275 【冒険者ミトラン】銀髪の考古学者レーセイダと、ミトランの出会い
こ、このペースの投稿が、いつまでも続けられるわけが、ないんだ!
「だからよぉー!テメェみてぇな軟弱者がよぉー!遺跡探索だぁ!?笑わせんなよって話だよなぁ!?」
「そうだぜ!遺跡のお宝は、オレらのもんだ!学者先生は、お部屋の中で本でも読んでなぁ!!」
『お部屋の中で本でも読んでなぁ!!』。
あまりに理解の低いこの発言に、銀髪の考古学者レーセイダはため息をついた。
その本を書くための知見を得るためには、専門にもよるだろうが、学者は研究室にこもってばかりではいられないのだ。
レーセイダのような考古学者であれば、遺跡が見つかれば現地へと駆けつけ調査研究を行う必要があるというフィールドワークの重要性は、子どもでもわかりそうなものだが......見るからに粗暴な、目の前にいる二人の眼帯男たちには、その当然の理屈すら通じないらしい。
理屈が通じない愚鈍さ。
明らかにこちらを軽んじ、馬鹿にしたような態度。
それらが合わさり、レーセイダの苛立ちは募った。
だからついつい......いつもの癖が出てしまった。
「ああ、そうだね。部屋に戻るとしようかな。何せ、幸いなことに、私は宿をとれるからね。臭いが酷くて入室を断られるだろう、君たちとは違ってね」
黙って立ち去れば良いものを!
レーセイダは明らかに余計な一言を言って、荒くれ者たちに喧嘩を売ったのだ!
負けず嫌いで、比較的喧嘩っ早い。
これは、レーセイダの血族が共通して受け継いでいる性質である。
家庭内でも割と喧嘩が多いので、だからレーセイダの兄弟姉妹は、家から独立するのも皆早い。
家族仲が悪い、というわけではないのだが。
一番末の弟など、かなり幼いうちから冒険者として独立している。
まぁ、それはさておき。
「こいつ!こっちが優しく忠告してやってんのによぉ!」
「許せねぇ!アンダー、やっちまおうぜ!」
「おうよ!痛い目見せてやろうぜ、タッパ!」
アンダーとタッパとか言うらしいこの荒くれ者二人は、レーセイダの煽りにすっかり激昂してしまった。
これは完全に、レーセイダが悪い。
もしこれが、レーセイダが以前まで所属していたキラリメーク学園の考古学研究室内での発言であれば、これから巻き起こるのは嫌味の応酬。
しかし、ここは研究室ではなく町中だ。
そして、相手にしているのは研究者仲間ではなく荒くれ者だ。
故に、これから始まるのは暴力のやりとりだ。
レーセイダは学者ではあるが、全く戦えないわけではない。
弟程ではないが魔法の才もあり、黄金大陸内であれば魔物を蹴散らしながら一人旅ができる程度の実力がある。
しかしそれは、目の前の荒くれ者二人も一緒だ。
魔法が使えるような知性を感じとることはできないが、この二人も十分に強いから荒くれ者なんぞをやっている。
喧嘩になれば当然圧倒的に優位なのは、荒事に慣れている荒くれ者二人の方だ。
(ふむ、まずいな)
自分の不用意な発言が招いてしまった危機を前にしても、レーセイダの思考は冷静だ。
しかしとっさのことで、足は動かない。
ここは2、3発殴られた上で、情けなく退散することにしよう。
まさか、町中で殺されはするまいし。
そう、レーセイダが覚悟を決めた、その時だった。
「危ないっ!!」
突然レーセイダと荒くれ者たちの間に、小さな影が割りこんできたのは!
「な!?」
「は!?へ!?」
その小さな影......少年用の冒険者装束を身にまとった、類稀なる美少女は、荒くれ者二人の拳を事も無げに受け止めると。
「えいっ!えいっ!」
「「うわぁーーーっ!?」」
その体からは想像もつかない怪力でもって、無理やり荒くれ者たちの体を振り回し、遠くに放り投げてしまったではないか!
