54 サラちゃんの魔法練習とオマケ様に教わる詠唱の秘密
掃除に、洗濯、あれやこれやと、メイド見習いの一日は忙しくどんどこ過ぎ去っていきます。
ほんとね、このお屋敷そんなに大きくないなってのが第一印象だったんだけど、それでもきちんとピカピカに(しかも少人数で)維持管理しようとなると、もの凄く大変なんだね。
メイード先輩いわく、辺境の田舎であるとは言え、急な来客はあり得るのだから、それに備えてお屋敷をキレイにしておかないと、男爵様が他の貴族からバカにされるらしい。
ふぇーっ。
貴族の面子みたいなやつかなぁ?
面倒くさいねー。
まぁ、そうは思っても掃除は真面目にやりますよ、仕事だから。
で、メイード先輩はお料理も任されているので、今は厨房にこもってディナーの仕込みをしています。
普通、こういうのってコックさん雇ったりするんじゃないの?
<まぁ、普通はそうだと思うんですけど......そこは貧乏だしってことで、男爵が妥協した部分なんじゃないですかね?>
妥協するのはどうでも良いんですけど、正直言ってメイード先輩、オーバーワークが過ぎるんじゃないですかね?
まぁ平気そうな顔してるし、問題はないんだと思いたいけど。
せめて私がいる一月の間は、先輩には楽をしてもらえるように頑張ろう。
あ、ちなみに私は厨房には断固として入れてもらえませんでした。
さすがに昨日来たばかりの新人を、厨房には入れられないとかなんとか。
そういうものらしい。
で、先輩と別れた私は、先輩の言いつけに従いこのお屋敷のもう一人の使用人、モーブおじさんと一緒にお屋敷周りの草むしりをしてました。
この人はあれです。昨日馬車の御者をしていた地味なおじさんです。
なんか、穏やかな顔をして優しそうだけど、ぼんやりしているところがあって、少し不安を感じる人です。
さっきも草むしり中に、間違えて奥様が植えていた薬草をむしってしまい、とんできた家令の目つき悪いおっさんにしこたま怒られてた。
明らかに石とか並べて区画分けされているのに、なんで間違えるの?
そういえば、今朝も朝食時にお皿割ったりしてたな、このおじさん。
使用人のお仕事が向いていないのでは?
しゅんとしてたから、腰をぽんぽんと叩いて励ましてあげたら、おじさんはびびって私から離れ、私の手が触れた部分を何度もハンカチでふき取ろうとしていた。
........................。
あー、ごめんねおじさん、お掃除したあとの手でそのまま触っちゃってー。
「エミーーーーッ!エミーーーーッ!どこにいるのーーーーッ!?」
おっと、このかわいらしくも騒々しい大声はサラちゃん。
見上げれば、二階の勉強部屋の窓から、私を探して身を乗り出している。
あ、危ないよサラちゃん。落ちたら死んじゃうよ?
<あの子もエミーのように、崖からの飛び降り修行をこなしているのであれば、あるいは?>
あるいは?じゃないし。そんな令嬢いてたまるかい。
これ以上危ない真似を続けさせるわけにはいかないので、とっとと窓の下に移動。
「あっ!エミー!私これから魔法の練習をするの!お母様と一緒にお外に出るから、玄関で待っていてほしいのー!」
それだけ言うとサラちゃんは部屋の中に体を引っ込めた。
どたばたと音が聞こえる。外に出るための準備を始めたようだ。
「大声をださない!」だの「走らない!」だの、奥様のサラちゃんへのお叱りの言葉も聞こえる。
サラちゃんの淑女への道は、まだまだ果てしなく長い。
マジで頑張って奥様。
◇ ◇ ◇
そして私は今、サラちゃんと奥様と一緒に、お屋敷の裏にある魔法の練習場に来ている。
練習場といっても、ただ的が置かれているだけの、草が刈られた原っぱです。
原っぱの向こうには森があって、もしかしたら男爵家への刺客が隠れているかも......しれないので、私は警戒を強めながらサラちゃんの魔法の練習風景を眺めていた。
「『水弾よ、現れ出でて、敵を穿て!【ウォーターバレット】!』」
サラちゃんが人差し指で的を指しながら何やら唱えると、サラちゃんの指先に小さな水球が発生。
その水球は的に向かって勢いよく飛んで......行くことはなく、そのままぴちゃんと地面に落ちて、小さな染みを作った。
「む~......うまくいかないの......」
「もっと集中しなさい?しっかりとしたイメージを持ちながら詠唱を行うことが大事なんですよ?『水弾よ、現れ出でて、敵を穿て!【ウォーターバレット】!』」
奥様が放った水球はまっすぐに的に向かって飛び、大きな音を立てて命中する。
あの威力なら、相手を殺せはしないものの、怯ませたり足止めしたりくらいなら十分役に立つね。
そもそもこの【ウォーターバレット】という魔法は、この国の貴族の子女が一番初めに覚える、初歩も初歩の魔法。護身用の魔法らしい。
......っていうかさ、オマケ様。
私、質問があるんだけど。
<はい、なんでしょうエミー>
私、これまでオマケ様に教わって、【着火】だの、【乾燥】だの、【集水】だの......生活魔法とやらは、既に習得しているわけなんだけども。
<はいはい>
私が今まで使ってきた魔法って、あんな詠唱は必要なかったよね?
