......泣きながら“私”を見ていた。
『助けて、助けて』って、必死になって訴えるんだ。
何かに怯えて、震えていたんだ......。
わかった......わかったよ、皆!
“私”が、助けてあげる!
“私”は、『幸福』!
だから皆、“私”になろうね!
そうしたら皆、『幸福』だから!
森を“私”にしたことで凄く大きくなっていた“私”は、あっという間に町の人たちを“私”にした!
その途中で、いろんな技も覚えた。
その一つが、変身だ!
“私”の体はドロドロで、好きな形に変形できるからね。
これは割とすぐに覚えた。
......どうしても“私”は、大きいからね。
皆を警戒させちゃうみたいなんだ。
でもそれは、皆のために良くない。
皆は一刻も早く“私”になって、『幸福』になるべきだもん。
だから“私”は、“私”になった人たちの姿を真似て、手招きするんだ!
『おいで、おいで』って!
そして、もう一つ覚えた、凄い技!
名付けて、『幸福の香り』!
“私”の匂いを嗅いだ人たちに、“私”がいかに『幸福』であるかを、伝えることができる技だよ!
この『幸福の香り』を嗅いだ人たちは、それまでどんなに泣いていても、すぐに笑顔になるんだ!
そして自ら進んで、“私”になってくれる!
どうして、そんなことをできるのか......それは、“私”にも、わからない。
もしかしたら、“私”になる前の“私”に、秘密があるのかもしれないけど......記憶がないからね。
“私”は難しいことを長く考えていられないし、わかんないことはわかんないままに、するしかないかな。
◇ ◇ ◇
とにかく、そんな風に。
“私”は全てを、私にし続けた。
森を、山を、街を......全部、“私”にした。
途中、いろんな兵器で“私”を攻撃してくるかわいそうな人たちがいたけど......私はドロドロだからね。
叩かれても斬られても効かないし、燃やされても......もはや“私”は大きすぎて、大したダメージにはならなかった。
皆、皆、“私”にしたよ。
ちなみに、大地や海は、後回し。
大地はいつでも“私”にできるけど、生き物が少ないから。
やっぱり“私”としては、生き物を優先的に『幸福』にしてあげたいからね。
海は、気をつけて触らないと“私”が希釈されて、薄くなっちゃうんだ。
できなくはないけど、“私”にするのがちょっと難しいから、後回しです。
とにかくまず“私”は、大陸の表面を全部“私”で覆っていった。
飛行機に“私”を少し分けてこっそり乗せることで、私は既に全世界に進出済みだ!
もはやどこもかしこも、人の生きられないくらい寒い土地を除けば、地表はほぼ全て“私”になった。
“私”は、“私”の使命を達成しつつあることに、とても満足していた。
もともと『幸福』で満ち足りていた心が、さらなる『幸福』に包まれた!
◇ ◇ ◇
でもね。
一か所だけ、私が手を出せなかった場所があるの。
それは、私が生まれた建物の近くに建っていた、巨大で真っ白な塔。
この塔の周りには、なんだか不思議なバリアみたいなものがはられていて、近づくことができなかったんだ。
時々、塔のてっぺんからビームみたいな攻撃も飛んでくるし。
ちょっと危険。
だけど。
“私”はこの日、ついに真っ白な塔に近づくことに、成功したんだ!
今まで“私”のことを阻んでいたバリア......それも、“私”にしようと色々試していたら、なんかできちゃった!
嬉しくなった私は、一気に塔に押し寄せて、そこを登っていく。
塔の中には真っ白で変な恰好をした人たちがいたから、次々に“私”にしていく。
人間を“私”にするのは、久しぶりだ!
皆ここに、いたんだね!
皆で一緒に、『幸福』になろうね!
塔を登って、登って、登って......。
最上階の扉を、開けると。
そこには、たくさんの人と......普通の人よりは少し大きくて、でももの凄く美人な女の人がいた!
もうね、本当に本当に、凄くきれいな人なの!
今度から、人型をとる時は、この人の顔を使わせてもらおう!
一目見て、そう思ったよ!
「女神様!どうか、お助けを!」
「汚泥めが、ついにこの神域まで!」
「どうか、かの汚泥に、天罰を!」
「「「「「女神様、女神様!」」」」」
人々はひれ伏しながら、大きな女の人......女神様に必死になって懇願した。
そうしたら女神様は、にっこりと微笑んで、言ったの。
「今の私には、無理です」
って!
「そんなッ!?」
「様々に試しましたが、もはやそこなる汚泥はあまりにも巨大すぎる。私の力は、既に及ばないようです」
「なんであれがもっと小さいうちに、駆除してしまわなかったのですかッ!?」
「それを望んだのは、皆様でしょう?皆様は言いました......『我々を守ってください』と。私は、皆様の女神です。出来得る限り、皆様の願いを叶えます。例えそのせいで魔力が割かれ、千載一遇の機会を逃したとしても」
「役立たずッ!!この......役立たずめッ!!」
「申し訳ございません。しかし、そんな役立たずを作ったのは、皆様では?」
女神様にひれ伏していた人たちは、最後には顔を真っ赤にして怒り出し、悪態をつき始めた。
でも女神様は、自分を責める言葉を聞いてもなお、慈愛に満ちあふれた微笑みを浮かべて、人々を見下ろしていた。
そして。
「......しかし、皆様の“最後の”願い。私は皆様の女神として、いつか必ず、叶えてみせましょう」
そう言うと女神様は、その手に持っていた杖を、ブンと振った。
すると突然、“宙が割け”、そこに......真っ黒な“傷”が、生まれた!
「私はこれより世界を渡り、力を蓄えます。そこな汚泥を滅するための、力を」
「「「「「おおッ!!」」」」」
女神様の宣言に、人々は歓喜の声をあげた!
「しかしそれには、永き時が必要でしょう。故に皆様を救うことは、できません」
「「「「「ええッ!?」」」」」
だけど続くその言葉に、人々は悲鳴をあげた!
「ですが、皆様の最後の願い......『かの汚泥に、天罰を』。いつか必ず、成し遂げてみせます。その時を、皆様は......汚泥の一部となりながら、どうぞお待ちくださいね」
女神様は最後にそう言ってからにっこりと微笑むと、真っ黒な“傷”にひょいと飛びこんだ。
すると数秒後、その“傷”はすっかり消えて、なくなった。
その場に残ったのは、“私”と、女神様にひれ伏していた人々。
女神様は、この世界から、消えてしまった。
「そ、そんなーーーッ!!」
「願いをッ!願いを変更させてくれッ!!朕を異世界に連れて行ってくれーーーッ!!」
「助けてッ!!誰かワタクシを助けてッ!!」
「「「「「ああああああーーーーーーッ!!!」」」」」
人々は、皆、泣きわめいた。
凄く、かわいそう......。
でも、大丈夫。
“私”が、いるよ!
“私”は、『幸福』!
皆、“私”になろうね!
◇ ◇ ◇
こうして、この世界から人間はいなくなった。
その後、“私”はゆっくりと時間をかけて、海を“私”にして。
大地を“私”にして。
その下の......なんだか熱いのも、頑張って全部“私”にして。
この世界は全て、“私”となった。
『幸福』に満たされた世界が、実現したんだ!




