172 竜の鱗
「............おいしそう」
その一言と共に、それまで出鱈目にばらまかれていたエミーという少女の殺気が、一斉にオーカに対して叩きつけられた!
(うっ!)
その悍ましさに思わずオーカは呻き、数歩後ずさる!
心臓が強く音を立て、冷や汗が止まらない!
その殺気に練り込まれたエミーの感情を、オーカは確かに、はっきりと感じ取っていた。
それは、喜び。
オーカという巨大な肉を前にした、捕食者の喜びだ!
こんな感情を向けられたのは、体が小さかった幼竜の時以来。
実に、数百年ぶり。
故に、オーカは、そのような殺気を叩きつけられた時、己がどうやって命をつないできたか......すっかり忘れてしまっていた。
(生意気......生意気じゃない!?おチビな人間さんのくせに、このオーカちゃんとやろうっていうわけ!?)
オーカは、怒った!
そして恐怖を怒りで抑え込み、幼竜であったころのように逃げまどうのではなく、戦うことを選んでしまった。
これまで長く生きてきた年月、守護竜として村人たちに奉られてきた経験が育ててきた彼女の自尊心が、大きく傷つけられたからだ!
竜とは大きくて、強くて、賢くて、尊い存在であるはずだ。
その竜を前にして、向ける言葉が『おいしそう』とは!
自分のことを、なめているにも程がある!!
許すわけにはいかない!!!
(【スケイルバレッツ】!!)
オーカは無数の鱗を逆立たせ、それを......魔法で生み出した風によって、エミーに向かって射出し始めた。
人の爪程の大きさの鱗であるが、竜の鱗は当然、魚のそれとはできが違う。
その頑丈さたるや、重ね合わせて鎧が作れるほどであり、猛烈な速度で射出されたそれらは木々を斬り刻み岩をも穿つ威力を秘めている。
ガガガガガガガッ!!!
放たれた鱗が周囲の岩を削り、大きな音を立てる!
しかしその銃撃は、エミーには当たらない。
超人的な反射神経により横跳びして銃撃をかわしたエミーは、そのままくるりと地面を転がってから立ち上がり、風のように駆け始めた。
彼女の走り抜けた軌跡をなぞるように、激しい音を立てながら鱗が地面の岩に突き刺さっていく!
(むー!ちょこまかと面倒臭いなー!)
最初の【スケイルバレッツ】でエミーを蜂の巣にしてしまう心づもりであったオーカは、苛立ちを隠しきれない!
だがしかし、彼女とて長く生きた竜。
苛立ちつつも、冷静な思考は捨てていない。
今の彼女は、当たらない銃撃をむやみやたらに放っているわけではなく、次の攻撃への布石を打っているのだ。
【スケイルバレッツ】によりエミーを追い立て、自分の攻撃範囲へと誘導し、そして......!
(それっ今だ!【ドラゴンテイル】!!)
オーカはエミーに向けて、己の長い長い尾を、目にもとまらぬ速度で横なぎに振りぬいた!
先程ゴンペーターに放ったそれより、何倍も速い一撃だ!
エミーにとっては完全に意識していなかった予想外の攻撃であり、彼女はその一撃を避けきれず脇腹に受け、吹き飛ばされる!
「......フシュッ!」
きれいに決まったオーカの【ドラゴンテイル】だが、彼女は不満げに薄桃色の霧を吐き出す。
どうにも、手ごたえがない。
そもそも、常人であればあの一撃で体が二つにちぎれ、絶命していてもおかしくはないのだ。
それがどういうわけか、あの少女は“吹き飛ばされた”。
そして今は吹き飛ばされた先に伸びていた、トゲのような大岩の壁面に音もなく着地している。
オーカにはその技術に対する知識がなかったためわからなかったが、ここでエミーが行ったのは魔力変換であった。
【ドラゴンテイル】により与えられた衝撃を、咄嗟に魔力変換を行うことで散らしたのだ!
そしてそのまま、尾の振りぬかれる勢いを利用してオーカと距離をとり、相手のテンポに乗せられて進む戦闘を仕切りなおそうとしたのだ。
しかし、いかにエミーが魔力変換という技術を習熟しているとは言え、あくまで今回の対処は咄嗟に行った応急処置。
全てのダメージを殺しきれたわけでは無く、その痛みから思わずエミーは一瞬怯み、隙が生じる。
......その隙を、見逃さないオーカではない!
(【スケイルバレッツ】!!)
オーカは大岩にはりついたエミーに対し、再び鱗による銃撃を開始した!
今度は横跳びで避けられないよう、先ほどよりも広範囲に向けて鱗をばらまいている。
(あはは!これでもう、おしまいだよー!)
オーカは勝利を確信し、笑みを浮かべる。
......しかし!
「......それはもう、慣れた!!」
エミーはそう叫ぶと、己に向かって撃ち出される鱗の一つ一つを......もの凄い勢いで両手を動かし、器用に掴み取り始めたではないか!
(ええーーーーーーーーーーっ!!?)
思わず目を丸くし、驚愕するオーカ。
しかもエミーは掴み取り両手の平に溜まっていく鱗を、時折口に運びぼりぼりと貪っている!
また生えてくるとは言え、オーカの鱗の数にも限りがある。
効果がないのであれば、撃つだけ無駄だ。
オーカは【スケイルバレッツ】による銃撃を一旦取りやめ、エミーの出方をうかがう。
エミーははりついていた岩の壁面から飛び降り拳を構えつつも、オーカの鱗を口いっぱいに詰め込み、ハムスターのように頬を膨らませながら、それを食べている。
岩場に、ぼりぼりという咀嚼音が響く。
そして数秒間の沈黙の後、ごくりと鱗を飲み込んだエミーは、言った。
「コーンフレークみたい。そこそこおいしい」
味の感想を!!!
(なにコイツ!?なんなのよコイツ!!?)
ここに来てオーカは、この得体の知れない少女に対して再びを恐怖を感じ始めていた。
主人の従魔として各地を旅した幼竜時代、主人の死後、修行に明け暮れた若竜時代、そしてヤマオック村を守り続けた守護竜時代......。
これまでオーカは、様々な人間に出会ってきた。
しかし、オーカが出会ってきた人間は、オーカが知っている人間は、単身生身で竜を食べようと、挑んできたりはしない。
【ドラゴンテイル】をくらってピンピンしているのもおかしいし、【スケイルバレッツ】をスナック感覚でおいしそうに食べているのも、かなりおかしい。
あれは、本当に人間なのだろうか?
違う、だろう。
あれは......人の皮をかぶった、バケモノだ!!
(【ドラゴンミスト】!!!)
そう思い至った次の瞬間、オーカは本能が鳴らす警鐘に従い、薄桃色の霧を全力で口から吐き出した!
本作では、龍も竜も爬虫類ではないので汗をかきます。
次回は、明日か次の土曜日に投稿します。




