189 変態ジジイは森を行き
「まったく、冒険者ギルドも酷いもんじゃのうッ!こんなおじいちゃんを魔境に派遣するなぞ、老人虐待もいいところじゃわいッ!」
トプリンゴンの牢屋を出所してから、数日後。
ぶつくさと文句を言いながら、ザマーゴの森へと続く丸太橋を渡る、トプリンゴン出張所所長改め新規出張所開設官アースセルの姿があった。
箪笥の奥から引っ張り出してきた、かつて愛用していた冒険者装束を身にまとい、口髭をゆらしながら歩くその姿には、落ちぶれたとは言えさすがに往年の特級冒険者の貫禄がにじみ出ている。
「......さて、こっから魔境、じゃの。危険地帯じゃし、気合入れて、行くかいのッ!」
丸太橋を渡り、鬱蒼と茂るニシャカーシャの大木を見上げながら、アースセルはそうつぶやいた。
そしておもむろに......ポケットの中から......女性物のパンツを取り出し、頭にかぶった......!
この時点で、貫禄あふれる往年の特級冒険者は、ただの変態ジジイに成り下がった。
だがしかし、この行為は今や彼にとって必要不可欠の儀式である。
アースセルは己の能力を過信していない。
全盛期に比べれば肉体はすっかり衰えてしまっているし、咄嗟の判断力だって落ちているだろう。
魔境の中で、いつ死んだとしても、おかしくない。
それを、理解している。
だからこそアースセルは、パンツをかぶる。
いつ死んでも悔いがないように、好きな物と、身も心(?)も、一体化するのだ。
つまりパンツは、彼にとっては、決死の覚悟の表れである......!
ちなみに今彼がかぶっているパンツは、お店で新しく購入した新品なのでご安心ください。
彼が犯罪行為に手を染め収集したコレクションは、元の持ち主の同意を得たうえで、全てアースセルの目の前でタイチェによって焼かれた。
仕方がないので、アースセルは新品のパンツを買ってかぶることにしたのだ。
(このパンツが......巡り巡って美少女にはいてもらえる未来が、あるやもしれぬ。このパンツは、可能性じゃ。吾輩は今、未来をこの身にまとっているのじゃ......!)
この人、何言ってるんだろう。ちょっと怖いですね。
◇ ◇ ◇
「『土よ、無数の固き礫となり、敵を穿て!【ソイルバレッツ】!』」
「「「ミギャーーーッ!!?」」」
「『岩よ、鋭い槍となり敵を貫け!【ロックスピア】!』」
「チワワワーーーーーッ!!?」
「ええいッ!まだおるのかッ!?『泥よ、弾丸となり、敵を撃て!【マッドショット】!』」
「ポポロッペポロペロッ!!?」
さて、それから数時間後のことである。
アースセルはこの日何度目かの、魔物の集団による襲撃を受けていた。
「............カッハァ~~~ッ!きついッ!密度が濃すぎじゃろッ!老骨には、さすがにこたえるわいッ!」
周囲の魔物を、かつての二つ名“土賢”の由来である得意の土魔法で殲滅した後に、アースセルは荒い息を吐きながらその場に座り込んだ。
「魔物が多すぎる。だから冒険者が入ってこない。さらに魔物が増える......あ~~~、もうッ!悪循環じゃのッ!」
そしてイライラしながら頭をかいた。
「......フ~~~ッ............」
するとその手が、かぶっていたパンツに触れた。
気持ちが、落ち着く。
活力が、勇気が、湧いてくる......!
アースセルはすぐに立ち上がり、再び森の探索にとりかかった。
「しかし幸い、フォレストトポポロックだのザマーゴトードだの、そこそこ高く売れる連中が多く生息しとるからの。拠点さえ整えば、状況は大きく変わるはずじゃ。吾輩の頑張り次第と言ったところじゃのッ!」
前向きになったアースセルは藪をかきわけ、ずんずんと森の奥に進んでいった。
現在彼が探しているのは、冒険者ギルド出張所を築くのに適した土地だ。
条件としてはまず、ある程度森が開けている場所が良い。
そのような場所なら、アースセルお得意の土魔法で、建物を簡単に作り出すことができる。
そして、水場が近い場所であれば、なお良い。
継続して人が住むためには、飲み水の確保は必要不可欠だ。
さらに、ある程度森の入り口の丸太橋から離れている方が良い。
これは何故かと言うと、実はこのザマーゴの森、魔境にはありがちなことなのだが、どの国が領有している土地であるのか、はっきりしていない。
つまりこの森の中に出張所を築いたとしても、法的な申請は必要ないし、税金もかからないわけだ。
だからこそ冒険者ギルドはアースセルに、この森の中に出張所を開設することを命じたのだ(ただ、懲罰人事であることも事実ではあるが)。
そういった理由と、そして素材収集のしやすさから、実は魔境内に築かれた冒険者ギルド出張所は数多く、中には町を形成し自治を行っている場所すらある。