なのに、サラちゃんや奥様はなにやらぶつぶつ詠唱しているよね?
魔法の詠唱って、一体なんなの?
<......簡単に言いますと、魔法の詠唱は魔法神が作り出した“魔法使用補助システム”に接続するための、パスワードですね。『神々の挑戦』というドキュメンタリー番組で視ました>
シ、システム?パスワード?
<そうです。魔力操作って、難しいでしょう?だから誰でも魔法が使えるように、それを補助するためのシステムを魔法神が作ったんです。魔法神があらかじめ登録しておいたフレーズを詠唱すれば、ある程度定められた規格の魔法が発動するという、システムを>
魔力操作を、システムで補助!?
<はい。そのおかげで、このシステムの稼働後、魔法の使用人口は従来の50倍に増え、その功績をもって魔法神は神格を下級神から一気に上級神へと......>
まってまってまって!?
ということはさ、例えば【着火】もさ、私、習得には相当苦労したんだけどさ!?
あれも【着火】を使うための正しい詠唱さえしていれば、大した苦も無く使えていたってこと!?
<まぁ、そういうことです>
えぇ~~っ!?
じゃあその詠唱、教えてくれれば良かったのに~~っ!!
<............。申し訳ありませんが、それはできないんです>
えっ?
<あのシステム、想定しているユーザーが基本的に人間なんですよね。人間の魂に接続して、魔力操作を補助してくれるシステムなんです>
私だって人間だよ!?
<でも、あなたの中には『神の器』たる私がいます>
あっ......?
<だから、あなたがあの詠唱を真似ようとすると、間違いなくシステムがバグります>
バグる!?
<端的に言えば、あなたは詠唱して魔法を使ったら、その途端に爆発して死にます>
怖ッ!!?
<と、いうわけで、あなたは絶対に詠唱なんかしちゃいけませんよ?エミー>
な、なんだそうなのか~......。
なかなか世の中、私には楽させてくれないんだな~......。
<まぁ、考え方を変えましょうよ、エミー。良いじゃないですか!システムが使えないおかげで、あなたは魔力操作技術を磨くことができているんですから!やっぱりシステムまかせの魔法って、色々と融通も利きませんし、できることなら自分で魔力操作を行ったほうがよっぽど良いんです>
そっかぁ......。
まぁ、そっか。
例えば発動のスピードだけ見ても、もごもごと唱える必要がない分、無詠唱のほうが圧倒的に速いわけだし、メリットはあるのか。
<メリットはスピードだけじゃないですよ。消費魔力の少なさもメリットの一つです>
そうなの?
<システムを使うと、使わない場合に比べて余分に魔力を消費します。これはシステムの維持管理という名目で魔法神が徴収しているからなのですが......その魔力、ほとんどがシステム改修には使われず、魔法神の懐に入っているという噂です。あの神、丸儲けでウハウハらしいですよ。魔法利権を独占しているとして、魔法神は神界でもよく批判のやり玉にあがる神なんです>
......ま、魔法の詠唱について聞いただけなのに、なんか大して知りたくもない神界の利権問題にまで詳しくなってしまった......。
◇ ◇ ◇
さてさて。
私、こうしてオマケ様と脳内会話を楽しみつつも、決して警戒は解いていないの。
森のほうには特に怪しい人影なんかもないし、生き物の鳴き声以外には妙な物音も聞こえない。現在のところ特段問題なし。
むしろ足元で転がりながら、魔力切れで吐きそうになっているサラちゃんの顔のほうが問題かな。
体内の魔力が極端に少なくなると、こんな風に気持ち悪くなって行動できなくなるんだよね。
森や山の中でこんな状態になったら魔物になぶり殺しにされるコースが確定するので、私はこうはならないよう、常に魔力残量には気を配って生活している。
マジでやばかったのは大蛇と戦った時くらいかな。
「......うっ、うぷっ......おぇ、お、あ......はぁぁぁ......」
はいはい、深呼吸してねサラちゃん。
すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~。
美少女にあるまじきアホ顔で苦しむ桃色髪の背中をさする。さすさす。
「まったくもう、魔法はただ魔力を注ぎ込めば発動するものではないと、いつも言っているでしょう?」
講師役の奥様はあきれ顔だ。
あ、生まれも育ちもガチでマジもんの貴族らしい奥様は、戦えるほどではないとのことだけど、一通りの魔法の詠唱は覚えていて、使えるんだとか。
魔法の詠唱ができるってのは、貴族として当然の教養の一つみたいなんだよね。
奥様がサラちゃんに魔法を覚えてほしい一番の理由は、その辺にあるらしい。
「だ、だって......うぷっ......どうしたらうまくいくのか、わからないの......だもの、ふぅ......」
サラちゃん、水球を作り出すところまではできるんだけど、そこから先、それを的に向かって飛ばすということができないみたい。
そしてできないのが悔しいものだから、むきになって練習をした結果、魔力切れに陥ってぶっ倒れたというわけです。
うーん、でもなんでうまくいかないんだろう?
