11 ひどいとばっちり
「止まれ!呪い子!!」
いつものようにこっそりとフェノベン村に入ろうとした私を通せんぼする村の大人たち。
その手には棒やら鎌やらを持っていて、どうにも物騒だ。
「............?」
トーチくんとキャロちゃんの衝撃の秘密を知ってしまったあの日から3日たちました。
私はご飯を作るための鍋が欲しいと思い立ち、どうせ自炊をしないコーディの台所から、余っているものを拝借しようと村にやってきたところなわけです。
いや、というのもさ。
投石用の小石を拾っていた時さ、ふと大きめの石をひっくり返してみたんだよ。
そしたら、いたんだよ。
シラスが。
シラスがいたんだよ!石の裏に!けっこうびっしりと!ワラジムシみたいな生き物と一緒にさ!
なんかの虫かと思ったけど、どうみても魚類なんだよね。
オマケ様いわく、あまり知られていない生物であり多分正式名称はないってことなので、私はそいつらを『オカシラス』と名付けた。
どうやら、弱いながらも魔力を操ることができるらしく、水の魔法を使って湿度を保つことで、石の裏など湿ったところでなら生きていける......。
そんな感じの生物であるらしい。
多分雨の日とかには移動をするのでしょう。
でさ、シラスがいたんだもの。茹でて食べたいと思わない?
今までは基本なんでも丸焼きか生食しかしてこなかったからさ、新しい調理方法にチャレンジして人生の新たなステージに突入しちゃおうって思ったわけさ。
オマケ様いわく、勇者だのなんだの、彼らの『物語』に巻き込まれるのは危険だということなので少し怖いけど、ちょっと鍋をとりに行くくらいなら大丈夫っしょ!
そう思って実家に向かっていたわけなんだけども。
......村の様子がなんだかおかしい。
もの凄く、厳戒態勢を敷いている。
いつもは使われていない見張り台に人が配置されているし、常に武装した複数人の村人が村を巡回している。
あっけにとられて一瞬呆けてしまった私をその巡回中の村人が目ざとく見つけ、冒頭のシーンに戻るというわけですよ。
「村に災いを引き起こす黒髪黒目の呪い子!もはや貴様をこの村に置いておくわけにはいかん!」
私の前に集まってきた村人の中に、村長もいたみたい。
その村長が一歩前に出て、無知蒙昧感丸出しで厳かに私を叱責する。
「......」
いや、この村に置いておくってかさ、私、基本森で生活してますけども。
今更何言ってんだこのおっさん。
「今まではさしたる被害もなかった故、貴様のことは目こぼししてきたが、もはや我慢の限界である!」
え、えぇ?私なんかした?
なんもしてないよ?
......せいぜい実家から調味料分けてもらったりしたくらいだよ?
あ、あと調理器具も新たに欲しいんだけど。
「ナソの森で起きた大爆発!まさか貴様の呪いが......あんな災いを引き起こすほどのものだとはな!」
は?
「まさしく悪魔の所業!許すまじ!」
「次はどこを燃やす気だ!?」
「この村はオレたちが守る!」
はあああぁぁぁぁぁぁぁ!!?
口々に私を罵る村の大人たち。
え?何?つまり、アレなの?
先日の大爆発、原因は私ってことになってんの!?
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!
おかしいおかしい!できるわけないでしょそんなこと!
ってかアレやったの村長!あんたの息子!トーチくん!!
私みたいな5歳児に、あんなことできるわけないでしょぉぉが!!
......あ、トーチくんも5歳児か。
いやっそれはともかく!!
とりあえず落ち着こう。
うん、これは困ったことになった。
このままじゃ村に入れない。
お鍋が手に入らない。
<いや、お鍋よりももっと大事なことがあるのでは?>
いや、お鍋が大事だよ。オマケ様もシラス食べたいでしょ?
