17 ゴミクズ村の滅亡とエミーちゃんの旅立ち
フェノベン村。
私が生まれた村。
血縁上の、父が住んでいた村。
血縁上の、母が捨てた村。
私を捨てた村。
私が捨てた村。
ゴミクズのような村。
今やそこに、生きている人の影はない。
木で組まれた粗末な家屋は打ち壊され、原形を留めていない。
畑はすっかり踏み荒らされて、見る影もない。
街路樹よろしく植えられていた樹木も、根元から折られている。
いなくなった住人の代わりに村の跡でたむろしているのは、多分大人よりも大きな狼。
それが20匹以上。
村の広場には、家よりも大きな翼の生えたトカゲ......あれがドラゴンっていうのかな?そいつが我が物顔で眠っている。
空を見上げれば、異常に大きな鳥のシルエットがいくつも舞っている。
村は......魔物達に占拠されていた。
村人たちはどうなった?
そんな疑問を呈する必要すらなかった。
狼がくわえて振り回し、ひきちぎって遊んでいるアレは。
そんなに見たくもないけど、強化された視力はきちんとそこで起きていることを私に伝えてくれる。
あぁ、あれはランドおじさん。
<エミー!!!>
その奥で転がっているアレも。
その隣で狼に貪られているアレも。
あっちのも、そっちのも。
<エミー!聞いてください!!!>
みんなみんな、知っている顔だった。
<エミィィーーーーーーーーーッ!!!>
......オマケ様?
<エミー、今はとにかく、ここから離れましょう。風下に逃げるのが良いでしょう。【気配遮断】を常時発動しながら、ちょうどあなたの真後ろの方向に逃げてください。物音をたてず、慎重に>
......わかった。
私はふらふらと歩き始めた。
◇ ◇ ◇
<エミー、そろそろ休憩しましょう>
......オマケ様にそう声をかけられはっと気づいた時には、空に満点の星々が輝いていた。
ずっとぼんやり歩き続けていたみたい。
ここはどこだろう?
今私は見たこともない草原にいる。
夢中で逃げていたから、すっかり迷子だ。
......だけど、まぁ良いか。
村も森も、どうせ帰るところはなくなったんだ。
のどが乾いたら魔法で水を出して、おなかがすいたら虫を食べれば良い。
危ない生き物から身さえ隠せれば、私はどこでも生きていけるはず。
近くに大きな木を見つけたので、寝床にするためにとりあえず登る。
カリヴァの大木を拠点にする前はこうやって木の枝の上で寝ていたから、慣れたものだ。
少し登って、大人が何人も寝ころべそうな枝に身をもたれかけ一息ついたところで、急激な疲労感が襲ってきた。
もう手足に力が入らない。
ぷるぷる震えてる。
魔力も枯渇寸前なのが自覚できた。
<......お疲れ様でした。エミー>
うん、疲れたよオマケ様。
もう疲れて疲れて、体なんてちっとも動かないのに、妙に頭がさえて眠れない。
あれやこれや、色々と考える。
......あの魔物達は、なんだったんだろう。
<......おそらく、ですが>
オマケ様が語り始める。
<イベントが、起きたのでしょう>
イベント......?
<つまり、聖神ライントーリエが描く物語が、先に進んだのです。村はあの惨状でしたが......おそらく勇者であるトーチ少年は無事でしょう。勇者の村は、強力な魔物達に襲われ、滅亡する。勇者は魔物達に復讐を誓い、力をつけ、悪の首魁たる魔王を討伐するために、旅立つのです>
え?え?じゃあ、あの村を滅ぼしたのは、聖神だってこと?
<滅ぼしたのは、魔物達です。もっと言えば、魔王軍でしょう。あの魔物達は、怪しい言動をしていたキャロとかいう少女が呼び寄せたのでしょうね。聖神は、シナリオを書いただけです>
いや、シナリオを書いただけって言ってもさ?人がたくさん死んでいるんだよ?
“聖なる神”ともあろう神が、そんなことをさせるの?
<いくら人が死んだとしても、その魂は輪廻に戻るだけです。魂の総量は変わりませんので>
あぁ......。
そんなこと、前にオマケ様も言ってたね。
この世界の神様的には、人の生き死ににはそんなに頓着しないものなの?
