194 偽者たちはだます
得体の知れぬ不気味な魔物の鳴き声が響く、ザマーゴの森。
その入口である、谷にかかった丸太橋の手前で、4人の男女が森を見つめていた。
「なあ、パッチーノ......本当に、行くのかよ......?」
目つきの悪い、ぼさぼさ頭の小男が、今まさに目の前の丸太橋に足をかけようとしていた男に声をかける。
「あぁ!?今さら何をびびってんだ、モドキン!何が魔境だ、オレの実力をもってすれば、恐れるに足らず!」
完全に及び腰になっている仲間の声に苛立ちながら、そうやって声を荒げたのはリーダーのパッチーノだ。
見たところ、その年の頃は20代の半ば。
彼はそこそこ強い魔法剣士であり、そこそこ長身で、そこそこ鍛えられた肉体をした男であり、そこそこ整った顔をしている。
そこそこ美しい金髪が、降り注ぐ日の光を浴びてそこそこきれいに輝いた。
「覚悟決めんのよ、モドキン。慎重なのは、斥候としては良いことだとは、思うんだけどね」
酒焼けした声でそう言うのは、パーティの紅一点であるニーセ。
聖神教の法衣を着こんでいるが、今の彼女は神官ではない。
素行不良で、破門されたからだ。
多少、魔法の心得があり、簡易的なポーション作成の技術を持つことから、パーティ内では魔法使い兼薬師の役割を担っている。
「......ウオォ......」
そしてなんか、よくわかんないけど後ろの方で唸っている大男がダーマシーだ。
よくわかんないけど、いざ戦いとなったらその恵まれた肉体を使って大暴れするんじゃないかな。よくわかんないけど。
パッチーノ、モドキン、ニーセ、ダーマシー。
彼らは全員が7級冒険者であるパーティ、その名も“茶竜のカカト”だ。
それなりに戦闘力がある4人組であり、冒険者パーティとしてはかなり能力が高い方だと言っても良い。
真面目に依頼を受け活動していれば、将来に向けた貯蓄も十分に可能である程度には、一流の冒険者なのだ。
真面目に活動していれば。
しかし、彼らは不真面目だった。
刹那的に生きており、昼間から酒を飲んでいる日が多かったし、金だって、ちっともたまらなかった。
そして、モラルが低かった。
多少小狡いことをしてでも、楽して良い思いをしたい。
そう考え......いや、考えること自体は良いのだが、実際に考えたことを実行してしまう程度には、モラルの低い連中だったのだ。
彼らがやったこと。
それは、“勇者詐欺”であった。
◇ ◇ ◇
“勇者詐欺”。
それは勇者と魔王の戦いが始まると必ずと言って良い程発生する犯罪行為だ。
慣例上“詐欺”と呼ばれているが、勇者を名乗って行われる各種犯罪行為は、全て勇者詐欺であるとみなされる。
例えば、『自分は勇者だ』と主張し、武力をちらつかせて金品をゆする行為。
これは典型的な勇者詐欺であると言って良いだろう。
被害者は、『勇者様のなさることなのだから』と我慢してしまい、泣き寝入りすることも多いと言われる卑劣な犯罪だ。
そんな勇者詐欺を、パッチーノたち“茶竜のカカト”は行っていた。
ただ、彼らがやったことは、並み居る勇者詐欺師たちと比べると、かなり大人しいものだった。
何せ、彼らは基本的には、普通に冒険者としての活動を行っているだけなのだ。
魔物や盗賊に困っている集落を見つけては、ギルドの依頼を通さずにその人々を助ける。
そしてその後、実は自分たちが勇者パーティであったのだと明かしてから、助けた恩と勇者の肩書でもって、相場以上の報酬を巻き上げる。
これが、彼らのやっていたことだった。
パッチーノは前述したとおりそこそこ顔が良く、そこそこ口も回る。
ニーセも、近寄ると酒臭いけど、遠目に見たら清楚な神官風の女であるし、ダーマシーも頼りになる戦士に見える。
モドキンは小汚いけど、まあ勇者にもそういう仲間がいても良いか的な枠のメンバーだった。
無垢な村人たちはそんな彼らにすっかり騙され、最終的にはかなり多くの報酬を善意から差し出すようになるのだ。
『魔王との戦いに、役立ててほしい』と願って。
多くの村で、彼らは偽物であると不信感を抱かれることすらなく、不正な報酬を受け取ってきたのだった。
そんな勇者詐欺行為を働いてきた彼らだが、思った以上にこれがうまく行くことに気づくと、だんだんと調子に乗り始めた。
初めはターゲットとして選んでいたのは世間知らずの田舎の村々が中心であったが、それを徐々に街道沿いの大きい村へ、そしてもっと大きい町へと移していった。
