578 【美少女探偵アカシテリカ!】さらに数日後の旧帝都の朝
「............」
アカシテリカは、うっすらと目を開けた。
ぼんやりと視界に映るは、飾り気のない天井だ。
簡素な魔灯がついており、それはシャンデリアではない。
裸電球に似た形の、一般的な旧帝都民が使用する、それだ。
「............」
ベッドの上で、素早く上半身を起こし、目をこする。
周囲はまだ、薄暗い。
時刻は早朝だ。
「............」
そうしてからアカシテリカは、次に天井の隅を見あげた。
この前掃除をしたから......埃も染みもついていない、きれいな状態の天井の隅だ。
普通に暮らしていたら......天井の隅を掃除する機会は、なかなかないのではないだろうか。
しかしアカシテリカは先日、少しだけ留守にしていたこの事務所に帰宅するなり、脚立を物置から引っ張り出してきて、まず一番にその場所を掃除した。
何故ならそこは、寝床だったからだ。
“繭を作り、それにくるまれて寝る”という、変な......妙な......風変りな?
風習、習性......習慣?
......を、持っている......。
数日前にその消息を絶った、大切な友達の。
「............」
もしかしたら、彼女がひょっこり、戻ってきているかもしれない。
そう思ってアカシテリカは、毎朝起きるたびに、天井の隅を見あげるのだ。
しかし、今日もそこには、何もない。
黒い繭がはりついてなんか、いない。
そもそも......天井の隅に朝起きたら黒い繭が形成されていて、その中に少女が寝ているなんて光景は......このファンタジーにあふれた世界においても、非常識で非現実的でファンタジーである。
いや、ファンタジーというよりも、むしろホラーかもしれないが......。
とにかくそんなものは、ない方が普通なのだ。
故に、今となっては......彼女と共に暮らしたあの数か月間が夢か幻であったかのような錯覚すら覚える。
それが、悲しくて......アカシテリカは小さく、ため息をついた。
その音は、ザアザアと降りしきる......旧帝都に少し早めの冬の訪れを告げる雨の音によって、すぐにかき消された。
今日も、カーテンを開けずともわかる、悪天候。
あの日以来、雨脚の勢いの差はあれど、ずっと雨だ。
まったくもって、気が滅入ってしまう。
「......良し!」
しかしいつまでも、ベッドの上でぼうっとしているわけにはいかない。
アカシテリカは、一人暮らしだ。
ここには実家のように、彼女のことを一から十までお世話してくれる使用人は、いない。
動かなくてはならない。
アカシテリカはベッドの上から降りて窓に近づき、勢いよくカーテンを開けた。
まったく、今日の雨の勢いは、酷いものだ。
雨に邪魔されて、すぐ近くにあるはずのルイノミヤコ運河すら視認できない。
街灯の橙色の光がおぼろげにゆらめき、かろうじてその存在を主張している。
その様を睨みつけてからアカシテリカは踵を返し、身支度を始めた。
何せ今日は、彼女が治療院から退院して以来、初めての来客がある予定なのだ。
その来客の名前は、ムノーデス。
かの刑事が、アカシテリカの友達......エミー・ルーンの捜索状況を、報告に来るのだ。
◇ ◇ ◇
「捜索......打ち切りですかッ!?」
そしてアカシテリカは、もたらされた情報を聞いて思わず叫び、ダンと応接机に手を叩きつけながら身を乗り出し、対面の応接椅子にだらしなく座るムノーデス刑事を睨みつけた。
「いやぁ、そのぉ......そうなんだよねぇ......」
ムノーデス刑事はその気迫に怯えて冷や汗をかき、顔中をハンカチで拭きまくった。
応接机の上で......つい、多めに用意してしまった“三つの”カップの中で、紅茶が揺れている。
「何せね、アカシテリカちゃん、連日のこの雨でしょぉ?地下水道の水量が増していて、これ以上の捜索は危険なんだよぉ......さすがにパパの力を使っても、これ以上は捜査員を割けないってぇ......」
ムノーデス刑事は申し訳なさそうに目をそらしながら、アカシテリカにそう伝えた。
「............」
アカシテリカは思わずうつむき、唇を噛んだ。
事務所内を、重苦しい沈黙が包む。
「......ボ、ボクたちは結局、エミーちゃんのことを見つけられなかった。唯一見つけた手がかりが、これさぁ」
その沈黙に耐えきれず、先に言葉を発したのはムノーデス刑事だった。
彼はそう言うと、持ちこんだカバンをがさごそとやり、その中から何かを取り出し、それをアカシテリカの眼前に広げてみせた。
「あ......!!」
アカシテリカはそれを見て、思わず目を見開いた。
彼女は、それに見覚えがあった。
ムノーデス刑事が広げたそれは......アカシテリカがエミーに貸し与えていた、上着だったのだ!
