31 とある男の日記②
薪割りから帰ると、エミーが壁を見つめながら殺気をまき散らし、全方位に向けた【威圧】を放ちまくっていた。
え?なにそれ。なにやってんの?なんかあったん?
【飛蝗】習得の前段階として、安全な着地方法を身に着けてもらおうと思ったのに、なんで殺気まき散らかしてんの?
思わずげんこつを落として【威圧】をやめさせた後、エミーを外に放り投げた。
......ちょっと怖かった。びびった。
その後、ちょくちょく外の様子を覗いていたけど、エミーは軒下でじっと立ちすくみながら、殺気を垂れ流し続けていた。
えぇぇ......?
ちょっとエミー、何やってんのマジで。
意味が分からなすぎて怖いんですけどマジで。
オレなんかしたっけ?女の子ってよくわからない......。
とりあえず、晩御飯のお肉を大きくしてやったら、ちょっとだけご機嫌が治った。
良かった。
◇ ◇ ◇
その後も何日か、エミーの不機嫌(?)は続いた。
一体何があったのかちっともわからず、困惑する。
......自分はどう行動すべきなのか測りかねていたところ、外でエミーから放たれていた【威圧】がぷっつりと止み、ドゴォォッ!!と大きな音が響いてきた。
何事だ!?
こっそりと外を覗くと、エミーの足元が抉れ、小さな窪みが出来上がっていた。
は?何が起きたし?
そのまま見ていると、エミーは岩を殴りつけ、粉々に破壊しはじめた。
えぇ!?
それ今度教えようと思ってたやつ......!
え?マジで何が起きたし?なに?もしかしてそれ、自分で編み出したの?
エミーの才能に、改めて戦慄する。
ってか、着地の練習をして欲しいのに、なんで【威圧】だの【魔撃】だの斜め上の技術を習得しはじめたのか?
謎である。
◇ ◇ ◇
エミーは今日も木に登っては飛び降りることを、一心不乱に繰り返している。
【紙魚】のときは割と簡単にコツを掴んだ印象だったけど、今回の課題はなかなか難しいみたいだ。
まぁ、それが普通だと思う。
この子は勘が良いから、あと1年も練習すれば『音のない着地』も習得してくれるんじゃないかな。
日々修行を頑張っているエミーに、今日はご褒美をあげたいと思う。
エレキディアの角だ。
これは磨いてちょっと細工をすれば、手に持つだけで光を発する魔灯となる。
原理は知らん。
キレイなものだし、女の子は喜んでくれるんじゃないだろうか。
魔灯を渡されたエミーは、とても驚いていた、ように思えた。
表情は変わってなかったけど、多分驚いていた。
かわいい。
推測するに、この子これまでろくな生活送ってきてないと思うので、魔道具なんかも初めてみたんじゃないかな。
しかしせっかく作ったこの魔灯、その寿命は短かった。
エミーはじっと魔灯を見つめる。
すると徐々にその光は弱まり......魔灯は音を立てて壊れた。
ちょっと何やってんの!?
というか、今何をしたんだエミー!?
そして魔灯を壊したエミーはそれを床に置き、何を思ったか今度は延々と手を叩き始めた。
パン、パン、パン......いつまでも手を叩き続ける。
今更ながら、この子の行動には謎が多く、はた目からみると意味不明すぎてちょっと怖い。
それでも、頭が良い子だというのは普段の行動からなんとなくわかってはいるので、この手拍子にもきっと何かの意味があるのだろう。
好きにさせることにした。
でも、本当にいつまで経ってもやめない。
うるさくて眠れないので、さすがにちょっと怒ってから布団に放り込んでおいた。
◇ ◇ ◇
それから1週間、エミーはずっと手を叩き続けていた。
で、気づいたら『音のない着地』をマスターしていた。
本当に、意味がわからない。
そして、あっという間に崖から飛び降りてもケガ一つしない技術を身に着けた。
もちろん、【飛蝗】も問題なく使えるようになった。
子どもの成長って、早いんだなぁ......。
次は、【蟷螂】を習得させる。
手刀で大岩を一刀両断にする。
驚くエミー。
【蟷螂】は昔仕事で忍び込んだ城の騎士団長が使っていた、【魔法剣】という技をベースにしている。
【魔法剣】は剣の切れ味を高める技だ。
原理は知らん。
“剣聖流”という流派の中でも、一握りの高弟しか使うことができない、門外不出の技なのだとか。
その割には、真似ようと思ったら何か結構簡単にできたけどな。
これを一握りの高弟しか習得できない“剣聖流”の連中は、真面目に修行してないんじゃないか?
エミーも、3日練習したらできるようになってた。
◇ ◇ ◇
最近、エミーと組手を始めた。
普通は技とか教える前に、こういう闘い方の基礎とかを教えるもんなのかもしれないけど......オレ、人に教えられたことないし、よくわからない。
やはり、エミーは筋が良い。
不意打ちで一度、ちょっと気合を込めた拳を打ってみたらその時はかなり吹き飛ばされて呆然としていたが、その次からはそういう打撃もキレイに受け流せるようになっていた。
あと、持久力をつけさせようと思って、山中をずっと走らせている。
これも文句を言わず、黙ってオレの後についてくる。
毒への耐性もかなり強くなってきた。
もはや並大抵の毒では、命を落とすことはないだろう。
他にオレが、この子のためにしてやれることはないだろうか?
◇ ◇ ◇
最近の日記を読み返してみると、見事にエミーのことしか書いていない。
まるで孫をかわいがるジジイのようだ。
このオレが。
思わず笑ってしまう。
半年前にほんの気まぐれでこの子を助けたときには、こんなことになるなんて思いもしなかった。
10年前。
体の衰えを感じて仕事からは身を引き、この山奥に隠れ住み始めた。
なんの目的もなく、ただ無為に過ごすだけの日々。
その時は、もう後はこの体が朽ちるまで、こんな風に残りの時間を生きていくだけだと思っていたのに。
人生何が起きるかわからん。
まさか生きてきた中で最も楽しく、幸せな時間が、死に際のこの時期になって訪れるとはな。
しかし、この幸せを自覚してしまうと、同時に不安も感じる。
オレなんかが、世の中に死と不幸をまき散らしながら生きてきた“呪い子”たるこのオレが。
幸せに、なって良いわけがないだろう。
いつかきっと、この幸せにはしっぺ返しがくる。
そうじゃないと、オレに殺されてきた人間たちが、冥府で納得しないじゃないか。
あぁ、でも。
もしオレに、不幸が訪れたとしても。
これだけは、譲れない。
エミーは、絶対にその不幸に巻き込まない。
エミーだけは、絶対に守り抜こう。
だってオレはエミーの師匠であり、“優しくて格好良いじいちゃん”なんだから。