そして最後のターゲットとなったのが、ネボの町である。
ここでも彼らは町を悩ませていた正体不明の川の魔物を倒し、己らは勇者であると偽り、不正に金品を巻き上げた。
ここまでは良かったのだ。ここまでは。
しかしここで、彼らは普段やらないことをした。
ネボの町は、希少なアハテカワエビが名物である。
さらにはサイカナン街道のちょうど中心にあるという立地故、西から東から、うまい酒がたくさん運ばれてくる。
だから、彼らは少しの間だけ、ネボの町に居座ることにしたのだ。
希少なエビとうまい酒を、勇者の肩書を利用して無銭飲食するために。
......この判断が、誤りだった。
彼らは、いつもの通り、すぐにネボの町を出立するべきだったのだ。
何せ、彼らが身分を偽り好き勝手やっているうちに、ネボの町には......本物の勇者が、やって来てしまったのだから。
本物の勇者である赤髪の少年は、己の正義に従い“茶竜のカカト”を糾弾した。
“茶竜のカカト”も初めのうちは『証拠を出せ』だの『こんなガキが勇者であるはずがない』だのと反論していたのだが、勇者の少年がちらりとその身に宿る神気を解放した瞬間、悟った。
あ、だめじゃん。
これ、本物じゃん......と。
その後、破れかぶれで決闘を申し込み勇者パーティに襲いかかるも、もともとの地力が違ううえにすっかり酒の回っていた“茶竜のカカト”は、本物の勇者に敵うはずもなくボコボコにされ、ネボの町の警備兵のご厄介になることになったのだ。
そこで余罪を追及され、彼らが行ってきた勇者詐欺行為は、その全てが明らかにされた。
長期間の収監こそされなかったものの、彼らが預金していた金は被害者への補償としてその全てが没収され、今後も足りなかった補償分を冒険者ギルドを通して支払い続けることになってしまったのだった。
そのうえ、ネボの町に滞在していた商人たちによって彼らの悪評はあっという間に周辺の町村にばらまかれ、彼らはどこへ行っても白い目で見られるようになった。
そんな周囲の目を避けるようにしながら、彼らはサイカナン街道を東へ、東へと逃げていった。
彼らには、金が必要だった。
ギルドの依頼をこなしても、そのうちの何割かは被害者への補償として天引きされてしまう。
悪評が祟り、かつてのように依頼者と直接交渉することもできない。
彼らは、すっかり困窮していた。
そんな中、なんとかひねり出した酒代を握りしめやってきた場末の酒場にて、彼らは聞いたのだ。
竜の噂を。
東の魔境ランラーナンガ山脈、その最西端のナンガ山の尾根には、緑竜が住んでいるのだと。
それが故に、麓のザマーゴの森には人が寄り付かない。
そこは、緑竜の縄張りであるから。
故に、開発が進まない。ポッケロケは未だにその地を、時代遅れの追放刑の流刑先として定めている。竜くらい、国がどうにかしてみせろ。愚かだ。情けない......。
そんな風に噂の出本である酷く酔った商人はくだを巻いていたが、“茶竜のカカト”には商人の愚痴の後半部分は全く耳に入っていなかった。
彼らにとって重要なのは、ナンガ山に緑竜がいるという事実であった。
竜は、素材の宝庫だ。
狩ることができれば、一攫千金だ。
狩るしか、ない。
酔っぱらった勢いで、彼らは方針を決定した。
本当にそれができるかどうか、冷静に検討することができないほどには、彼らは追い詰められていた。
オレたちになら、できる。
オレたちは、勇者だからな......。
他人をだますことができなくなった彼らは、ついには自分たちをだまし始めた。
ザマーゴの森が、緑竜たちの縄張りであった(過去形)のは事実です。
だからこそ人が寄りつかなかったし、そのせいで魔物もどんどん増えていました。
しかし谷があるため、その魔物たちが森からあふれでるということは、なかったようです。
ちなみに、ナンガ山の緑竜が一体何匹いたのかについては、冒険者ギルドも正確には把握していませんでした。
せいぜい数匹程度だろうと、思われていたようです。
緑竜たちは血の気が多く、それほど数が多くなる前に争いが起き、大抵は群れが分裂するからです。
実際にはサメというリーダーを得て、かなりの規模の群れになっていましたが、その事実を冒険者ギルドが掴んでいれば、さすがにアースセルもザマーゴの森には派遣されませんでした。




