320 お別れと、それぞれの旅立ち
「さて」
<<<いよいよっすね......>>>
私とザラトプはお互いにお互いの瞳を見つめ合いながら、こくりと小さく頷いた。
今、私とザラトプがいるのは、名もなき入り江だ。
パネッモ村近くの岬から北にしばらく進んだところにあるこの入り江は、美しい砂浜が断崖絶壁で囲まれているというロケーション。
人里離れたところにあり、なおかつ海を渡って来なければたどり着けない立地であって、そういう理由からこの場所を、私とザラトプは二人占めにして一週間ほど過ごしていた。
残りのエビとイカの肉を食べたり、遊んだり、海に潜って狩りをしたり、遊んだり、ザラトプの修行に付き合ったり、遊んだりと......色々やった。
<<<ううう......姉御と出会ってから、ほんの少ししか経っていないって言うのに......もう、しばらく会えないんだって思うと、やっぱり凄く寂しいっす......>>>
「そう」
寂しがるザラトプに、いつも通り、あえて無感情に相槌をうつ。
......そう、今日は、お別れの日だ。
私は陸を、ザラトプは海を。
それぞれ今日からまた、別の道を歩き出すのだ。
「めそめそすんな。これ以上一緒にいたいとかぬかしてみろ。殺して食うよ」
<<<ひ、ひええ......ははは、その姉御の冗談も、これで聞き納めっすか......>>>
......割と、冗談ではない。
最近かなり、ザラトプのことを食べたくなってきている自分がいる。
私たちが別れるべき理由の内の一つだ。
だけど......理由はそれだけじゃ、ない。
「しゃきっとしろ......群れに、一度戻るんでしょ」
<<<......はいっす!>>>
その返事と共に、ザラトプの瞳に闘志の炎が灯った。
そう、ザラトプは、かつて自分が逃げ出したズィ氏族とかいう大海蛇の群れに、戻ることを決めたのだ。
ザラトプはこれまで、群れからはいじめられたから逃げ出したと言っていたけど......その実態は、追放に近いものであったらしい。
それまでザラトプに良くしてくれた、優しく賢い老いた大海蛇の族長が亡くなり、乱暴者の大海蛇が族長の座を掴み取り......その新族長の勘気に障ったザラトプは、群れの男衆に半殺しにされているところを命からがら逃げだした......これが、ザラトプが群れを出る時に起こった、実際のことであるのだとか。
<<<今さらかもしれないし、彼女たちもオイラのこと、嫌っていたっすけど......義妹と幼馴染が、今何をしているのか......ちょっと気になっちゃって>>>
ちなみにこの幼馴染、『族長の娘』と聞いていたが、その族長とはザラトプに良くしてくれていた、老いた方の族長である。
つまりは乱暴な新族長のもと、微妙な立場に立たされている可能性は無きにしも非ず、ザラトプはどうしても彼女のことが気になるのだとか。
なお、ザラトプは群れから逃げ出して100年近くが経っているが、大海蛇の時間感覚は非常にのんびりしているため、その程度なら大した昔の話扱いはされないらしい。
「ザラトプ」
さて、私は姉御だから。
体も小さくて、歳も若いけど、それでも姉御だから。
別れる前に、舎弟には、言っておきたい。
きらきら輝くその瞳を見つめながら、語りかける。
「無茶しないでね」
<<<はいっす......ははは、姉御がそれを言いますか>>>
「逃げて良いなら逃げたら良いと、私、思う」
<<<はいっす......オイラも>>>
「......でも、お前は、立ち向かうんだな?」
<<<......はいっす。姉御と出会って、一緒に戦って......オイラ、このままじゃいけない。弱虫のままでいたくないって、本気で思っちゃったっす。だから、だから......>>>
「お前がそう決めたのなら、私は応援する」
<<<<はいっす!>>>
「頑張れ!」
<<<はいっす!!>>>
「前に進め!」
<<<はいっす!!!>>>
「邪魔する者がいれば......皆殺しだッ!!」
<<<はい......ってそれは、さすがに物騒すぎっすーーーっ!!>>>
ザラトプはくねくねしながら、ピュルピュル鳴いて怯えた。
うん、いつものザラトプだ。
気合入れ過ぎても、良くないしね。
これくらいがちょうど良いと思うよ!
<<<あっ、そうだ!お別れの前に......お世話になった姉御に渡したいものがあるっす!>>>
さて、くねくね揺れていたザラトプだけど、ここで一つ、何かを思い出したらしい。
「渡したい物?」
<<<はいっす!オイラからの、プレゼントっす!>>>
そう言うとザラトプは私に顔を近づけて力み始め......。
<<<ふんっ!>>>
鼻の穴からすぽんと、何やら拳大の白い球を、噴出したのだ!
「鼻くそかよ」
<<<違うっす!>>>
私の物言いに、ザラトプはピュルピュルと怒った。
いや、でもさ、鼻から突然白い物体が飛び出してきたらさ、もう鼻くそにしか見えないんだけど......。
小さな物を見つけたら、大海蛇は鼻に詰めて持ち運ぶのか......。
<<<それ、オイラ、巨エビと巨イカを回収している時に、海で見つけたっす!きらきらして、キレイでしょ?人間さんは、こういうきらきらしたものが好きって、以前聞いたことがあるっす!だからこれは、姉御にプレゼントするっす!>>>
そう言ってザラトプは、その瞳を輝かせた。
う、そういう目をされると、いらないとは言いづらい......。
<あ!?これ、神珠ですよ!?>
と、ここで。
空気を読んで黙っていたオマケ様が、突然驚きの声をあげた!