「これがボクたちが見つけた、唯一の証拠品さぁ......ボロボロ、でしょぉ......?もう、多分、残念だけど......エミーちゃんは......」
その上着を奪うように掴み取り、じっと見つめるアカシテリカに対して、ムノーデス刑事は言いずらそうに、しかしはっきりと確信した様子で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「............」
しかしその言葉、アカシテリカには届いていない。
彼女はじっと、エミーが着ていた上着を観察し続けていた。
ムノーデス刑事の言う通り、それは相当にボロボロだ。
あちこちに穴やほつれ、切り傷がある。
何より、前面には縦に大きな裂傷があり、布地が断ち切られているのだ。
もはや、着れる状態ではない。
「............」
アカシテリカはその上着をじっと、じっと、じっと睨みつけ続け......。
しばらくしてからそれを、自分の座る応接椅子の横に、そっと置いた。
そして、何を思ったか......突然、自分がシャツの上に着ていたセーターを、力任せに引きちぎり始めた!
彼女は、神の加護を持つ転生者!
それが可能なだけの膂力は、持ちあわせていた!
「あ、アカシテリカちゃん!?」
アカシテリカの暴挙とも思える突然の行動に、ムノーデス刑事はただただ、たじろいだ!
しかしアカシテリカはそんな彼の様子など気にも留めることなく、引きちぎった自分のセーターと、証拠品の上着とを見比べ......。
勢いよく、顔をあげると!
満面の笑みを浮かべ!
叫んだ!
「エミーは......生きていますッ!!」
......と!
「そ、そんなわけ、ないでしょッ!?」
ムノーデス刑事はその発言に大いに驚き、すぐに否定の言葉を口にした!
「そもそもエミーちゃんは、あの古代兵器の攻撃による爆発の炎を、全身に浴びていたはずだよッ!?その時点で、生き残れるはずが......」
「生き残れますッ!!」
「どうしてッ!?」
「何故なら......エミーだからですッ!!」
アカシテリカは胸をはり堂々とそう答え、次いで証拠品の上着に目を落とした。
「良く見てください、ムノーデス刑事......この上着、一切の焦げ跡が見当たりません!つまり、エミーのあの、“どす黒い何かを出す異能”は、彼女の体を、しっかりと爆発から保護していたはずなんです!」
「ぐ......!」
ムノーデス刑事は、呻いた。
確かにそれは、その通りかもしれない。
......しかし!
「だとしてもッ!!エミーちゃんはその後、地下水道に落ちたッ!!息のできない真っ暗闇の激流に揉まれ、きっと何度も壁や石にぶつかっているはずだよッ!!生き残れるはずが......」
「生き残れますッ!!」
「どうしてッ!?」
「何故なら......エミーだからですッ!!」
アカシテリカは胸をはり堂々とそう答え、次いで証拠品の上着に目を落とした。
「良く見てください、ムノーデス刑事......この上着、確かに傷があちらこちらにありますが......どこにも血の染みは、ついていません!つまり、エミーの丈夫な体は、石や壁にぶつかった程度では、傷一つつかなかったはずなんです!」
「ぐぬ......!」
ムノーデス刑事は、呻いた。
確かにそれも、その通りかもしれない。
......しかし!
