581 【神々のお話25】ヒカリ、タカナミ、カガリビ、ヨイヤミ、そして......
閑話です。
全員が死亡したと思われていた元クラスメートの痕跡を、己の住む世界とは違うどこかから感知した、見習い女神ヒカリのお話の続きです。
前話は、第482話です。
見渡す限り、雲海が広がっている。
そして雲海から視線を動かし上を見あげれば、どういうわけかそこに広がるのは、大海原。
そんな、上下逆転した空と海の間に。
大きな岩が、浮いていた。
白く輝くその大岩の上では、くるぶしの高さを少し超える程度に刈り揃えられた下草が風に吹かれ。
幾本もの果樹が、重そうにその果実を揺らし、おいしそうな香りを漂わせている。
桃、林檎、梨、蜜柑、マンゴー、スターフルーツなどなど......。
そこには地域や季節などお構いなしに、おおよそ思いつく限りの果実が、一堂に会していた。
どうしてそんな無節操な果樹園が成立しているのかと言えば、ここが神々の世界......神界であるからだ。
さて、そんな無節操な果樹園の一角に建てられた小さな庵にて、見習い女神のヒカリは真面目な顔をして正座しながら、数柱の先輩神たちと座卓を囲んでいた。
何をしているのかと言えば、重要な話し合いである。
上級の神々が出席する会議に情報をあげる前の......事前会議だ。
通常、下っ端であるヒカリは、そもそもこのような場に呼ばれないことの方が多い。
しかし、今回は話が別だ。
何せヒカリこそがこの会議の議題を持ち込んだ発端であるし......その議題にまつわる事件の、関係者でもあるからだ。
「......界傷の向こうの、虚無空間のさらに向こう側から......単に亡くなったと思われていたヒカリのクラスメートの痕跡を、先日、ヒカリ自身が感知しました」
さて、座卓を囲み手持ちの資料を眺めながら......その要点を書い摘み説明しているのは狩衣姿の神、ヒカリの師匠の一柱であり現在の上役でもある、タカナミだ。
「それもよくよく調べると、その痕跡は複数。知っての通り、虚無空間では人間の魂など、数秒と持たずに消滅してしまう。つまり、彼女のクラスメートたちは現在、こことは違う......異世界にて生存している。つまり......」
ここまで淡々と説明を続けていたタカナミだが、ここでいよいよこらえきれず、深くため息をついた。
そして。
「状況から推測するに......ヒカリの元クラスメートたちは、異世界の者による、魂の不法採集の被害にあった可能性が、極めて高いのです」
パサリと、手に持っていた紙の資料を座卓へと置きながら、結論を述べた。
「地球型世界の魂は被害にあいやすいと聞いてたけど......我々のところにもついに来たか、という感じだねー!」
次いでタカナミの言葉に頷きながら、真っ赤な髪を腰まで伸ばした緋袴姿の女神がそう発言する。
この女神はその名をカガリビと言い、タカナミと同じくヒカリの師匠の内の一柱だ。
いつも明るい......ヒカリにとっては、姉のような存在である。
「ただでさえ、妖魔の侵略が激しさを増しているというのに......貴様は本当に、厄介な問題を持ち込んでくれる」
......そう言いながら、ギロリとヒカリのことを睨んだのは、ヨイヤミだ。
ヨイヤミの見た目は四十代程の髭を生やした男性であり、目つきが悪い。
頭は月代で体には鎧を着こみ陣羽織を羽織ったこの神は、目つきだけでなく口も悪い。
彼はヒカリの担当地域の隣町より西側にて妖魔駆除を行っている、いわば“お隣さん”であり、ヒカリが妖魔と戦い始めた当初は様々な衝突があった相手であるが......今では顔を見るたびに嫌味を言ってくるケンカ仲間、といったところだ。
ヨイヤミはヒカリのことを嫌っているわけではなく、ただ口が悪いのだ。
性根が腐っているわけではないのだ。
そんなヨイヤミの頭を......隣に座っていたカガリビは、思いきりチョップで叩いた!
「あがッ!?」
「全くもー、ヨイヤミはさー!何でそういつもいつも、憎まれ口をたたくわけー!?話が進まないじゃない!全くかわいくないおっさんだよ本当にー......いつになったらあんた、覚醒して第二形態になって美少年に変身して私を喜ばせてくれるわけー?」
「ぐおお......ないぞ、ワシにそんな設定は、ないぃ......!」
そんな無茶苦茶なことを言いながら、バシバシとヨイヤミの頭を叩き続ける、カガリビである。
カガリビは見た目は若いが、ヨイヤミよりも長く存在する神である。
ヨイヤミはそんなカガリビにすっかり力の差を刻みこまれており、なかなか頭があがらないのだ!
