317 姉御として
ざあん......ざざあん。
まず聞こえたのは、波の音。
次いで、感覚に、違和感。
今日、私はずっと、ザラトプの頭の上に乗っていた。
だからずっと感じていた、波の上でゆらゆらと上下に揺れている、感覚。
それを、今は感じない。
ちょっと気持ち悪い。
ぱちりと、目を開ける。
すると、視界いっぱいに広がるのは、夕暮れ時の空だ。
流れて行く雲は真っ赤に染まり、暗くなり始めた空には、少しずつ星々が瞬き始めている。
びゅううと、風が吹く。
周囲に伸びている細長い草が揺れて、私の頬を撫でた。
「......ここは」
どこなのか。
起きあがり、確かめようとする。
しかし。
「む......?」
体が動かない。
全身が酷くだるく、力が入らない。
さらに言えば、体中が痛い。
特に脇腹は痛い。
滅茶苦茶痛い。
<むむ......む。おはようございます、エミー......>
ここで、オマケ様も意識を覚醒させた。
おはようございます、オマケ様。
<ここは......>
私も良くわかんないんだけどさ。
多分、陸上。
もしくは、天国。
<この世界に、天国はありませんよ......地獄もないですけどね。死ねば皆、一部例外を除けば、ほぼ休みなしで輪廻転生です>
まあ、天国があったとしても、私、そんな所に行けるような生き方、してないしね......。
<そうですね......>
え、そこ、同意するんだ......。
オマケ様とぽつり、ぽつりと会話を交わしながらも、私は体を動かそうと頑張る。
でも、うまくいかない。
身じろぎして、寝がえりをうつのが精いっぱいだ。
ってか、少し動くたびに全身痛いし。
<体が動かないのは、全身の疲労に加えて、魔力が底をつきかけているからですね。連戦でしたから......大分無茶な戦い、お疲れ様でした、エミー>
ああ、そうだ、連戦。
巨エビと、巨イカ。
そして、あれは、どうなった?
フジツボ。
私は、フジツボ、倒せたのかな?
最後、私は弾丸役に徹していたからね。
【黒腕】で体中を覆っていたから、外で何があったのか、正確に把握できていない。
何かを砕いた感触はあったけど、あれがフジツボだったのかな。
弾丸になって発射されて、何かを砕いて......どぼんと、海に落ちて。
そこで意識を失ったんだな。
その先の記憶がないや。
「......ザラトプ」
こういう時は、舎弟に聞こう。
陸上の、明らかに苔だの草だのがふわふわしているところに、寝かされているんだ。
これは、あいつの手配だろう。
多分、近くにいるはずだ。
「ザラトプッ!」
私は精いっぱい声を張りあげて、その名前を呼んだ。
ザバアッ。
寝転がっているから周囲の様子はよくわかんないんだけど、私が足を向けている方向から、水しぶきの音が聞こえた。
そして、夕日が遮られ、影ができる。
<<<姉御っ!目、さめたんすねーーーっ!>>>
嬉しそうな【念話】が届いてから、ザラトプがその長い首を伸ばして、私のことを上から覗きこんだ。
その瞬間。
ぐぎゅううううう......。
私の腹が、盛大に鳴った。
「ザラトプ」
<<<はいっす!>>>
「お前......結構、うまそうだな......」
<<<ひ、ひええーーーっ!冗談はやめて欲しいっすーーー!>>>
「ははは」
......そう、冗談、冗談。
私には、理性があるんだから。
我慢くらい、できるんだから。
◇ ◇ ◇
「そっか......あのフジツボ、倒せてたか......」
で、それから数分後。
私はザラトプから、私が意識を失った前後の話を聞き取っていた。
私が変じた弾丸は、間違いなくあの尊大なフジツボの殻を砕き、その瞬間に水巨人はその形を失い、ただの海水に戻ったのだという。
<<<まあ、ただ、奴の死体は、オイラ見てないっすけど>>>
「え?」
<<<急いで姉御のこと、拾いに向かったっすからね。姉御、うつぶせの状態で海面にぷかぷか浮かんでいて......死んじゃったと思って、焦ったっす!で、その後巨エビと巨イカの回収のために元の海域にも戻ったっすけど、その時には既に、死体なんかどこにも無かったっす>>>
「............」
うーん......死体、無かったかぁ。
......大丈夫かな、それ?
