21 無口と無口のコミュニケーション
「......ッ!!」
ぱちりと目を覚ますと飛び込んできたのは、薄汚れた木造の天井だった。
思わず首元を触り、頭部が胴体とサヨウナラしていないことを確かめる。
<あぁっ良かったエミー!目を覚ましたんですね!>
......うん、オマケ様。何とか無事みたい。疲労感、魔力の枯渇感は完全には癒えていないものの、ケガはなく五体満足だ。
「はぁ~~......」
思わず安堵のため息をつく。
いやー、さすがにね!
さすがに今回はダメかと思ったね!
<私も肝が冷えましたよ......運がよかったですね>
うん。
あの......謎のじいちゃんが助けてくれなかったら、今頃間違いなくお陀仏だよ。
ここは......あの人の家なのかな?
きょろきょろとあたりを見渡す。
今私がいるのは、狭い木造家屋の一室だ。
隙間風がぴゅうぴゅうなっている古びた室内だが、酔っ払いゴミクズ男の家とは違いきちんと整理整頓がなされている。
かぶせられていた薄い布団をめくり自分の着ている服に目をやると、獣の皮を縫いつないで作ったような......見覚えのないものに変わっていた。
サイズがあっておらずぶかぶかだ。
あの人が変えてくれたのだろうか?
あ、『ハダカを見られた!キャー!』とか言う気はないです。
なにせ私まだ6歳だし、今までの服も返り血やらなにやらまみれで本当にひどい状態だったし。
当然感謝しかないです。
でも、あの人何者なんだろう?
手刀で狼の首切り飛ばしたのもすごかったけど、なんというか、あの、迫力ある雰囲気?すごかったよね?
<あえて魔力を放出して、相手を委縮させる【威圧】という技術があります。あの迫力はそれによるものですね。いずれにせよ、ただものではありませんよ、あの人>
ガッ、キィィ......。
オマケ様とおしゃべりしていると、立て付けの悪いきしむ扉をあけて、そのじいちゃんが入ってきた。
じいちゃんは目を覚ました私に気づき、布団の近くまで寄ってきて、そこにどっかと腰を下ろした。
射貫くような眼光は相変わらず鋭く、まとっている威圧感は、狼から助けてもらった時とまるで変わらない。
「「............」」
私とじいちゃん、両者ともに無言。
「「............」」
ぴゅうぴゅう吹いている隙間風の音だけが、耳に届く。
<......いやいや、エミー、会話しましょうよ?なんでにらみ合っているんですか?この人、あなたの恩人ですよ?なんか言うことあるんじゃないですか?>
ご、ごめんオマケ様。
私もお礼言わなきゃって思っているんだけど、ほら、今世の私ってほとんど人と会話したことないじゃん?
なんて言ってしゃべりかけたら良いかわかんなくて......。
あと、威圧感すごくない?え?なにこれ?このじいちゃんなんなのこれ?私を殺す気なの?助けてくれたんじゃないの?やばいじいちゃんなの?この人。
<た、助けてくれてありがとうって、言えば良いんですよ。そしてこの人にあなたを害する気はありません。あったら助けていないでしょう?多分この人、あなたと同じですよ、エミー。無口で、人と接しなれていないのです。人なれしていないから威圧感が消せていないのか、威圧感が消せないから人なれしていないのかはわかりませんが>
わ、わかったよ、オマケ様。
お礼を言えば良いんだよね?
感謝を込めてお礼を言う!
思えば、オマケ様を除けば今世において一度も行ったことのない会話だ。
じ、地味に緊張するぜ!
「............ありがと」
じいちゃんの目を見ながら、ぼそりとつぶやく。
「............」
じいちゃんは無言。
あれ?聞こえなかったかな?
隙間風の音にかき消されて聞こえなかったかな?
この人なんも反応しないんだけど?
「............ありがと」
さっきよりも気持ち大きめに感謝を伝える。
「............」
じいちゃんはやっぱり無言。
あ、でもかすかに頷いた。
やった!会話が通じたぞ!
「「............」」
そしてまた二人の間に流れる、無言の時間......。
<ああああああ~~~~っ!もうっなんなんですかあなたたちは~~~~っ!!会話下手くそすぎか!!>
しょうがないじゃん!
私会話ビギナーなんだよ?
たどたどしいのは大目にみてよぉ!
「......痛くないか」
!!
今度はじいちゃんからこっちに話しかけてくれた!
じいちゃんの声は低く、でもよく通る力強いダンディな声だ。
「......ない」
私がそう答えると、じいちゃんはまた、かすかに頷いた。
オマケ様!オマケ様!
今、私会話できてたよね?
会話ってこんな感じで良いんだよね!?
<......はぁ。一言二言しゃべるのにあきれるほど時間かかってますけどね!っていうかあなた、以前ミョゴミョゴシュゴの精霊のふりをして、盗賊たちとしゃべったりしてたでしょ?フェノベン村でもこの程度の受け答えならしていたでしょうが>
盗賊の時のは演技入っているから別枠だから。
あと、ゴミクズ村のことは思い出させないでね!不快だから。
「「............」」
再びの沈黙。
だけど、なんかこの雰囲気が心地よくなってきた私がいる。
じいちゃんの威圧感も、慣れてしまえばそれほど怖いものでもないし。
口をへの字に閉じ、眉間に皺を寄せまくっているけど、この人にとってはこれが普通の顔なのだ。
怒っているわけではないのだ。
「......なんで、助けてくれた?」
今度はこちらから問いかけてみる。
「私、黒髪で、黒目なのに」
そう、悲しいことに私、この世界(この辺の地域?)では差別対象の外見をしているの。
村にいれてもらえないくらいには、嫌われやすい自信があるの。
なのに、一体どうして?