「ぐべっ!な、なんだこのガキ......!?」
地面に転げた荒くれ者が慌てて起きあがり睨みつけるも、その美少女は全く意に介さない。
レーセイダの前に仁王立ちしながら、彼女は堂々と言い放った。
「おじさんたち!町の中で喧嘩は、良くないよ!でも、どうしてもって言うんなら......ボクが相手になるから!」
「ちっ!どうするよ、アンダー!?」
「ば、馬鹿野郎!どうするもこうするもねぇ!あのガキ、やべぇぞ!?」
情けなくも放り投げられた荒くれ者たちだが、この連中はかなりプライドを傷つけられたはずである。
しかしながらこの二人、それ以上に激昂してこの美少女に襲いかかるような真似は、しなかった。
「やばいガキには」
「近寄らぬが吉!」
それどころか、何らかのトラウマを刺激されたのか、お互いに顔を青くしながら何やらごにょごにょと相談してから頷きあい......。
「お、憶えてろよーーーッ!!」
「いや、むしろ忘れてくれーーーッ!!」
そんな捨て台詞を吐いて、その場から逃走していった。
「う、うわーーー!すげぇーーー!」
「お嬢ちゃん、強いのねぇ!」
「良くやったぞーーー!」
荒くれ者たちの姿が見えなくなったのを見計らい、周囲で様子をうかがっていた人々が美少女に近寄り、彼女のことを褒めたたえる。
「えへへ!この程度、どうってことないよ!」
美少女は胸をはりながらも、鼻の下を指でこすりながら照れた。
「ふむ......!」
レーセイダはその様を、じっと見つめていた。
見た目は、本当に可憐な美少女だ。
丸くて大きな、緑色に輝く瞳、長いまつげ。
肩あたりで切りそろえられた紺色の髪はさらさらで、美しく風にたなびいている。
少年用の冒険者装束を着てはいるが、この少女が着れば少しくたびれたその服装すらも輝いて見える。
だが、しかし。
レーセイダが真に着目しているのは、そこではない。
レーセイダは、気づいていた。
この美少女が首にかける、冒険者証。
そこに記された彼女の冒険者等級が、5級であるということに。
つまりこの少女は、まだ幼い見た目をしているにも関わらず、既に一流の冒険者として冒険者ギルドから認められている実力者なのだ。
しかも、その戦闘能力が間違いなく高いことは、たった今目の前で見せつけられたばかりだ。
そのうえ、女の子。
レーセイダとしては、“安心できる”。
もはやこれは、運命であるとしか言いようがない!
この出会いを、決して無駄にしてはならない!
その決意を胸に、レーセイダは美少女に対して話しかけた。
「失礼。君は凄く強いね。おかげで助かった。礼を言うよ」
そう言いながら帽子をとり、胸に手をあててお辞儀をする。
頭の後ろで三つ編みにした銀髪が、首の横から前の方へさらりと流れていく。
「え?えへへ、どういたしまして!」
美少女はにこにこと笑いながら、ひらひらと手を振った。
やはり、美しい。
レーセイダも美しい顔立ちをしており、学園では男女問わず人気があったものだが、この美少女には敵わない。
「名前をうかがっても、よろしいだろうか?」
「うん!ボクはミトランだよ!」
「そうか、ミトラン君か。私の名前はレーセイダ。旅の考古学者だ。よろしく頼むよ」
「うん!よろしく」
レーセイダが静かに伸ばした右手のひらをミトランは同じく右手で握りしめて、ぶんぶんと元気良く振った。
「ところで、ミトラン君。唐突だが、君は冒険者なのだよね?」
「そうだよ!」
輝くような笑顔を浮かべながら返事をするミトランに対し、レーセイダは真剣な顔をして、こう切り出した。
「ならば、これも何かの縁というやつだ。突然で申し訳ないのだが、私は君のような実力ある冒険者を探していたのだ!一つ、私の依頼を受けてはくれないだろうか?」
「依頼?ギルドを通してくれるなら......」
「そうか!そうか!」
きょとんと首を傾げ、無警戒に安請け合いをするミトラン。
レーセイダはミトランの手を今度は両手で握りしめ、満面の笑顔を浮かべた。
「それならば、君にぜひ、お願いしたいのだ!『アハテ川上流遺跡』の調査研究時の......私の護衛を!」
【何らかのトラウマ】
謎の悍ましい呪い子によって刻みこまれた心の傷。
ただし、自業自得。




