120 巨木の伐採と、やってきたよそもの
それからまた、しばらくの時間が流れた。
麦畑はすっかり大きく育ち、その背丈は既に私の胸の高さほど。
プロウくんが言うには、もうすぐ収穫時期がやってくるんだってさ。
とても楽しみ。
「ミョーン、ミョゴシュゴミョンシュゴォー!ミョーン、ミョゴシュゴミョンシュゴォー!」
この地方特有の鳴き方をするミョゴミョゴシュゴが、初夏の訪れを告げている。
気温はすっかり暖かいを通り過ぎて、既に暑い。
そんな夏の空の下、私は今村の縁、森の際に立っている。
「おーっし、じゃあこっちは準備できたぞ!嬢ちゃん、やっとくれぃ!」
ロンテさんの号令。
じゃあ、いっちょやったりますか。
私が相対するは、畑の開拓の邪魔になる巨木。
前世であればきっとご神木として祀られるレベルの大きさだけど、この世界にはこの程度の巨木は履いて捨てるほど生えているので、それほど希少価値のある存在でもない。
私の仕事は、この巨木をはじめ、ここら一帯の木々を切り倒すことだ。
畑を広げ、麦をもっとたくさん育てるために欠かせない仕事だ。
村の役に立つために、私も張り切って頑張る。
右手を指先までピンと伸ばし、構える。
魔力を纏い、【蟷螂】の準備は完了。
しかし、相手は巨木。
その幹の太さは、大人が4、5人で手をつないでも囲み切れないほどだ。
私の腕全体を刃としても、切り倒すには長さが足りない。
いや、ある程度切込みを入れてから私が思い切り蹴飛ばせば、それで倒せるとは思うんだけど。
せっかくなので、私は新技を実戦投入してみようと思う。
「............」
深く息を吸って、集中。
これからやるのは、【蟷螂】と【魔力斬糸】の応用だ。
ピンと伸ばした指先から、“斬るための”魔力を伸ばす。
【魔力斬糸】のように、細く絞る必要はない。
イメージとしては、刃と化した腕の、刀身部分を伸ばすって感じかな?
魔力の刃を伸ばすのだ。
「............」
できた。
けっこう時間はかかったけど、できた。
まだまだ戦闘に応用できるレベルではないけど、今回の仕事に使う分には十分だ。
私と同じく【魔力視】をできる人がいれば、地面と水平に掲げている私の右腕からは、平べったく、長い長い刃が生えているのが視えるはずだ。
私はこの技を、安直だけど【大蟷螂】と名付けている。
「............く」
お喋り黒トカゲの血が私にもたらした力は相当なものであったらしく、私は既に魔境に入る前の水準の魔力量は取り戻している。
未だに空腹感は続いているから、まだまだ増え続けるんだろうけども。
しかしながら、そんな私の魔力量をもってしても、この【大蟷螂】の維持はかなり大変だ。
結構、魔力の消費が激しい。
とっとと、仕事を済ませてしまおう。
「............はっ!!」
気合を入れて、魔力の刃と化した右腕を巨木に向けて振るう。
ひゅんっという、風切り音。
私の刃は、なんの抵抗もなく巨木を通り過ぎた。
数秒のちに巨木から響く、ず、ず、ず、みし、みしという音。
「倒れるぞーーーーっ!!」
ロンテさんが周囲の村人に注意を促したその次の瞬間には、巨木はその切断面を露わにし、地面に向かって倒れ始めた。
これで、今日一番の大仕事は終了だ。
ひとつ問題があるとすれば、この巨木、思いっきり私に向かって倒れてきているってことかな!
ちゃんと倒れる方向を考えて斬らなきゃだめってことだね。
反省反省。
「お、おい!」
「危ないぞ!逃げろー!」
村人たちが慌てふためいているけど、大丈夫。
静かに上へ向けて伸ばした私の左上が、倒れ来る巨木を受け止める。
うん、大丈夫。
軽い。
そのまま人のいない方に向けてぽーんと投げ捨てて、一件落着だ。
さして【身体強化】を使わずともこの程度のことはできてしまうのだから、魔力変質による肉体の変化というのは凄まじいものがあるね!
......魔物とか食べてれば魔力変質するんだから、みんなもすれば良いのに。
なんでしないんだろ?