ただ、そんな出張所作りを目に見えるところでやられたら、当然隣国ポッケロケはおもしろくない。
必ず何かしらのいちゃもんをつけてくるはずだ。
だからこそ、事が露見するのは、周辺の実効支配がすんでからにしたいのだ。
整備はこっそりと進めたい。
故に、ある程度森の奥に拠点を整備したいというわけだ。
「とは言え、こりゃ、そうわがままも言っておれんかの~ッ」
アースセルは藪をかきわけながら、そう独り言ちる。
今のところ、森の中を歩きまわる彼のお眼鏡にかなった土地は、ゼロである。
なかなか良い場所が見つからない。
目的を達せられないまま時間ばかりが過ぎ、日は落ちて森の中は徐々に暗くなってきた。
「「「ミギャーーーッ!!!」」」
「って、またかいのッ!!」
ここで再び、フォレストトポポロックの襲撃だ。
この三つ目の魔物は弱く狩りやすく肉もおいしいが、うるさく騒ぐので他の魔物を呼び寄せるというやっかいな性質があった。
つまり、この後はしばらく、魔物の襲撃が続く。
アースセルはため息をつきながら土魔法で弾丸を作り出し宙に浮かべ、それをフォレストトポポロックに向けて撃ち始めた。
◇ ◇ ◇
「ああ~~~ッ!まったく、酷い目にあったわいッ!」
時刻は既に真夜中である。
ようやく魔物の襲撃を凌ぎ切ったアースセルは、ボロボロの姿で野営地を探しながら、携帯型の魔灯を掲げ、未だに森の中をさまよっていた。
「しかし吾輩も、なかなかどうして、まだまだやれるもんじゃのッ!」
口髭をいじりながら、そう言ってにやりと笑うアースセル。
実際、まだ周辺部であるとは言え、たった一人でこれほど長時間魔境を探索し続けることのできる冒険者は、そうそういない。
さすがは元特級冒険者、と言ったところである。
ただの変態ジジイではないのだ。
「......それもこれも、こいつのおかげじゃ。こいつがあるからこそ、吾輩は頑張れるのじゃ......」
そう言ってアースセルは、頭に装備したパンツを優しくなでた。
やっぱり変態だこいつ。
ただの変態ジジイではないけど、変態ジジイであることは間違いないのだ。
「......ん?むむ!?」
と、その時だ。
前へと進むアースセルの歩みを妨げていた藪が、突然無くなった。
空を見上げると、それまで大木の枝葉によって覆い隠されていた満天の星空が、彼を優しく照らしている。
つまりは。
「おおッ!開けた土地じゃッ!」
つまりは、これまでアースセルが探し求めていた、出張所を開設するに適しているかもしれない候補地を、彼はついに見つけたのだ。
「水は、どうかのッ?......暗くてよくわからんの~ッ」
魔灯であたりを照らしてみるも、ここが開けた土地であるということ以外は、彼には把握できなかった。
この時もう少し冷静であれば、彼はこの土地に漂う妙な威圧感......強大な魔物の縄張りで時折見受けられる、不思議な静謐さに気づいていたのだろう。
だがしかし、彼は気づけなかった。
探索の疲れと候補地を見つけた喜びとで、集中力を欠いていたからだ。
「ま、詳しくは明日、日が昇ってから、じゃのッ!......フォッオ~~~!さすがに今日は疲れたわいッ!」
そう言って思いきり伸びをしてから、彼はぶつぶつと詠唱を始めた。
「『土よ、壁となり我が身を守れ!【ウォール】!』」
そして発動したのが、防壁を作る防御魔法である。
この魔法、通常は術者の眼前に土壁を作るだけの魔法であるが、そこは“土賢”、一味違う。
彼は強いイメージを注ぎ込みながら魔法を使うことで、作り出す壁の形をかなり自由に操作することができるのだ!
数秒後、彼の体は、土で出来た大きな卵の殻のようなもので包まれていた。
この殻はかなり丈夫であり、大抵の魔物は割ることができない。
空気穴も開いているので、呼吸も問題ない。
夏場は多少蒸し暑いが、それは我慢すればなんとかなる。
「フォッオ~~~......眠い、眠いぞいッ!」
アースセルはおじいちゃんだ。
基本的に日が落ちたら眠くなるし、日が昇る前に目が覚める。
今はかなり、無理をしている。
手早く携帯食を腹の中に流し込み、上半身の服を脱いでから、彼は作り出した卵状の壁に背をもたれ、目を閉じた。
そして数分とかかることもなく、彼は寝息を立て始めた。
......以上が、アースセルがエミーたちの拠点にたどり着くまでの顛末である。
詠唱を行うと、『ある程度定められた規格の魔法が発動する』というのが、魔法神の作り出した“魔法使用補助システム”であるわけですが、この『ある程度』という部分がポイントなのですね。
術者がイメージによって魔法をアレンジする余地が詠唱魔法には残されており、土魔法に関しては、アースセルはそのアレンジがとても上手なんですね。
だから冒険者として大成し、“土賢”という二つ名までもらったというわけです。




