135 茸狩りをしよう
............朝だ。
カークリーの木の葉から零れ落ちた朝露が私の頬を叩き、目が覚める。
「............ん、ん」
むくりと起き上がり、思い切り伸びをする。
思わずあくびがこぼれる。
昨晩の私のベッドは、大きな大きなカークリーの木の枝の上。
寝ながらでも【紙魚】は使えるので、決して地面に落ちることはない。
......おはようございます。
<......ふわぁ、おはようございますエミー>
オマケ様も意識を覚醒させた。
目をこすりながら眼下を見下ろす。
ランラーナンガ山脈のふもと、城塞都市リヒエドの向こうにあるどこまでも続く緑の畑が、朝日を浴びて輝いている。
雲一つない澄んだ空が、徐々に明るくなっていく。
名残惜しそうにうっすらと残っている白い月も、もうすぐ沈んでいくのかな。
秋を感じさせるひんやりとした空気が心地よい。
布団をかけずに寝ていても、最近では寒さに目覚めるとかいうことも少なくなった。
きっと、体が丈夫になっているんだろう。
昨晩は夜中に少し雨が降っていたようだけど、あまり気にもならずそのまま寝ていた。
ぐぎゅううううううるるるる......。
......お腹空いた。
<朝ご飯の時間ですね>
立ちあがり、目をこすりながら【紙魚】を使って、カークリーの木の幹をまっすぐに歩いて地上まで下りる。
今の私にとっては壁だの幹だのは床と同じだ。
重力なんか無視して、どこへでも歩いていける。
地上に降り立った次は、くり拾いの時間だ。
雨で少し湿気た匂いのする落ち葉を蹴りながら歩く。
昨晩あらかた食べつくしたはずのカークリーの実は、夜中のうちにまた新たに落ちたらしく、たくさん転がっている。
地球のくりとは違って一つ一つが大きいから、探す手間がかからないってのは良いね。
未来へ命をつなぐため、イガが私を必死になって阻むけど、ふはは、この程度のトゲでは私の体を傷つけることはできない!
【身体強化】を使うまでもない。
適当にイガをむしって、中身をとりだす。
朝日を浴びて輝く、美しい茶色の実とご対面だ。
あぁ、良い匂い。
もう我慢できない!
皮ごとばりばりと食べる!
<ちなみにこの皮、普通は金づちで叩いて割るそうですよ。中身はふかして、饅頭の餡にするとか。美食神の異世界転生配信で視ました>
へー、いつか食べてみたいなぁ。
今は無理だけど。
食欲の矛先が見境なさすぎるからね。
お、ネズミが血を流して死んでいる。
<落ちてきたカークリーの実にあたったんでしょう>
【魔力視】で確認したところ、お肉に本来宿っているはずの魔力が、大分抜けている。
死後それなりに時間が経っている証拠だ。
私としては、死にたて狩りたての、魔力が漲っているお肉の方が好みなんだけど、まぁ良い。
食えるものはなんでも食う。
むしゃむしゃ。
◇ ◇ ◇
しばらくそうやって朝ご飯を続けているうちに、辺りはすっかりきれいになった。
カークリーの実も、ネズミの死骸も残っていない。
私ったら、すっかり森のお掃除屋さんね!
次はおやつを食べるため狩りでもしようかと思ったその時、私は昨日は一度も見ることのなかったあるものを、発見した。
それは、カークリーの木の根元から、にょきっと顔を出す茶色の物体だ。
何だろう?
大きさは、少し小さいピンポン玉くらいってところかな。
色合いは、さっき言った通り茶色。
ただし、よく見るとその濃淡によって横方向に縞模様ができている。
さわってみると、表面は割とかさかさ。
むしりとってみると、茶色に隠された内側には白い柄がついていて......。
あ、茸だこれ。
<あぁーーーーーーーーーーーッ!!?>
うわっ!?
ここでオマケ様、謎の大絶叫!
なになに?
どうしたんですかね!?
<この見た目、間違いない!エミー!この茸、パラサイトマッシュルームですよ!>
パ、パラサイト!?
なんか、嫌な予感のする名前なんですけど!?
なにそれ!?
<胞子をとばし、それを吸い込んだ人間に寄生して不可逆的に茸の魔物に変えてしまう......不思議な生態を持つ茸です!>
こえーーーーーーーーーーッ!?
『不思議』で済まして良いレベルの情報じゃねぇーーーーーーーーッ!!
<大丈夫です。エミーくらい魔力変質を経ていれば、なんなく抵抗できます。あなたにとっては害をなす存在ではありません>
いや、私にとってはそうだとしても......。
昨日このあたりをうろついていた、冒険者だかくり拾い業者だかわかんないけど、あの人たちにとってはそうじゃないんじゃ?
割と弱そうだったよ?
<まぁ、そうかもしれませんね。でも、そんなことはどうでも良いです>
どうでも良くないよ!?
<このパラサイトマッシュルーム、実は......もの凄く、美味なのです>
........................え、マジ?
<マジです。美食神の異世界転生配信でも見ましたし、茸神の異世界転生配信でも視ましたので、間違いありません>
........................ごくり。
ちなみにこれ、本当にそのパラサイトマッシュルーム?
見間違いとか、そういうんじゃない?
<はい。間違いありません。従来知られている分布域とは全く異なるこの場所で生えているのには、少し違和感を抱きますが>
はい!それ危ないやつーーーーーッ!
