321 【神々のお話12】海神セオンナグト・ケプ・トプンキト
前話に、ザラトプからエミーに神珠が渡されるシーンを、追記しています。
深い、深い、深い......光も届かぬ海の底。
その海の底に、一つだけ、光を放つ物が沈んでいる。
それは、下界の様子が流れる、薄い板。
つい先ほどまで......新たなる出会いにより動き出した、一匹の物語を映し出していたディスプレイだ。
<<<ふむ......ようやく先に進むか、ザラトプよ>>>
ディスプレイを見つめながら、満足そうにそうつぶやいたのは......海底にてとぐろを巻く......超巨大な何かだ。
それは大海蛇に似て長い体と美しい鱗をもっているが、短い手足がついている。
水の流れにあわせて揺れる、沈む夕日のように鮮やかな橙色のたてがみが生えている点も、大海蛇とは異なっている。
彼はつまり、大海蛇ではない。
だがしかし、関係深き者ではある。
彼は、混沌の時代に、大海蛇の一族を作り出した、彼らの祖。
......かつて、青龍と呼ばれていた世界の守護者であり、神々の作り出した生体型兵器。
現在、海神セオンナグト・ケプ・トプンキトとして崇められる、天界の一柱。
それこそが彼であり、この場所も深海を思わせる環境であるが、実は過ごしやすいよう彼自らが整えた、彼の神域である。
<<<よしよし>>>
彼はエミーと別れ、かつて逃げ出した己の群れを目指して泳ぎ始めたザラトプの後ろ姿を覗きながら、目を細めた。
長年にわたり観察を続けている愛し子が、また一つ成長を遂げたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
......『観察を続けている』とは、文字通りの意味だ。
彼はずっと、ザラトプのことを観察し続けている。
それを録画して、配信したりはしていない。
加護を与えるなど、余計な手出しもしていない。
ただただ、観察をし続けているのだ。
古式ゆかしい、下界との関り方である。
きっかけは、とある大海蛇の一族に、とりわけ己への信仰が篤い子どもがいることに気づいたことだった。
何の気なしにその子どもの姿をディスプレイに映し出した海神は、彼のことをすぐに気に入ってしまった。
臆病で、情けなくて。
だけど、実は芯の部分は強くて、努力家で。
かつての自分......青龍に憧れて魔力操作の訓練に精を出すその姿が、何ともいじらしく、可愛らしかった。
実はザラトプのことを好いているが、それを素直に表現できない義妹や幼馴染との関係性も、良かった。
優しく賢い族長に教え諭され成長していく様子も、素晴らしいものだった。
ザラトプが新しい族長に半殺しにされ、群れから逃げ出すシーンでは、悲しくて悲しくて......感情移入のあまり下界の海を大荒れにしてしまい、非常に困ったことになったものだ。
しかし、そんなザラトプの物語も、ここ100年程は動きが無かった。
ザラトプがパネッモ沖の海域に縄張りを作り、そこで安穏とした生活を始めたからだ。
見ている側としては、つまらないが......しかしだからと言って、物語をわざと動かすため、あえて試練を与えるような真似を、海神はしなかった。
海に生きる者を、あるがままに、愛する。
それが、海神の神としてのスタンスであったからだ。
さらには彼の、生来の性質も、そこには関わっていた。
彼は......面倒臭がりなのだ。
神が試練を与えるということは、すなわち、神が下界に影響を与えるということ。
その結果の余波として、色々面倒ごとが発生するのが常なのだ。
それを考えれば、彼は他の神のように、生き物に試練を与える気になど、なれなかった。
つまりは......ザラトプを苦しめたフジツボ・ガロズグの暴走は、本当に偶然起きた事件なのである。
<<<まったく......神珠の扱いは、もっと丁寧にやってもらわなければ、困る>>>
だからそう、海神はぽつりと文句を言った。
ガロズグが拾った、神珠。
神の魔力のこもった白き宝珠。
あれはもともと、アーシュゴーという人間の国で、国宝になっていたものだ。
それが巡り巡って、海の生き物に迷惑をかけた。
海神は本当に、アーシュゴーの主神をやっている神に、文句を言ってやりたい気持ちだった。
面倒臭いからしないけど。
......海神はアーシュゴーの主神がどのような神なのか、それすらも知らない。
調べるのが面倒臭いからだ。
<<<まあ、とにかく......あの哀れなフジツボの暴走も、止まった。よしよし>>>
そう静かにつぶやいた後、海神は、今回の件で命を落とした全ての生き物たちのために目を瞑り、黙とうをした。
その対象の中には、ガロズグのことも含まれる。
あのフジツボとて、海神にとっては愛すべき、海に生きる者だ。
そんな彼が、神珠の影響でその在り方を歪められていく様を見るのは、本当につらかった。
だから海神は、ガロズグを討伐してくれたザラトプに、そして小さな人間エミーに、深く感謝していた。
......しかし。
<<<あの......エミーと言ったか。あの子は......まずいな>>>
そうも、海神は感じていた。
あの少女......何となく、ただ眺めているだけならば、問題は無いのだ。
ところが......じっと注視しようと思えば、たちまち違和感が生じる。
違和感だけならば、良いのだ。
それでもなお注目し続けた海神に襲い来るは、妙な不安感。
そして......不快感。
即ちあの少女は何者かに......神に類する何者かに、何らかの隠蔽処理を施されている。
それを暴こうとすれば不快感に襲われるのだから、その不快感をこそ、その何者かは隠蔽しているのだ。
しかもその隠蔽は、かなり高度なものだ。
力の弱い神であれば、違和感に気づくことも難しいだろう。
一体、何故か。
何を、隠蔽しているのか。
どうして、隠蔽しているのか。
それはあの少女の異常なまでの生命力と、何かしら関係があるのか。
......考えれば考えるほど、きな臭い。
不快感とはつまり、危険信号だ。
例えるならば、腐臭などと同じだ。
自分にとって、神にとって......世界にとって。
害があるから、不快に感じるのだ。
<<<そう言えば......>>>
ここで海神は、つい先日、彼の神域へ訪れた精霊あがりの小娘のことを思い出した。
水神ウィーローだ。
何でも彼女はこのところ、何者かに黄金大陸に配置している彼女の守護聖獣を、連続して狩り殺されているのだとか。
だから、なんとしてでも犯人を見つけ出し、神罰を加えてやるのだと......彼女はその独特の口調で、まくしたてていたものだ。
<<<あの......エミーの戦闘力であれば、あるいは......>>>
教えてやるか?
エミーのことを。
<<<........................>>>
海神はじっと考えこみ......海水を操作して、巻貝型の携帯連絡装置を持ちあげ、しばらくそれを眺めていたが......。
<<<............やめた。面倒臭い>>>
突然、ぽいと。
連絡装置を放り投げた。
<<<そもそも>>>
そしてとぐろを巻いている自らの体に頭をのせて、ゆっくりと目を瞑った。
<<<『我らは既に、世界に対する義理は果たした』だったか......くくく、全く、その通りだよな、オル......>>>
かつての、やんちゃだった友の言葉を思い出しながら。
海神は静かに、まどろみ始めた。