「だとしてもッ!!さすがに窒息......」
「生き残れますッ!!」
「どうしてッ!?」
「何故なら......エミーだからですッ!!」
アカシテリカは胸をはり堂々とそう答え、次いで証拠品の上着に目を落とした。
「良く見てください、ムノーデス刑事......この上着の一番大きな裂傷!これは......今私が無理やり引きちぎったセーターと、同じ形の裂け方をしています!つまりこれは、エミーが自分で引きちぎった際に、できた裂傷のはずなんです!では、何故エミーは上着を、引きちぎったのか?それは彼女が、水に濡れた上着の感触を、不快に感じたからでしょう!つまり彼女は、水流からどこかのタイミングで脱し、陸上に逃げているはずです!この裂傷は、彼女が生きているという事実の、何よりの証拠なんです!」
「ぐぬう......!」
ムノーデス刑事は、呻いた。
確かにそれだって、その通りかもしれない。
......しかし!
「全部、全部......それはただの推測だよ、アカシテリカちゃんッ!!」
ムノーデス刑事は思わず立ちあがり、叫んだ!
「血がついていないッ!?水で流れたんでしょッ!!裂傷が同じッ!?偶然でしょッ!!エミーちゃんは、間違いなく死んでいるのッ!!そもそも、生きているっていうなら......どうして、この事務所に、帰ってこないッ!?」
怒ったように、顔を真っ赤に染めながらムノーデス刑事は叫び続け......最後に決定的な反証を述べた。
そう......エミーはアカシテリカのもとに、帰ってきていない。
アカシテリカの言うことが正しいのならば、エミーは今この場にいて、いつも通り不愛想な顔をして紅茶を飲み干し、お茶うけの菓子を食べつくしているはずだ。
なのに、そうなってはいない。
だからこそ、エミーは死んでいる。
ムノーデス刑事はアカシテリカに、そう納得してもらわなければならない!
しかし......!
「何か、事情があるのでしょう」
アカシテリカは落ち着き払って紅茶を一口含み、微笑みを浮かべた。
「エミーは何か......多分、人に言えないことをいくつも背負っている......そんな子でしたもの」
「事情って、何さッ!?」
「わかりません」
「わからないのかよッ!?」
アカシテリカは、苦笑した。
「私、少しだけ後悔しています。私は、エミーから態度を変えられるのが嫌で、私の出自をずっと黙っていました。だからこそ、私はエミーの身の上についても、詳しくは何も聞かなかった......それがフェアだと、思ったのです。でも、こんなことになるなら......もっと彼女のこと、聞いておけば良かった。きっと彼女は、私の出自を聞いたって、何も気にせず私につきあってくれる......そんな子だった、はずですもの......」
「......アカシテリカちゃん、一つ言わせてもらうけどさ」
しばしの沈黙の後、ムノーデス刑事は再び応接椅子に座り直し、珍しく真面目な顔をして、アカシテリカのことを見つめた。
「さっきからキミ、少しおかしいよ。ボクの知っているアカシテリカちゃんは、決定的な証拠をもとに事実を断定する、公平な美少女探偵だ。だけどさっきからキミの言っていることは、『エミーちゃんに生きていて欲しい』というキミの願望にずいぶんとバイアスを受けた、推測ばかりであると思う。そういうあり方は、探偵として、望ましくないのでは?」
「......かもしれませんね」
アカシテリカは手に持っていたカップをソーサーに置くと、にっこりと微笑んでムノーデス刑事の言葉を認めた。
しかし、ムノーデス刑事は、そのアカシテリカの微笑みを見て......。
ぞっとした。
その微笑みは、この国の言葉で言うならば......“旧時代の”、王侯貴族の微笑みだった。
何の感情も乗らない、微笑みだった。
その微笑みの意味は、決して“好意”ではない。
明確な......“拒絶”だった。
「ですが、当然でしょう?私は美少女探偵です。でも......エミーちゃんの、友達なんですから」
そしてアカシテリカは、応接机に目を落とす。
「これからも私は、待ち続けますよ。友達料、払うために......常にグルメ情報をチェックして、そして......」
そこに揺れているのは、“三つの”カップに注がれた、紅茶。
「......一つ多めに紅茶をいれながら、ね」
そこから先、アカシテリカは紅茶を飲むばかりで、決して口を開かなかった。
ムノーデス刑事はすごすごとアカシテリカの事務所から退室し......どしゃぶりの旧帝都の街へと、その姿を消した。