まぁいいや。
「いやー、ヒヤッとしたぞ!」
「嬢ちゃん、すげぇなぁ!」
村人たちが歓声をあげる。
大声を上げ、手を叩いて興奮している。
「まったく、肝が冷えたぞ。大丈夫とは思っていたが......嬢ちゃん、もっとこういう仕事は慎重にせにゃならんぞ」
額の汗をぬぐいながら、ロンテさんが近づいてくる。
「もっと体に気をつかえ。お前さんはこの村の、大切な仲間なんだから」
わしゃわしゃと、頭をなでてくれる。
汗臭い。
「よっしゃ!みんな、今度はオレたちが頑張る番だぞぉ!嬢ちゃんにばっか頼っていたら、男が廃るぜ!作業開始だ!」
「「「おおおーーーっ!!!」」」
ロンテさんの号令で村の男衆は木を伐り始める。
鬱蒼と木が生い茂る森だった場所が、あっという間に開けた空き地になっていく。
また少し村が広がり、麦を育てられる場所が増えていく。
次に私がやることは、切り倒された木の幹を邪魔にならない場所に運ぶ仕事だ。
私が切り倒した巨木はさすがに大きすぎて引きずるしかないけど、村人たちが伐採した木々は普通のサイズだ。
大人が幹を両手でぎりぎり抱えられるくらいの太さ。
そこまで重たいものでもないので、両肩に1本ずつ担いでは、丸太置き場に投げていく。
せっせと働きながら、私はさっきのロンテさんの言葉を噛みしめていた。
『お前さんはこの村の、大切な仲間なんだから』。
彼はそう言っていた。
この私を、呪い子だからという、ただそれだけの理由で蔑まれ続けていた私を、この村は分け隔てることなく受け入れてくれる。
私のことを、認めてくれる。
......幸せだ。
もし、私の表情筋が死んでいなかったら、今の私の顔は、きっとだらしないにやけ顔。
こんなに、嬉しいことはないよね。
もっと村のみんなの役に立ちたい。
自然と、そう思った。
そしてこんな平穏な日々が、これからも続いていけば良いなって思う。
「みなさーん、お疲れさまでーす!パンのお届けでーす!」
「おーっし!じゃあみんな、きりが良いところで作業を止めて、昼休憩だ!」
「「「おおおーーーっ!!!」」」
フェティーちゃんが大きな籠にパンをいっぱいつめて持ってきた。
それを手に取り、みんなで残った木陰に座り、心地よい初夏の風を浴びながらの昼食。
笑い声が絶えない、幸せな時間が流れていく。
「ミョーン、ミョゴシュゴミョンシュゴォー!ミョーン、ミョゴッ......!!?」
ミョゴミョゴシュゴがうるさかったので、とりあえずささっと木に登って捕まえて食べた。
あと、パンだけ食べていても野菜が足りなくて良くないと思ったので、その辺の木の葉もむしって食べた。
◇ ◇ ◇
さて、こうしていつものように平穏無事な一日が過ぎていったグロウノードッカ村だけど、その日の夕方、小さな事件が一つ起こった。
時刻はもう6時過ぎ。
麦畑の向こうに沈んでいく真っ赤な夕日が、作業を終え帰路につく私たちを横から照らし、長い影を作る。
村人たちはみんな、心地よい疲労感と一仕事終えた充実感に包まれ、満足顔だ。
私もオッタさんのうちへと帰る。
オッタさんもプロウくんも、今頃は畑仕事を終えて私を待っているはずだ。
私は二人との楽しい夕食の時間を夢想しながら歩いていた。
自然と、田舎道を進む足が弾む。
そんな時だった。
「......ロンテさんッ!!」
脇道の方から、大きな男の人の声が響いた。
皆、立ち止まって思わずそちらを見遣る。
そこに立っていたのは、見知らぬ長身の男性だ。
髪型はぼさぼさの赤茶けた長髪で、少しぼろめの使い古した皮鎧を着こんでいる。
「お前......シージンじゃねぇか!久しぶりだな、おい!」
そう言いながら、笑顔で長身の男性......シージンに近寄っていくのは、名前を呼ばれたロンテさんだ。
そういえば、ロンテさんは奥さんのイタックさんと一緒に、この村に来る前は冒険者をしていたと聞いたことがある。
きっとシージンはロンテさんの、冒険者時代の知り合いなのだろう。
恰好も、ヨシャンカにたむろしていた冒険者連中とよく似たものだし。
しかしこのシージン、どうも様子がおかしい。
ロンテさんは笑顔なのに、なんだか怒っているみたいだ。
「久しぶり、じゃねぇよッ!あんた......あんた、何をしてんだよ!?」
「何をって......?麦を育てているが......?」
「なんでだよ!あんた、冒険者だろう!?」
「引退したのさ!この村では人手を欲していたし、オレも年齢的に、ここらが潮時かと思ってなぁ」
「そ、そんな......何言ってんだよ!?おかしいだろ、こんなの!!あんたも......あんたもなのか!?」
穏やかに対応するロンテさんに対し、シージンはなんだか妙に焦っている。
それに、喋っている内容もちょっと変だ。
『あんたも』って何?どういうこと?