実は生きていて、後々更なる強大な敵へと進化を遂げ、復讐しにくるパターンじゃない、それ?
<大丈夫ですよ!フジツボが殻を失って生きているなんて......そんなことあるわけ、無いですよ!うふふ!>
いや、オマケ様、それフラグじゃない?
大丈夫?
本当に大丈夫?
<まあ、本当のところはわかりませんが>
ええっ!?
<少なくとも、今考えてどうこうできる問題では、ないです。エミー、今あなたがすべきことは、そんな心配をすることではなく、たくさん食べて、力を回復することです>
「............」
まあ、それもそうなんだけどさ。
私は無言で、ザラトプが噛み千切ってくれた巨イカの塊にかぶりつく。
さっきの話にあった通り、ザラトプは巨エビと巨イカの死骸を、確保しておいてくれた。
そして、ここまで......ここ、ザラトプと出会った岬なんだけど......ここまで引っ張って持ってきてくれたんだから、頭が下がる。
で、今は、ザラトプの報告を聞きながらディナータイムなんだ。
ランチにしてやろうと思っていたのに、思いのほか時間がかかってしまったな。
未だにふらつく体のバランスをなんとかとりながら座って、もぐもぐと、巨イカの身を咀嚼する。
強すぎる弾力がたまに傷だけど、濃厚な旨味と、魔力。
素晴らしい味わい。
ごくりと飲みこむとそれは、私の胃の中であっという間に溶けさり......どこかに消えていった。
お腹に溜まらない。
これは巨イカが悪いんじゃなくて、私の体の問題だ。
私の体、胃の中で溶けた食物は、その多くが本当に消えてなくなってしまい、なかなかお腹がいっぱいにならないので、困ってしまう。
元々そんな感じだったけど、最近では、だんだんとその傾向が強まってきた。
じゃあ消えてなくなったその食物はどこに行ってしまったのか?
オマケ様は、それは魔力に変換され、魂を大きくしているのだとかなんとか言っているけど、本当なのかな?
よくわからない。
まあ良いか。
大事なことは、このおいしい巨イカを、私はまだまだ食べ続けることができるということだ。
私は、私の体程の大きさのあった巨イカの塊をあっという間に食べきって、目線でザラトプにおかわりを要求する。
<<<はいはい。たーんとおあがりっすよー>>>
ザラトプは母ちゃん的な発言をしながら海へと一旦引っこんで、また巨イカの身を噛み千切って運んできてくれた。
ちなみに、巨エビにはまだ手をつけていない。
もう少し体力と魔力が回復したら、甲殻を砕いて食べ始める予定だ。
<<<しかし姉御、本当に良く食べるっすね......そんなに食べて、具合、悪くならないっすか?>>>
「なるわけがない」
<<<へー......人間って、凄いっすねー......>>>
<ザラトプ......エミーが特別なのです。勘違いしては、いけません......>
オマケ様が届かないつっこみを入れている。
私は、今は食べるのに忙しいので、別につっこみは入れない。
<<<おいらもちょくちょくかじってますし、この調子だとこんなに大きいエビとイカっすけど、あっという間になくなりそうっすね!>>>
「............」
もぐもぐしながら、考える。
確かに、そうだ。
この美味しい海鮮たちも、3日もすれば食べきれるだろう。
......3日か。
<腐りますね>
腐るよね。
<魔力が豊富に含まれていますので、通常よりは長持ちしますが、それでもさすがに腐ります>
大海蛇的には良いのかもしれないけど、私は腐ったエビとイカは、食べたくないかな。
食べられは、するだろうけど。
「うーん」
顎に手をあてて、考える。
この巨エビと巨イカ......なんとか有効活用、できないものか?
「............」
考えて。
考えて。
考えて。
「............あ」
私は。
大切なことを、思い出した。
<<<どうしたっすか?>>>
お茶目にくねくねと揺れながら首を傾げるザラトプを見つめながら、私はなんとか、よろよろと立ちあがり、姉御として、言わねばならぬことを言った。
「ザラトプ......詫び、入れにいくぞ」