<シラス食べたいです>
ほら、ならやっぱりお鍋が大事だよ。
<いやいやいや......っていうかエミー、あっという間に落ち着きましたね?>
うん、前世でも慣れてるからね。こういうの。
<............?>
前世でもさ、なんか悪いことがあったら、不思議と全部私のせいになってたんだ。
給食を食べてお腹を壊した子がいれば、それは給食をよそった私の仕業。
階段から足を滑らした子がいれば、それは後ろで歩いていた私の仕業。
......行方不明になった子がいれば、それは前日に会話をしていた私の仕業。
さすがに証拠はないから、公的な罪に問われることはなかったけど。
<............>
だから、この程度慣れっこなのさ!いじめ、迫害、なんぼのもんじゃい!ってね!
えへへ、さすがに大爆発の犯人にされたのは今回が初めてだけどさ!
<......エミー......>
「おい、呪い子!なんとか言ったらどうなんだ!?大切な森を燃やして、謝罪の言葉一つもなしか!?」
黙っている私にしびれを切らし、村人、これはランドおじさんだね、ランドおじさんが私を罵る。
彼は私のことを芋泥棒だと思い込んでいるので、憎しみもひとしおだ。
「............私じゃ、ない」
「黙れ呪い子!貴様の戯言に我々が騙されるとでも思うのか!?」
はい、きました~~!弁明拒絶モード発動中~~!
経験上、こうなったらもう何を言ってもだめ。話をするだけ無駄~~。
ってか、あいつは何してんの?コーディ。
あいつ私の父親だし、村の用心棒でしょ?
あらゆる意味でこの場にいないとダメな人でしょ?
「おいっ!ゴクツブシ!お前も何をぼーっとしている!はやくこの呪い子を追っ払え!!」
村人たちもそれは感じていたらしく、後ろのほうにいたコーディが引っ張り出されてきた。
前も話したけど、ゴクツブシっていうのはコーディのことです。
彼は彼でダメ人間が過ぎて村では針の筵の生活を送っています。
今も顔がまっかっか......間違いなく酔っぱらってるね、これ。
よくコイツ用心棒クビになんねぇな?なんか村にコネでもあんのか?どうでも良いけど。
前に出てきたコーディは武器......安っぽい槍で武装していた。
それを構えたコーディは、なかなか様になっている。さすがは元冒険者。
でもそのカッコヨサ、私と対峙するときじゃなくて、私を守るときに見せつけてほしかったです。はい。
「あー......えっと......?」
顔を真っ赤にしたコーディが、少しふらつきながら私に槍を向ける。
「まぁ、そういうわけだから?ここから、立ち去ってくんねぇかな?」
その瞳には、実の娘に槍を向けなければならない悲哀が......一切浮かんでいない。
うん......まぁ、その辺の情緒がしっかりしている人なら、娘が森で自給自足生活している現状を放っておかないよね。
知ってた知ってた。
「オレだって......女の子にケガァさせたくないんだぜ?」
それはどうだかな!
私が家にいたとき(つまり幼すぎてまだうまく体を動かせなかったとき)、コイツは機嫌が悪いと私のことをすぐに殴ってきた。
オマケ様に【身体強化】を教わっていなかったら、私はコイツに殺されてたはずだ。家庭内暴力によって。
改めて、ろくな父親じゃねぇな!!
「さぁ、さっさと行っちまいな。そうじゃないと、痛い思いをするぜ......“嬢ちゃん”」
......は?え?“嬢ちゃん”?
え?なにこの人、私のことなんだと思ってんの?
あなたの娘だよ?
それなのに、“嬢ちゃん”?
あぁ、娘に槍を向けるのが辛すぎて、自分の認識を自分で欺いているとか?そういうヤツ?そういう系?そういう精神状態?
え?違う?
確かに最近会ってはいなかったけど?
この人、自分の娘の顔も、わかってないの?
......こいつ、殺そう。
<エミーっ!!!>
あわっ!やばやば!
思わずあふれ出ちゃう強烈な殺意~!
隠さなきゃ隠さなきゃ!
<いかに相手が冒険者崩れであなたが身体能力を高めているとはいえ、武器を持った大人に子どもが挑みかかるのは、さすがに危険です!殺るならば、深夜に闇討ちをかけるのが得策かと>
ちょ、オマケ様!殺意に関してはまさかの全面肯定!!?