ってか、あ。
ちょっとまずい。
「仕方ねぇ......!とりあえず、無理やりにでも連れ出すか......!一旦眠ってもらうぜ!勘弁してくれよ、ロンテさんッ!」
突然のことだった。
そんなことを言いながらシージンは、いきなり無防備なロンテさんに襲いかかったのだ!
驚き目をむくロンテさんの腹を狙い、シージンのボディブローが迫る!
......が!!
パシィン!!
夕焼けに染まる麦畑に、小気味よい音が響く。
それは、シージンのパンチが止められた音だ。
誰に?
私に。
うん、あからさまに【身体強化】を使い始めたのが、今や常時無意識で発動している【魔力視】のおかげで見て取れたからね。
余計なお世話かもしれないけど、割り込ませてもらいました。
シージンが放ったのがボディブローで良かった。
ぎりぎり身長が足りた。
「あぁ!?てめぇ......黒髪、黒目?呪い子!?は、離せよ!その気持ち悪い手を離せッ!!邪魔すんじゃねぇよ!ぶっ殺すぞてめぇッ!!」
......ロンテさんとは違い、私にはかなり横暴な態度をとるシージン。
なんだこいつ。
思わず殺気を向けると、腰を抜かしてへたりこんだ。
「ひ......ひぃっ!?」
「今だ!取り押さえろ!」
「誰だか知らねぇが、村のもんに手ぇだして、ただで済むと思うなよ!」
その隙に周囲にいた村人たちがあっという間にシージンに群がり、拘束する。
「は、離せ!離せぇッ!!」
シージンはもがいているけど、もうこれはどうしようもありませんな。多勢に無勢。
「......すまねぇな、嬢ちゃん。昔の仲間が迷惑かけた」
ロンテさんがそう言って、私に頭を下げる。
別にロンテさんが謝ることはないのに......。
「なんだかよくわからねぇが、シージンにも事情があるみてぇだ。その辺の話はオレたち大人が聞いておくからよ、嬢ちゃんはもう家に帰んな。オッタさんとプロウ坊が待ってるぜ?」
「............」
まぁ、せっかくそう言ってくれるんなら、お言葉に甘えますかね。
頷いて、オッタさんの家に向けて歩き出す。
シージンのせいで、余計な時間を食ってしまった。
もはや夕日はほとんど麦畑の向こうに沈み、紫色の空には満天の星々が輝き始めている。
あんまり二人を待たせちゃいけない。
そう思うと、いつの間にか私は小走りで田舎道を駆けていた。
それにしても。
それにしても、だ。
なんだかずいぶん久しぶりに、いらいらした気がするよ。
明日は。
明日は、そうだな、いつもより早めに起きて、たくさん狩りをすることにしよう。
うん、それが良い。ストレス発散だ。
暴れてストレス発散、お肉をいっぱい食べてストレス発散!
ね?それが良いよね?
......うん、そうだそうだ!
............。
............んー......?
オッタさんの家が見えてきた。
窓から、暖かな蝋燭の明かりが漏れ出している。
加護つきパンが火であぶられた、香ばしいにおいが漂ってくる。
お腹がぐうぐうと鳴る。
しかし。
私の、田舎道を進む足が止まる。
口元に手を当て、考える。
なんだろう?
なんだか最近、違和感を感じるんだよね。
なんかが......今の私には、何かが足りていない。
なんとなーく、ぼんやりと、そんなことを感じるんだよね。
そしてそれは、私にとっては、とてもとても大切な物だったはず、なんだけど......。
「あ、いたいた!エミー、遅いよぉ!早く来ないとパンが冷めちゃうよぉーー!」
その時、玄関扉から顔を出したプロウくんが、家の前で立ちすくむ私を見つけて、声をかけた。
おっと、いけないいけない。
考え事、しちゃってたよ。
家から出てきたプロウくんに手を引かれ、オッタさんの家に入る。
私を出迎える、蝋燭の暖かい光、夕食のおいしそうな香り。
そして。
「エミー、お帰りなさい!」
「えへへ、お疲れ様!エミー、お帰り!」
オッタさんとプロウくんがかけてくれる、優しい言葉。
「............ただいま」
幸せな気持ちに包まれながら、私は二人と一緒に夕食を食べた。




