319 哀れなフジツボの最後
さて、時を少し遡る。
【エミー砲】がフジツボ・ガロズグの殻を突き破り、水巨人を消滅させた、その直後のことである。
「ピュルルルルーーーッ!?」
ザラトプはエミーを回収するため、彼女の落下地点まで大慌てで移動していったため、気づかなかったが。
ぼちゃん、と。
後から海面に、落ちてきた存在があった。
<<<あ、あ、あがあああ......痛い、痛い......!>>>
......ガロズグだ。
殻をぶち壊され、体の大部分を吹き飛ばされながらも......ガロズグは未だ、生きていた。
残存する神の魔力を用いて必死に生命維持を行い、ボロボロになりながらも、未だその精神は健在であった。
<<<痛い、くそ、あああ......くそおおおお......!>>>
そして、彼の心の中には......彼をずっと支配していた妄執が失われた、今。
新たな......新たな感情が、芽生え始めていた。
他人の妄執に作られたものではない......彼自身の心が生み出した、感情である。
<<<よくも、よくも......よくもおおおおお......!>>>
それは、怒りであり、憎しみだった。
彼は憤っていた。
自分が何故、こんな、痛くて惨めで恐ろしい思いを、しなくてはならないのか、と。
もとはと言えば、たまたまガロズグに入りこんできた、あの宝珠が悪いのだ。
あの宝珠に染みついていた妄執が、ガロズグに支配への欲求を抱かせた。
ガロズグは、操られていたようなものだ。
自分だって、被害者なんだ。
自分は悪くない。
それなのに。
それなのに、何故自分ばかりが、こんな目にあうのか。
許せない。
許せない!
この世の中の不条理が、許せない!
あの、イソメが許せない!!
陸上生物が......絶対に許せない!!!
ガロズグは心の内に復讐の炎を燃やしながら、ゆっくり、ゆっくりと、海の底へと沈んでいく。
彼にはまだ、神の魔力が残っている。
いずれ体を完全に再生し、殻を作り直すこともできるだろう。
<<<その時が来たら......覚えて、いろよ......!!>>>
だが、しかし。
結論から言えば。
『その時』が彼に訪れることは、決してなかった。
<<<ぐ......!?>>>
海中を沈んでいく、ガロズグ。
彼はふと、悪寒を感じ。
体の再生に魔力を集中するため行っていなかった、魔力による周囲の感知を、再開した。
そして気づいた。
<<<な!?>>>
彼は現在、数えきれないほどの海の生き物たちに......包囲されているということに!
それらは、多種多様なエビであり、イカであり......ボラだった。
<<<なんだ、貴様ら......なんだ、その目は!余に対して......不敬!不敬であるぞ!!>>>
ガロズグは虚勢をはり、周囲を【威圧】するが。
「............」
エビ、イカ、ボラは無言。
当然だ。
エビやイカ、ボラが喋るわけがない。
彼らは、ただの海洋生物だ。
本能で動く、野生生物だ。
<<<ええい、鬱陶しい!散れ......散れッ!>>>
ガロズグが【威圧】を放っても、辛うじて残っていた蔓脚を振り回しても。
彼らがガロズグから、離れることは無かった。
それどころか。
<<<痛いッ!?>>>
......その中の一匹のボラが、ついに先陣を切って、ガロズグに噛みついた。
その、ガロズグからしてみれば小さな体をぶんぶんと振って、弱りきった彼の体を、引きちぎる!
そしてそれが、合図となったのか。
エビが、イカが、ボラが!
一斉にガロズグの体に......群がり始めたではないか!
<<<ああああああッ!?痛い、痛い痛い、痛いーーーッ!?>>>
泣き叫ぶガロズグの【念話】など、彼らは気にもとめない!
一心不乱にガロズグの体を、食いちぎっていく!
大量に魔力を含むガロズグの体を食べることで魔力中りを起こし、息絶える者も多い。
しかし、仲間のそのような死に様を見ても、決して彼らは止まらなかった。
齧られ、齧られ、齧られ!
どんどん、ガロズグの体が、小さくなっていく......!
<<<や、やめろ、やめろおおおおッ!は、離れろおおッ!!>>>
ガロズグは叫んだ!
<<<知恵持たぬ、雑魚のくせに!!>>>
叫んだ!
<<<余に対して、不敬であるぞ!!>>>
必死で、叫んだ!
<<<余は、王なのにッ!!選ばれし、フジツボなのにッ......!?>>>
最後に。
彼は最後に、そんな妄言を吐いて。
すぐさまそれが、妄言であると、自分で気づいて。
そして、それ以上何かを思う間もなく。
死んだ。
鎧を失い、敵に群がられて、死ぬ。
それは。
王として見るならば、壮絶な最後であったと言えるかもしれない。
しかし、海洋生物として見るならば、割とありふれた最後であったと言えるかもしれない。