神珠?
<はい!まあ、簡単に言えば......神が余分な力をためこむために使う、宝石ですね。ためこんだ力は、神どうしでの取り引きの際にお金のように使ったりします。時には下界の信者に下賜されることもあるので、これはかつてそういう経緯で地上へともたらされた、神珠の内の一つなのでしょう>
余分な力を、ためこむ......神の余分な力......それってもしかして、かなり危険物なのでは?
<そうですね。ただ、この神珠、とっくにその力を失っているようです。今や滅茶苦茶硬いだけの、ただの宝石ですね。多分、今のエミーでも壊せないと思います>
え、そうなの?
そう言われると、試してみたくなる。
思いきり両手で力をこめてそれを握り砕こうとする。
でも......確かに硬い。
ひびすら入らないや。
<<<ね、姉御!もらってくれるっすよね!>>>
「......わかった」
まあ、とにかくだ。
舎弟がわざわざ、拾ってくれたものだ。
もらっておいても損はないだろう。
私は神珠を海水で念入りに洗ってから水をきって、それをズボンのポケットに入れた。
......そこだけが妙に膨らんで、どうにも不恰好だし、落ち着かない。
今度かばんでも用意することにしよう。
◇ ◇ ◇
「......そろそろ、行くか」
その後もしばらく無駄話をしてから、ようやく別れの時が来た。
私は砂浜に転がっている石を蹴って、ぴょんとザラトプの頭へと跳び乗る。
<<<了解っす!......でも、良いっすか?本当に、やるっすか?>>>
ザラトプは私を乗せて沖へと向かいながら、心配そうな【念話】をよこす。
「良いから、やれ」
「ピュルッ!」
有無を言わさずそう命令すれば、ザラトプはもう何も言わなかった。
短く一声鳴いて、沖へとザブザブ進んで行く。
そして、数分後。
どこまでも続く、美しい大海原。
深く青い空。
そしてそびえたつ、真っ白な入道雲。
そんなありふれた夏の情景を背に負って、私とザラトプは陸地の方を見つめていた。
<<<北、北、北だから......えっと、こっちっすね!>>>
ザラトプは太陽の方向を確認しながら、その体を北へと向ける。
<<<それじゃあ......姉御、ここでお別れっす!また会えることを......願っているっす!>>>
「私も」
<<<準備は万端っす!いつでもどうぞ!>>>
「了解」
そのザラトプの声を合図に、私はザラトプの頭から海に向かって、ぴょんと跳び降りた。
そんな私をぱくりと、口に入れるザラトプ。
同時に私は【黒腕】を展開。
私の体を、丸く覆いつくす。
<<<それじゃあ......いくっすよーーーっ!>>>
ざぷん、ごぽぽぽ、と音がする。
ザラトプが、私に加えてさらに海水を、口に含んだのだ。
<<<【エミー砲】......発射っすーーーっ!!>>>
ドオンッ!!
大きな衝撃音!
それと同時に感じる、後ろに引っ張られるような、強烈な重力!
そう、私は!
今、再び!
黒い弾丸となって、大空に......飛び出したのだ!
......途中で【黒腕】の覆いを解除して、生身の状態に戻る。
すると私は既に、陸の上、遥か上空を飛んでいた。
眼下に広がるは、美しい森。
たまに道があって、人が歩いている。
視線を前方へと向ければ、山並みが見える。
あの向こうに、王都とやらが、あるのだろうか。
<ひゃあああああーーーっ!!!>
オマケ様は絶叫している。
だけどその叫び声は、なんだか楽しそうだ。
そう言えばこの方、ずいぶん昔に、こういう絶叫系アトラクションが好きになったんだっけ。
さてさて。
このまま慣性に従って飛び続けて、いずれ落ちる。
それでも私は、全然かまわない。
高所から落ちようとも魔力変換と丈夫な肉体のおかげで、私はケガなんかしないからだ。
だけど。
私には一つ、試してみたいことがあった。
「......らあッ!」
私は気合を入れて一声叫び、【黒腕】を展開した。
左右に、薄く広く。
まるで......翼のように。
私が広げたこの......【黒翼】は、初めの内はうまく形を作れず、空気抵抗を受けて少しスピードを落とし、ふらついてしまったのだけど。
次第に......上手に風を掴めるようになり、少しすれば......私は大空を、すいすいと気持ちよく、滑空できるようになっていた。
<ひゃあああああーーーっ!!!>
オマケ様は、まだ叫んでいる。
気に入っていただけたようで、何より。
まあ、そんなこんなで。
私はお空を飛びながら。
新たな土地へと、旅立ったんだ!
◇ ◇ ◇
さて、ところ変わって、ここは海上。
ザラトプは波に揺られながら、突然翼を出して空を飛び始めたエミーを、きらきらした瞳で見つめていた。
(うわあ......姉御、凄いっす!!)
どんどん小さくなっていくその姿を見送りながら、ザラトプは思った。
(それにしても、人間って......空、飛べたんだな!)
エミーのせいで、色々と......かなり盛大に、人間という種族に対する勘違いを抱えてしまった、ザラトプであった。
(令和4年7月4日)
ザラトプからエミーに神珠が渡されるシーンを、追記しました。