正しく詠唱しているのだから、“魔法使用補助システム”とやらは正常に稼働して、魔法が成功してもおかしくはないと思うんだけど?
<それは、さきほど奥様が言っていた通り、魔法のイメージがうまく作れていないからでしょうね。あくまでシステムがやってくれるのは魔力操作の補助ですから。使用者が使いたい魔法をしっかりイメージできなければ、それと使いたい魔法に応じた魔力がなければ、システムがあっても魔法は使えないんですよ>
むむむ、イメージねぇ......。
<あと、サラ・サラー男爵令嬢の気が散りやすい性格というのも問題ですね。よそ見しながら針の穴に糸は通せないでしょう?>
そんなこと言われたら、今のアホなサラちゃんのままでは、魔法を使うなんて夢のまた夢のように思えてくるんですけど。
もっと落ち着けサラちゃん。
魔法を使いたければ淑女たれ、みたいなことですかね?
「ねぇねぇ、エミー、エミーも魔法使えるんでしょう?私、エミーの魔法を見てみたいの!」
おっと?休憩して少し元気になったサラちゃんが変なことを言い始めましたよ?
<また気が散ってますね。何か気分転換をしたいのでしょう>
「私たちを助けてくれた時、魔法を使ったんでしょ?盗賊たちがそんなことを言っていたの!私、その魔法、良く見てなかったの!だから見たいの!」
うーん、そう言われてもなぁ......。
確かに私、魔力操作はそれなりにできていると思う。
だから、本来的な意味では魔法を使えている、そういって差し支えはないと思う。
だけど、サラちゃんや奥様にとっての魔法って『詠唱をした結果発動する』魔法のことだと思うんだよなぁ。
そうなると、私は魔法は使えない。
詠唱したら、爆発して死ぬらしいし。
「見たいの!見たいの!エミーの魔法が、見たいの~~!」
あぁっ!もう、うるさいなサラちゃん!
寝ころんで手足ばたばたすんな!
ほら、奥様のおでこ、青筋たってんじゃん!気づいてサラちゃん!
えぇい、仕方ない。ならば見せてしんぜよう、我が魔法!
地面にずぶりと右手を突き刺し、いつものように土くれを握り取る。
そしてぎゅっと握りしめる。
はい、【凝固】!
魔力操作を行い、礫をとにかく固くする。
よく見てサラちゃん!私、今魔法使ってるよー!
そうして完成した礫を、的に向かって思い切り、【投石】!
もちろん、【身体強化】をかけることも忘れない。
常軌を逸した速度で私の手のひらから飛び出した礫は、的に命中してなおその勢いを落とさず、原っぱ向こうの森の木々を何本かなぎ倒した。
轟音を響かせながら、ミシミシと倒れ行く森の木々。
サラちゃんはぽかんとした顔で、奥様は顔色を悪くしながら、私を見つめている。
「......見せた。私の魔法」
どうですか?お嬢様。
ご満足いただけましたか?
「......それは、魔法ではないと思うの......」
いや、魔法ですよ、多分。本来的な意味では。
「......それは、魔法ではないと思うわ......」
奥様まで!でもまぁ、そういう感想になるのも、致し方なしかなとは思うよ。
その後、轟音に驚いてお屋敷から飛び出してきた目つきの悪い家令のおっさんに凄いネチネチ怒られて、本日の魔法練習会はお開きとなった。
50話を過ぎ、今更出てくる魔法の詠唱に関わる設定。剣と魔法の世界のお話なのに......。
まぁ、「詠唱ができる=教養がある」ということなので、野山で暮らしてきたエミーちゃんがそれに触れる機会が無かったのは、当然のことですね?
あ、あとキャロちゃんに魔法の詠唱描写、追加しました。