「............」
じいちゃんは黙って、自分の瞳を指さした。
その色は、私と同じ黒色。
......あぁ、そっか......。
<今は白髪となりわかりませんが、もしかしたらこの人も、エミーと同じ苦労をずっとしてきたのかもしれませんね......>
ぐぅぅ......。
あっ......突然脈略無く、私の腹の虫が鳴いた。
押し黙る二人の間に、その音はとても良く響いた。
じいちゃんはそれを聞くと、表情を変えないままのそりと立ち上がり、隣の部屋へ出ていき、そして......お皿の上に、湯気の立つ何か白いものを乗せて、持ってきてくれた。
ことり、と私の目の前の床に置かれたその皿の上には、とろりと煮込まれた、白い粒が山ほど盛られている。
湯気とともに届く甘い香りが、鼻腔を刺激する。
白い粒、といってもそれは、なんかの幼虫というわけではない。
これは......これは......!!
<す、凄い!エミー!これは“麦粥”ですよ!昔、美食神の異世界転生配信で視ました!!>
さ、さすがにそれは解説されんでもわかるわいっ!
え!?なにこれ!?なにこれ!!?食べて良いの!?私、この穀物食べて良いの!!???
期待に満ちた目でじいちゃんを見つめると、じいちゃんはかすかに頷いてくれた。
その後はもう......私、止まらなかった。
皿に顔をつっこみ、ガツガツと麦粥を貪り食う。
甘い!麦ってこんなに甘いものだったなんて、前世では気づくことはなかった!
臭みも苦みも酸味もない、とても優しい味!
柔らかくて暖かくてふわふわして、あぁ......おいしい......この世界にも、こんなおいしい食べ物、あったんだなぁ......!
気づくと私は号泣していた。
相変わらず表情金が死んでいるこの顔面は微動だにしないけど、涙がとめどなく流れる。
<うっ......うっ......おぇっ......>
私と感覚を共有しているオマケ様も、そのおいしさに感極まって泣いている。
じいちゃんはそんな私の様子を、黙って眺めていた。
皿に残る汁までなめりとり、一息つく。
<おいしかった......ですねぇ......>
うん、おいしかったね、オマケ様......。
ふとじいちゃんを見ると、厳つい顔のままだけど、どこか満足そうな雰囲気を感じる。
あぁ、ありがとう、ありがとう。
こんなおいしいものをいただいて、どうお礼をしたら良いかわからないよ。
<私たちにできる最大限のお礼をしましょう。この恩は、返さなくてはなりません>
そうだね、そうだねオマケ様。
私たちもこの人に、なにかお返しをしなくては。
そう思い立った私は、おもむろに立ち上がり、室内をきょろきょろと見渡す。
美味には、美味を返したい。そう思った。
ふと、壁の一か所に親指大ほどの穴が空き、変色している部分を見つける。
私は、今世の実家で同じような穴を見たことがある。
というかオマケ様いわく、この穴はおんぼろ家屋であればどこでも空いている可能性の高いものなのだそうだ。
とりあえずその穴に近づき、こんこん、とノックをしてみる。
周りの他の壁とは、明らかに音が違う。
これは......あたりだな!
穴に指を突っ込み、少し力をこめて引っ張ると、もろくなっていたその部分の板がぺきりと音をたててはずれ、中に潜んでいた白い芋虫のような生物の姿があらわとなる。
こいつの名前は、オマケ様いわくミキクイシロイモムシというらしい。
樹木どころか、木造家屋の壁なども食い荒らす害虫であり、この世界の常に習い魔物認定されている生物であるが、その実態はイモムシではなく、殻を持たない巻貝の仲間である。
そしてあまり知られていないが、かなり美味な生物でもある。
臭みの無いコリコリとしたその身はうま味にあふれており、スープにいれると良い出汁がとれる。
私にとってはごちそうのうちの一つだ。
さて、このミキクイシロイモムシでもって、麦粥の返礼になるだろうか。
良く考えたら、こいつもじいちゃんの家でとれたものなのだから、礼になるかどうかは甚だ疑問ではあるが、今まで食べずにほっといていたんだから、じいちゃんはこいつの存在に気づいていなかったのだろう。
気づいていなかったものを採取してあげたのだから、十分に礼になるはずだ。
というか私、お礼になるものを何も持っていないもん。
こういう形でしかお礼を返せないんだよなぁ。
ミキクイシロイモムシをつかみ取り、じいちゃんの前に持っていく。
「............はい」
手渡そうとするが、じいちゃんは受け取ってくれない。
小首をかしげ、じっと見つめる。
じいちゃんは首を、横にふった。
......礼など不要、子どもが余計な気をまわすな、ってことか......。
このじいちゃん、凄く強面で一見おっかないけど、その実すごく優しい人なんだなぁ......。
とりあえずミキクイシロイモムシはもったいないので、その場で【着火】を使ってあぶり、私が食べた。




