5 オマケの転生者
<藍原さん......私は、『名もなき神の器』でございます>
『神の器』様は私の魂を両手でつかみ、真剣な様子で話し始めた。
まぁそれについては、さっきそうおっしゃってましたね?
<通常、神は創世神により作り出されたとき、もしくは被造物であるにも関わらず神へと成りあがった時......神としての名前と権能が与えられます。私にはそれがありません。私はあくまで『神の器』であって、神ではないからです>
え?つまりどういうこと?
<それをご理解いただくためには、まずこの世界、アーディストの成り立ちからお話しする必要があります。......かつて創生神がこの世界作り出した際、かの方はたくさんの神々をも作り出しました。実りの神、戦いの神、正義の神、はたまた邪悪の神......。アーディストを豊かな、より良い世界へと成長させていくために......>
うわ、唐突な創生神話きたよ。
『神の器』様の背後には、真っ黒な空間に塵芥が集まり、そこから世界が形成され、神々が生まれていく様が映し出される。
......右下のほうに「※イメージ映像です」と注釈がかかれていて、どうにもしまらないけど......。
それにしても大丈夫かな?私難しい話苦手なんですけど......。
<じゃあ、端的に言いますけど、創生神も一人で世界の運営をしてくのはメンドクサイですからね。子分をいっぱい作って、そいつらに仕事を丸投げしたんです>
言い方変えるだけで一気に俗っぽい話になる不思議!
<創世神による、神々も含めたアーディストの創造は滞りなく進みました......しかし、この世界がいよいよ完成するその矢先に、創世神の想定していなかった事態が起こりました>
そ、それは一体!?
<世界をつくるための材料が......なんかちょっと、余ったのです!>
そんな本棚作ったらネジ一本余ったみたいなノリで言われましても!?
<いや、まぁ創生神にしてみれば、そんな感覚だったんじゃないですかね。で、その余った材料を使って、なんとなくオマケの『神の器』として作られたのが、この私です>
悲しくなるくらいおざなりな出生秘話ですね......。
<新たな神が必要となった際には、私に名と権能を与える予定だったようですが......。これまた創世神の想定外に、神へと成りあがる被造物が出現しはじめまして......。私、本格的に要らない子になっちゃったんですよね......>
『神の器』様は額をおさえ、ため息をつく。
<しかも、ただの『器』に過ぎなかった私に......。ある時、まぁ色々ありまして、自我が宿ってしまいまして。そこからは、とにかく永遠と続く退屈の毎日です。『神の器』であるから寿命はなく、かといって『神』でもないのでやるべき仕事もなく。『神の器』ではあるので神界から下界へ降りることはできず、かといって『神』でもないので神託などを通しての介入すらできず......。まぁ、このあたりのルールの説明は省きますが、とにかく異世界転生配信などの神々の配信を見ることだけが、私の唯一の楽しみでした>
なるほど......とにかく暇で暇で仕方ない状態が延々と続いていたわけですね。
<そして、配信を見ているうちに私は思いました......。私も、異世界転生、してみたい......と!!>
私をつかむ『神の器』様の腕に力が入る。
私にも、だんだんとこの方の事情が呑み込めてきた。
この方、人間では想像もつかないレベルで悲しくなるほどの暇人だったんだね......。
そんな中、楽しみが異世界転生配信だけだったと言うならば、自分もそれをやってみたい、異世界転生させてみたいと思うのは、当然のことかもしれない。
............。
<そんな中、藍原さん!私はあなたの魂と出会いました!これはもう、きっと運命です!藍原さん!私と一緒にアーディストに転生しましょう!>
......って、あれ?
一緒に、ですか!?
あなたが私を転生させる、ではなく?
あなたも転生するの!?
<私は『神』ではないので、あなたを転生させる権限はありません!しかし、あなたにくっついてアーディストの輪廻に乗り、転生することは可能なのです!以前、とある大悪霊がこれをやって、神界では大騒ぎになっていましたんで、成功することは間違いありません!>
いや、大問題になった手法をつかったらまずいでしょ!
<まずくないです!私は大悪霊じゃないから問題ないです!お願いです藍原さん!私と一緒に転生してください!一つの体を共有することになりますが、私は体の所有権について何も主張しませんから!ただ、頭の中に同居させていただいて、感覚を共有させていただくだけで結構なのです!『神』ではないので加護を与えたりはできませんが......アドバイス程度ならいくらでもいたしますよ?アーディストはいわゆる剣と魔法の世界です!あなたの前世の常識が通用しないことも、多分いっぱいあります!異世界転生配信マニアである私のアドバイスは、必ずやあなたの人生の助けとなることでしょう!だから!だから!!お願いしますぅぅぅぅーーーーーーっ!!!もうこんな退屈はうんざりなんですぅぅぅぅーーーーーーっ!!!>
『神の器』様は必死だ。もう半べそかきながら私の魂を抱きしめている。
......。
『お願いします』、かぁ。
思えば、前世を振り返ってみても、私がここまで人に必要とされたことが、あっただろうか?
