576 旧帝都地下における敗北
「は、は、は......いくら探偵神様にお力を授かったとは言え、ボクは戦いとか......野蛮なことは苦手なんだ。キミを相手取るってのに、なんの準備もしていないわけが、ないよね?」
ムノーデス刑事はニヤニヤと笑いながら、そうやって私のことを嘲る。
「............」
とりあえず、殺気をぶつける。
ただの人間なら、意識を失って倒れるくらいの【威圧】だ。
でもムノーデス刑事は、ニヤニヤ笑いをやめない。
「ボクが死んだら、犯人はキミだって......そう広まるように手筈は整えておいた。殺人犯は、探偵のバディにはなり得ない。は、は、は、これが、大人の力だ!」
しかしムノーデス刑事の顔は、青い。
額には、汗がにじんでいる。
私の【威圧】が、届いていないわけでは、ないのだ。
「ボクを殺せるもんなら、殺してみろッ!!別に良いさ、“居場所”を奪われ続けるなら......ボクにはもう、生きている意味なんかないんだからッ!!でもそのかわりに、キミの“居場所”も、奪ってやる......は、は、はッ!!」
だけど、笑う。
ムノーデス刑事は、狂ったように笑う。
その小さな瞳を、爛々と輝かせながら。
......もう、あれは、腹がすわっているんだ。
暴力をちらつかせて、どうこうできる相手ではない。
癪に障る。
でも。
「なら、お前は、私にどうしろと?黙って、殺されろと?」
結局のところ、そこが問題となる。
当然私は、殺されてやるつもりなんか、ない。
何を犠牲にしてでも、生き延びる。
ならば。
生き延びられるのであれば。
友人を失ったとしても構わない。
友人と、敵対したとしても、構わない。
私は、生きる。
「お前を、殺す!」
私の放つ殺気が、爆発的に膨れあがる!
「......はあ、キミは本当に、死ねだの殺すだのと物騒だね。その野蛮さが、キミの本性だ。やはりキミは、アカシテリカちゃんのバディとして、相応しくないね」
でもムノーデス刑事は、逃げるでもなく戦うでもなく......そんな私の様子を見て肩をすくめ、鼻で笑った。
「話しあいを、しようじゃないか。交渉だよ、エミーちゃん。ボクらは、獣じゃないんだ......言葉による意思の疎通ができる。そうだろう?」
そして、これまで手のひらの上で転がしていた紫色の宝玉を握りしめ、私に見せつけるように前へと突き出した。
「これは、“転移玉”。探偵神様よりボクが授かった、使い捨ての神器さ。『どうやっても勝てないイレギュラーが現れた時に、使うように』って言われてるよ」
ムノーデス刑事がそういった途端、その転移玉とやらは、紫色の光を発し輝き始めた。
転移魔方陣を使った時と、同じ色の輝きだ。
「その効果は名前の通り、転移だよ。これをぶつけられた対象は、戻ってこれない程遠くへと、飛ばされちゃうんだってさ。つまりエミーちゃん、ボクはキミの、死までは望まない。ボクがキミに望むのはね......この転移玉の力で、どこかボクの目の届かない場所に、消え去って欲しいということなんだ」
「............」
オマケ様、嘘はあるかな。
<あの神器の名前と効果については、嘘はありません。あれは神界の雑貨店などで売られている、神々のパーティグッズです。商売神の配信で、視たことがあります>
パーティグッズなのか......。
<問題は、転移先がどこに設定されているか、です。深海の底やマグマの中に転移させられてしまっては、さすがのエミーと言えども、命の危険がある......かな?どうだろう?>
いや、あるよ......。
多分、あると思うんだけど......。
「......質問」
「何かな?」
「何故、その転移玉を使う?このまま、私が、歩いてこの国から立ち去る。それじゃダメな、理由は?」
「ボクが、キミを、信じていないからだ」
ムノーデス刑事はニヤニヤ笑いを引っ込め、無表情になって、端的にそう言い放った。
「『この国を去る』って言っておいて、キミはまっすぐにアカシテリカちゃんの事務所に、戻ろうとするかもしれない。ボクは、確実に、キミに消え去ってもらいたいんだ」
「お前はその転移玉で、例えば私をマグマの中に飛ばし、殺す気かもしれない」
「ボクは、殺しはしない。仮にも、探偵神様の使徒なんだ。絶対に殺人は、犯さない。転移先は凄く遠くだけど、すぐに命の危険がある場所ではない。探偵神様に誓って、保証する」
「............」
オマケ様。
<嘘は......ないでしょう。彼が探偵神の使徒であることは、おそらく間違いのないことでしょうし......使徒が、その神に誓ったのです。嘘は、つけません>
「ああ、それとね。ボクがキミに消えて欲しい理由は、何もボクの嫉妬だけが理由ではないんだ」
「どういうこと?」
「キミが現れてから、明らかに......アカシテリカちゃんが、危険に晒される事態が増えている。今回のテロリストの暴走なんて、その最たるものだ。呪い子は周囲に不幸を振りまく......本当だったんだね?」
「............」
痛いところを、突かれた。
それを言われると、私は反論できない。
「幸い、アカシテリカちゃんは無事だよ......彼女にも、色々と奥の手はあるし、いざとなれば探偵神様のお力添えもいただけることでしょう。でもね、キミ、アカシテリカちゃんのお友達を気取っているんでしょ?それなのに、キミのせいで、アカシテリカちゃんを危険な目にあわせて、良いのかな?」
「............」
「ね、わかるでしょ、呪い子。キミが、本当に彼女のことを大切に思うならさ。キミは、彼女と一緒にいちゃ、いけないんだよ」
その、言葉は。
自分でも、思っていることでも、あるけど。
改めて、他人に言われてみると。
結構......心にきた。
喪失感。
ポッカリと、胸に穴が開いたような気分だ。
いつのまにか、全身に漲っていた殺意は霧消して。
私はすっかり、うなだれていた。
私は、自分が生き延びるためなら、友達と敵対しても構わない。
それが必要なら、アカシテリカだって殺す。
でも。
そうじゃないのに。
私の存在が、彼女を殺し得るのならば。
「......潮時、なのかな」
ポツリとつぶやいた私の言葉を聞き逃さず、ムノーデス刑事は満面の笑みを浮かべた。
「なんだか、夢のような、時間だったよ」
「夢って、残念だけど、覚めるものなんだよね」
ムノーデス刑事は肩をグルグルと回して、投球の準備を始めた。
「ねえ、ムノーデス刑事」
「何かな?」
「私がいなくなって、アカシテリカは寂しがらないかな?」
「寂しいだろうね」
「............」
「でもね、アカシテリカちゃんは、それを乗り越えられない程弱い人間じゃないでしょ?」
「............」
「信じてあげなよ。友達でしょう?」
「............」
すっかり黙りこんでしまった私を見て、ムノーデス刑事は満足そうに頷いた。
「さて、それでは、さようならの時間だ」
ムノーデス刑事は転移玉を眼前に構え、投球フォームに移行。
「お別れの言葉は、いらないよ。伝える気も、ないからね」
腕をぐるんと回して、思いきり、転移玉を。
「二度と、出てくるなよ......バケモノめッ!!」
私に向かって......投げた!
その紫色の宝玉は、光り輝きながらまっすぐに飛びきたり......狙い過たず、私の腹部に命中した。
すると、次の瞬間!
転移玉から......それまでとは比べものにならない程の強い紫色の光があふれ......私の体を包みこみ、そして!
......私は、意識を失った。