「全く、話を止めているのはあなたですよ、カガリビ」
そんな二柱の様子にタカナミは眉間に皺を寄せながら、まずはカガリビを睨んだ。
「う、ごめんなさい......」
「ヨイヤミも、です。今回の件については、ヒカリは発見者です。彼女は正しくその危機を理解し、上役である私に報告したまでのこと。彼女が責められるいわれは、どこにもありません」
「......申し訳ござらん」
ついでヨイヤミも一睨みし、タカナミは場を静めた。
「とは言え」
そして再度、ため息をつく。
「これが『厄介な問題』というのは、ヨイヤミの言う通りです......さてさて、どうしたものか......」
「あ、あの!『どうしたものか』と、言いますが!」
ここで初めて、リクルートスーツ姿の見習い女神ヒカリが、勢いよく挙手してから発言した。
「『異世界の者による、魂の不法採集』って、要は“誘拐”ですよね!?彼らを......私の友人たちを、助け出すことはできないのですか!?」
「は、助け出す、のう......」
鬼気迫る表情でそう質問をしたヒカリを、ヨイヤミは鼻で笑った。
「そうは言うが小娘、さらわれた魂はこういう場合、十中八九転生しておる。それを、どうすれば『助けた』ことになる?再度、今度はこちらがさらって来るとするか?彼らの新しい人生を、全てぶち壊して?」
「............!」
ヨイヤミのその言葉を聞き......ヒカリは唇を噛み、顔を青くした。
そんなヒカリの顔を見ていられなかったのか......ヨイヤミはばつの悪そうな顔をして、そっぽを向いた。
「......それが、問題点その一です」
一つ咳ばらいをしてから、タカナミは静かに語り出す。
「しかしながら、大切なこの世界に生きる者の魂を、どこぞの異世界は奪い去って行ったわけです。当然、泣き寝入りしてお咎めなしとするわけには、いきません。しかし......」
「向こうにしてみれば、それが“罪”だなんて、思っていない可能性もあるのよねー。だからこそ、勝手にうちの魂、奪ってくわけだしー」
「そんな......!」
ヒカリはカガリビのその言葉に憤慨し、瞬間的に頭に血がのぼった!
無意識に神気が漏れ出し、小さな庵がカタカタと震え始める......!
「未熟者!静まりなさい」
そんなヒカリを、タカナミは一喝した。
「!」
瞬間的な師の怒気に晒され、ヒカリはすぐに冷静さを取り戻した。
「失礼、いたしました......」
「いえ、気持ちは、わかりますので、そう恐縮はしなくても構いませんよ......さて、カガリビの言ったそれが、問題点その二ですね。我々とは異なる感性を持った異世界の者......おそらく神に類する者たちと、どのように交渉を行うのか。これは実に大きな問題です。何を、落としどころにすれば良いのか......慎重に判断しなくては、なりません」
「ムカツク奴を殴って解決、ってわけにはいかないもんねー」
カガリビはそう言いながら腕を組み、目をつむって首を傾げた。
交渉だの、なんだのと。
直情的でどちらかと言えばすぐに手が出る方のカガリビとしては、実に苦手な話だ。
だからこの話題に関しては、これ以上喋らないつもりだ。
そんなカガリビの様子にため息をつきながら、ヨイヤミはタカナミに質問をした。
「まあ、その辺りの問題については、上級神の皆様方が考えることではないのか?下級神であるワシらがすべきは、例えば......相手方の異世界がどこにあるのか、その座標の特定、だな。どうするつもりだ?」
「それについては、実は問題はありません。ヒカリの神器と数柱の協力さえあれば、特定は容易でしょう。しかしその前に......何よりもまず、我々がしなくてはならないことがあります。それは......」
「問題点その三。裏切者の発見と、その始末......でしょ?」
その時だった。
突然庵の襖が開き......そんな言葉と共に新たな神が、ヒカリたちの集まるこの部屋に入って来たのは。
そして、その神が入室した、その瞬間!
「「「「ぐッ!?」」」」
ヒカリは......いや、タカナミも含めたこの部屋にいる全ての神は、とてつもない重圧を感じた。
そして、座っていられず......思わず畳の上に這いつくばる!
彼らが感じているのは、まるで海の底にいるかのような重圧!
この重みこそは、それを発する神から漏れ出す神気に由来するものであり......ヒカリたちとその神との間に存在する圧倒的な力の差を、嫌という程に明示していた。
「あ、ごめんごめん......キミたちみたいな若い子の前に出て来たの、本当に久しぶりでさ......どれくらいに“抑えれば良いか”ちょっと良くわからなくて......でも完全に力を隠蔽するのも、無しだって思ってさ!えへへ、だってボクも少しは威厳ってものを、出してみたくてね!」
しかしながら、ヒカリたちを漏れ出る神気だけでねじ伏せてしまった神は、その力に反して存外フランクな態度でヒカリたちに話しかけてきた。
次第に......重圧が弱まっていく。
何とかしてヒカリが顔をあげると、そこにいたのは見たことのない......男性の姿をした神だった。
優しく細められたその瞳の色は、少しだけ青みがかった......深い海のような黒。
そしてその肌は雪のように白く、ひょろりと背が高い。
肌と同じように真っ白な色のローブを羽織っており、その長い脚を覆うズボンもまた、真っ白だ。
俗な表現をすれば、一見するとまるでアイドルのように整った見た目の男神である。
しかし、いくつか異様な点もある。
まず、その全身がびっしょりと濡れている。
そして、重圧が弱まるにつれ、それと同時に弱まりつつあるが......何故だか、生臭い。
さらにフードの下からのぞく、瞳と同じく深い海のような色合いの髪が......何やら、微かに蠢いている。
まるで、何かの生き物の......触手のように。
ずっと見ていたいほど美麗な。
しかし、見れば見るほど、どこか不気味な。
ヒカリたちの目の前に突然現れたのは、そんな神だった。
ヒカリも、カガリビも、ヨイヤミも。
その神の存在感にのまれ、思わず呆然としていた。
しかしその中にあって、タカナミだけはぎこちなく動き、その神に対して平伏する姿勢をとった。
「......ようこそ、お越し、くださいました」
そして、ゆっくりと。
声の震えを隠しきれぬまま。
その来訪者の......実に名前らしくない名前を、呼んだ。
「『深き水底に降りしきる雪』、様......!」
続きます。