私はどこに行っても厄介者だった。
頑張っても、頑張っても、何をやっても、私のやることは全て否定され、私は嫌われ続けた。
それこそ、なにか呪いでもかかっているんじゃないかと思ってしまうほどに。
この方は。この『神の器』様は。
神々にすら嫌われてしまった私の魂を救い出してくれたこの方が。
こんな私を必要としてくれた。
必要としてくれたんだ。こんな私を。
それだけで、なんだか私はすごく嬉しかった。
......断る理由なんて、どこにもないよ。
<......ほ、本当ですか!?>
私の思念を読み取った『神の器』様がピクリと震える。
本当ですよ。
私の魂を救っていただいたお礼です。
一緒に異世界転生しましょうよ。
<う、うわわ......うわわわわぁぁぁぁぁ~~~~~ん!ありがとうございまずぅぅぅぅ~~~~っ!!!一緒に楽じい人生、送りまじょうねぇぇぇぇ~~~~っ!!!>
ついに号泣し始めた『神の器』様は、鼻水ずびずばさせながら私を抱きしめ、くるくると回り始めた。
私の魂に、この方の凄まじいほどの喜びが流れ込み、なんだか暖かくて、ちょっと恥ずかしい。
<では、善は急げでずぅ!ゲート、オープン!!>
『神の器』様が指をパチンと鳴らすと、私の目の前に暖かなピンク色の渦が出現した。
<この渦の先が、アーディストの輪廻の流れです!ここに飛び込めば、私とあなたはどこかの赤子の体に魂として宿り、新しい人生をスタートさせるのです!>
気づけば、私を抱きしめていたはずの『神の器』様は人型をやめ、私の魂をすっぽりと覆うような球体になっていた。
新しい人生、か。
なんだかわくわくどきどきしてきたかも!
<では、いくつか注意事項をば!私には、あなたの魂に手を加えることができません!よって前世の記憶、自我を残したままの転生となります!また、転生先の体を選ぶことはできません!すべては輪廻の流れのおもむくがまま!出たとこ勝負です!最後に!私は下界に降りましたら、何の力も行使することはできません!あくまで私にできることはアドバイス、話し相手になることだけですので、そこはご了承くださいね!......何か、質問はございますか!?>
えっと、質問、質問......!
あ、そうだ。
私は、あなたのこと、なんと呼んだら良いですか?
<えっ?>
だって、これからの人生、ずっと一緒にいるんでしょう?
おしゃべりするとき、呼び名がないと困っちゃうじゃないですか。
いつまでも『神の器』様とお呼びするわけにはいかないですよ。
......『神の器』様は少し考えてから、嬉しそうに声を弾ませ、名乗る。
<......ならば、『オマケ』とお呼びください>
えぇっ?そんな適当な呼び名で良いの!?
<うふふ、私を呼び表すならば、『オマケ』こそが適当でしょう。私は創造されども忘れ去られた神の器『オマケ』。あなたは私と転生にいたる『オマケの転生者』です!これから先、末永くよろしくお願いしますね!>
えぇ~~~!なんだか私までオマケ扱いされてるみたいなんですけど!?
......えぇいっ、わかりましたよオマケ様!
ご迷惑おかけすると思いますが、今後ともよろしくお願い申し上げますっ!
<それでは、新しい人生に向かって!>
未知なる異世界、アーディストに向かって!
<輝かしい未来を夢見て!>
......前世の悪運、断ち切って!
<レッツ、転生~~~~~~~~~~っ!>
私とオマケ様は、輪廻の渦に飛び込んだ。
穏やかな桃色の流れに揺られながら、私たちは転生先の体へと引き寄せられていく。
わたしの前世は、はっきりいってろくなもんじゃなかった。
でも、これから先はきっと違う。
私は、いや、私だけじゃなくて、私とオマケ様は。
いっぱい家族に愛されて、いっぱい友達を作って。
いっぱい愛を受け取り、そしていっぱい愛を与える。
そんな幸せな人生を送っていくんだ!
さようなら、前世!
そしてこんにちは、来世!!
私たち、輝かしい人生に向けて、今、旅立ちます!!




