108 夜襲!ナイトトライット!
「ホケー、キョロロロロロロ......」
獣か鳥か、あるいは虫か。
その正体すらわからぬ鳴き声が夜のカイセの森に響き渡る。
エミーは木々の葉の隙間から降り注ぐ月光を浴びながら、カイセの大木の根元にて、その背を幹に預け仮眠をとっていた。
いかにエミーが超人的な少女であると言えど、休息や睡眠は必要だ。
この危険な魔境の中でもそれは変わらない。
日中、バレットピッピから受けたダメージも回復しきっていない。
前世と比べると非常に強靭で回復力も尋常ではないほど高いその体だが、受けた傷がすぐに元通りになるわけではない。
今のエミーには、休息が必要であった。
「スゥ......」
静かな寝息をたてる少女。
黒髪黒目を忌避する文化さえなければ、月光を浴びながら眠るその姿を見た画家は、何をさしおいても絵筆をとったであろうと思われるほどの美しさがそこにはあった。
しかし、魔境の住民たちにとって、そんな美しさなどなんの価値にもならない。
彼ら魔物にとってそこにいるのは美しい少女ではなく、手傷を負った獲物である。
今、ここにその獲物を狙う魔物が一匹。
その名はナイトトライット。
トライットとは鼻の大きな犬のような姿をした魔物だ。
大きさは、地球の生物で例えるなら、ゴールデンレトリーバーとおおよそ同じくらい。
大型犬サイズの黒い毛並みをもったそれは、鋭敏な嗅覚をたよりにエミーという手負いの獲物の元までたどり着いたのだ。
「......」
鳴き声一つ発しないが、その表情は愉悦に歪んでいる。
彼は夜の狩人。
獲物を前に音を発してターゲットに逃げられる、そんな阿呆はしない。
慎重に、慎重に、音を立てずに少女へと歩み寄る。
その距離は、もはや1メートルすらない。
鼻息がかかるほどの距離。
そこまでナイトトライットは接近を果たしていた。
しかけ時だ。
ナイトトライットは、人間の頭の一つなら容易に飲み込めるほど大きなその口を開き、エミーに飛びかかる!
こうなった時点で、彼の狩りは成功したも同然だった。
これほど至近距離から飛びかかられて、それに反応できる生き物などいるはずがない。
それがこれまでの成功体験により裏打ちされた、彼の揺るぐはずもない常識であった。
だが、しかし。
ここに、いたのだ。
その常識を打ち破る超反応を見せる生き物が!!
「ッ!!」
「!!?」
次の瞬間だった。
突然ぱちりと目を開けたエミーは咄嗟に右手をナイトトライットの上あごへ、そして左手を下あごへ伸ばして受け止め、噛みつきによる攻撃を阻止。
な、なぜ!?
どうして!?
ナイトトライットは混乱の渦中にいた。
彼の必殺の一撃は、これまでどんな獲物をも噛み殺してきた。
なのに何故こいつは!?
その答えは、わずかに漏れ出た殺気であり、魔力である。
その魔力を無意識のうちにエミーは肌で感じ取り、直前で目を覚ました。
ギリギリ、対応が間に合った。
「......ラァッ!!」
一声気合を入れ、エミーは左右の手に掴んだ顎を、大きく上下に開く。
度重なる魔力変質により身に着いた怪力に【身体強化】まで加わってしまっては、ナイトトライットの顎はその力に耐えきることは不可能だった。
鼻の大きなその魔物は、その頭部を上下二つに引きちぎられ、続けて間髪入れずに放たれた手刀により首を落とされ、叫び声をあげる間もなく死んだ。
「............」
ブチッ......ブチチッ......。
エミーは寝起きが悪い。
結構な確率で、寝起きにはイライラしている。
そのイライラを、魔物の死体にぶつける。
力任せに手足を引きちぎり、そのまま口に運ぶ。
「............」
ある程度食べ進めたところで、寝ぼけた頭もだんだんとクリアになり、エミーは今回の状況を振り返りはじめた。
危なかった。
今回は、たまたま夜襲に気づけたが、これは本当に運が良かっただけだ。
一歩間違えれば、丸かじりされ死んでいたのは自分であっただろう。
早急に、対処を考える必要がある。
間一髪でした。