......しないか。
そもそも命を大切に!って倫理観をお持ちの神様が、地球から刈りとられた魂をオークションで競り落としたりしないよね。
「............はぁ」
自然とため息が漏れていた。
夏とはいえ夜風は冷たく、私のほほをひとなでしてから枝葉をカサコソと鳴らす。
村が滅んだ。
......特に悲しくは、ない。
私をいじめて村から追いだした人たちだもの、どうなろうと知ったことか。
じゃあ、そいつらが死んですっきりしたか?嬉しいか?と聞かれたら......そうでもない。
人が死んで喜べるほど、私の精神も腐っていないらしい。
だけど、ただただ衝撃を受けた。
あの村にはあの村なりの日常があった。
毎日毎日積み重ねられていた、村人たちの営みがあった。
それが、あっという間に壊されてしまった。
魔物達に蹂躙され、今は瓦礫と死体しか残されていない。
今まで存在していたものが理不尽に奪われ、あっという間になくなってしまった。
それがたまらなくショックだった。
「......私、は」
自然と独り言ちる。
「私、は。あぁは、なりたくない」
<エミー?>
「壊されたくない。奪われたくない。......殺されたく、ない」
怖い。怖い。怖い。
私の住処を奪った盗賊たちなんて、どうでもよくなるような理不尽が、あの場にはあった。
もしもあの理不尽の矛先が、私に向いていたら?
......想像もしたくない。
盗賊たち相手だと大丈夫だったのに、今になって体が震える......。
<......エミー>
......オマケ様?
ふと、夜風がやんだ。
何かに抱きしめられているような、そんな暖かさを感じた。
<大丈夫ですよ、エミー。恐れることはありません>
......でも、そんなこと言ったって......。
盗賊たちと対峙してみて、村を占拠した魔物達を見て、私わかったよ。
私は、弱い。
そりゃあ、森で一人暮らしのできる5歳児ってのは前世では考えられないくらい丈夫ではある。
だけど、私、調子に乗ってた......。
ナソの森って、この世界だとほんと、ぬるま湯みたいな環境だったんだね......。
逃げ場がない状態に追い込まれたら、多分私はあの盗賊たちにすら勝てない。
そんな私が、この先一人で生きていかなきゃいけない?
あんな恐ろしい魔物達がはびこる、この世界で?
そんなこと、そんなことできるわけないよ......!
まだ、体は震えている。
目線の先には、どこまでも広がる恐ろしいほど美しい星空。
もともと小さな私の体が、さらに小さくなってしまったようにも感じる。
でも。
<......エミー、前も言ったでしょう?あなたは一人ではありません。私がついているのですから!>
震える私に、オマケ様はころころと笑いながら、そう言った。
<私は弱い?あったりまえでしょう!たかが5歳児が何を言ってるんですか~!>
明るく、多分努めて能天気に、私に語りかけ続ける。
<......弱いなら、強くなれば良いのですよ>
オマケ様......。
<私にまかせてください。なんてったって、私は無類の異世界転生配信マニアです!私が配信から得た知識をもってすれば!あなたを世界最強に押し上げる、それすらも不可能ではないといっても過言ではありません!>
......いやいやいや、何言ってんの?
めっちゃ過言!めっちゃ過言だから!
<ふふふ、信じてくださいエミー。異世界転生配信......そこにこそ、あなたが強くなるための全ての情報があるのですから!>
全てではないでしょ!?
<こうなったら、善は急げですよ!早速修行です!まずは腕立て1万回です!筋肉神の異世界転生配信では、主人公の修行はまずここから始まっていました!さぁエミー!うつぶせになって体をまっすぐ直線に伸ばすイメージを持ちつつ......>
落ち着いてオマケ様ァァーーーーッ!
踊らされてる!情報に踊らされているよッ!!
いきなり腕立て1万回とか加護も持っていない人間ができるわけないでしょうがッ!!
ってか筋肉神とか、また個性が濃ゆそうな神様もいたもんだな!?
<筋肉を鍛えに鍛え、神に至った男です>
いいよ!聞いてないよ!筋肉神のバックグラウンドは聞いてない!!
<スキンヘッドでほりが深い、ムキムキの男神です>
身体的特徴も聞いてないよォーーーーーーーーーーッ!!
オマケ様とおしゃべりをしながら、夜はふけていく。
不思議な暖かさに包まれて、いつの間にか体の震えは止まっていた。
これが浮浪児エミー5歳、故郷から旅立った日の出来事。