<まぁ、私にとってはエミー以外の生物の生き死になど、些事ですから。死んでもどうせ、輪廻の流れに戻り生まれなおすだけです。世界における魂の総量は変わりませんので、何ら問題ないでしょう>
うわ、出ましたね神様的目線!
いや、でもさ、うん。
いくら酷いことされてむかついたとしてもさ、それを理由に相手を殺そうとするなんて、人としてはやっぱり避けるべき行為だと思うんだ。
うん、よし、冷静になった。
......帰るか、森に。
「早く出ていけ!」
「もう二度と戻ってくるな!」
村の大人たちが小石を投げてくる中、私は村に背を向けて歩き出した。
たまに小石が当たるけど、【身体強化】をかけた私の体には傷一つつかない。
その程度の投石、痛くもかゆくもないもんね。
そんなんじゃハダカマズイネズミ一匹殺せねぇぞ!
ゴミクズ男のせいで一旦怒りが振り切れたせいか、今となってはこのゴミクズ村に対して何ら思うところはなくなっていた。
今までは、心のどこかには、『嫌われたくないなぁ~』みたいな、村人に対してそんな気持ちがわずかにあったと思うんだけど......。
今はもう何もないね。無だね。
なんかこう、逆にすっきりした爽やかな気分だ。
自分で言ってても不思議な感覚なんだけど。
縁が、切れた。
ぷっつんと。
そう、あの村と私は、この日をもって完全に縁が切れた。
これまでは、私は『森で暮らす村娘のエミー』だった。
これからは、『森で暮らす浮浪児のエミー』になった。
そんな感じ。
私の生活状況についてはなんら変化はない。
だからどうした~?って感じ~?
もうすぐ森に着くという頃合いで、急に空が暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
濡れて体を冷やすのは嫌なので、とりあえず目についた木の下で雨宿り。
ここは村と森の境目。
小さな草原。
さぁさぁと降りしきる雨の中、私は一人ぼっちで体育座り。
暖かだった空気も、雨に降られてひんやりしてきた。
青臭い草のにおいが浮かびたつ。
とりとめもないこと、あれやこれやと考える。
あの大爆発、私のせいになったってことは、トーチくんは自分の加護のこと、うまく隠せたってことかなぁ?
<まぁ、そうなんでしょうね>
......トーチくんが、あれを、私のせいにした?
<大爆発とエミーを結び付けたのは、村の大人たちでしょう。あの少年は、ただ単に知らぬ存ぜぬを通しただけなのでは?村の子どもたちは......その、大人たちがあなたから意図して遠ざけていましたので、以前あなたが考えていた通り、そもそもあの少年はエミーのことを認識すらしていないでしょう。つまり彼は、あなたを悪者にしたわけではないと思いますよ>
ふぅん、そっか。
じゃあトーチくんは、自分のしたことが原因で、私がどんな目にあったのか、何もしらずにこれからものうのうと生きていくんだねぇ。
うらやましいねぇ。
さすが勇者様だねぇ。
<......エミー>
......ごめんねぇ、オマケ様。なんか愚痴っぽくなっちゃった。
よし、もっと楽しいこと考えよう。
オカシラスのこと考えよう。
お鍋は手に入らなくなっちゃったから、もう茹でて食べるのは無理だよね。
でも、今思いついたんだけど、いろいろやりようはあると思うんだ。
例えば、大きい葉っぱでくるんで蒸すとかさ。
うん、これならおいしく食べられそうな気がするよ!
拠点に帰ったら早速オカシラスをとりにいって、やってみようね!
あっ!でもこの雨だし......もしかしたらあいつら、この前見つけた場所から移動しちゃってるかも!?やっば!!
<......エミー!>
......どうしたのオマケ様。
<私は、何があっても、私だけは......私だけは、絶対にあなたの味方です>
............。
<あなたは、独りぼっちじゃありません。私がずっと、ずっと一緒にいますから>
......そっか。
<はい>
............。
しばらく待っていると、雨が止んだ。
通り雨だったみたい。
黒い雲の切れ目から温かい光が差し込み、近くに見えるナソの森を照らす。
私は......ちょっとぬれちゃった顔を手で拭い、パンと頬を叩く。
そして、私は。
私たちは、歩き出す。
森に向かって。