毒キノコ誤食して死ぬやつーーーッ!
<大丈夫です。今更あなたが毒キノコを誤食したくらいで、死ぬわけがありません>
大丈夫って、そっちの意味で大丈夫ってことなの!?
<だって、あなたこの前草原でお腹空いて、なんか芋みたいの掘りだして食べてましたよね?>
うん。甘くておいしかった。
<今になって思うと、あれ、猛毒です>
ブフッ!?
<ね、ね!大丈夫ですって!もう今のあなたに毒はききません!食べてみましょうよ、パラサイトマッシュルーム!>
う、うーん......でもなぁ......。
<まだ不安ですか?ならエミー、その茸を縦に裂いてみてください>
えぇ?なんで?まっすぐ裂けたら本物とか、そういう見分け方?
まぁ、やってみるけどさ......ほいっと。
『ギャアアアアアア......』
<ね?茸から悲鳴のような声が聞こえたでしょう?これこそが、パラサイトマッシュルームの特徴なんですよ!>
こわっ!
こっわ!!
余計に食べる気なくすわ!!
<野山に生きるいたいけな魔物達があげる悲鳴は無視して皆殺し食べつくしてきたあなたが、今更茸があげた悲鳴くらいでびびらないでください!>
こわっ!
改めて自分を見返すと、私こっわ!
残虐非道のプレデターかよ!
自分が生きるためにやってることだから、やめる気はないけど!
私は死にたくないからね!
何を蹴落としてでも生き残ってみせるからね!
ぐぎゅぎゅぎゅぎゅるるるるるる......。
あぁーーーッ!
もう!
この茸、良い香りだなぁ!
体が!求めている!
茸を食せと、本能が命じるぅーーーッ!
ええい!
ぱくっ!!
もぐもぐ......。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ......!
もぐもぐもぐもぐ、もぐもぐもぐもぐもぐもぐッ!!
うめぇーーーーーーーーーーーーーッ!!!
生で食ってんのに、何このうまさーーーーーーーーーーッ!!?
<あぁ、この濃縮された茸のうまみ!ほのかな甘さと謎の塩気!ぷりぷりとした食感!......ね、エミー!食べて良かったでしょう?>
うん、本当に......おいしい。
ありがとう、オマケ様......こんなにおいしいものを教えてくれて!
......もっと食べたいな。
辺りを見回す。
すると、そこら中のカークリーの木の根元に、パラサイトマッシュルームが生えているのを確認できた。
根こそぎ採取して、口に運ぶ!
おいしい......おいしい!!!
<素晴らしい......美味でした。惜しむらくは、全て食べつくしてしまったので、もうこのおいしさは味わえないということでしょうか......>
食後の余韻に浸り、寂し気にそうつぶやくオマケ様。
しかし、ですよ。
ちょっとまってくださいオマケ様!
<え?>
私は茸の良い香りが染みついた両手をくんくんと嗅ぐ。
その次に、周囲に漂う朝の空気を、思いっきり吸い込む!
............ふむ。
............捉えたッ!!!
<はい!?>
オマケ様!
私の嗅覚はこれまで野山で鍛えに鍛え続けた結果......自分で言うのもなんだけど、超人的なまでに鍛え上げられているのです!
つまり!
この山に潜む、他のパラサイトマッシュルーム!
その所在をッ!!
漂う芳醇な香りをもとに探り当てるッ!!!
その程度、造作もないことなのだッ!!!!
<えぇっ!?す、凄いです!まるでトリュフ豚!!>
誰が豚じゃい!!!
ってか、トリュフ豚って私も前世で聞いたことがある単語だけど、なんでオマケ様が知っているの?
<............。私は、アーディスト以外の神々の配信もよく視てましたから。色んな世界の知識は聞きかじっているんですよ>
ふーん......?
<そんなことよりエミー!匂いで茸を探せるなら、急いだほうが良いですよ!パラサイトマッシュルームがおいしいのは、昼間になって笠が広がり、胞子を飛ばし始める前までだと言われています!時間が経てば経つほど、その味は劣化していくのです!>
な、なんだって!?
それは良くない!
こうしてはいられないぞ......!
急いで他の群生ポイントを見つけて、食べつくさなくては!!
私は全力で【身体強化】を発動し、その場から駆け出した!
その衝撃で地面が抉れ、カークリーの木がミシミシと音をたてて倒れていくが、ごめんね、気にしている余裕がないの!
<タイムリミットは、あと4時間ほどであると思われます!急いでください、エミー!!>
はたから見ると、人々を守るため危険な茸を駆除しているように、見えなくもない......かも。
走れエミー!リヒエドの冒険者たちを救え(無自覚に)!
そして、これだけは声を大にして言いたいのですが、皆さんは決して、よくわからない茸を口にしてはいけません!
絶対にダメです!危険です!
ってか、茸だけじゃないですよ。
エミーはなんでもかんでも生で食ったりしますけど、それはファンタジー小説の中に生きるファンタジー生物だから可能なことなのであって、我々現実世界の人間にできる芸当ではないのです。
絶対に、エミーの真似はしてはいけません。
真似したいと思う人もいないでしょうけど、こういう文章を生み出してしまった者の責務として、何度でも何度でもこの手の注意書きは書かせていただきます。
絶対に、エミーの真似はしないでください。




