10 わきから眺める勇者物語の始まりと身も蓋もないオマケ様
村長の息子、トーチくんは転生者だった。
でもさ、オマケ様。
彼のことは今までもちょこちょこ見かけてたけど、彼はどう見ても普通の5歳児だったはずだよ?
私みたいな前世の記憶を持っているそぶりは見せなかったんだけど?
<それは、おそらく聖神がそのように『設定』していたんでしょう。一定の年齢になると、前世の記憶を思い出し、自らの加護と神に課せられた使命を自覚するのです。聖神の異世界転生配信でよく見たパターンのやつです!>
そっか、神様は転生者の記憶とかいじれるんだっけ?
なんでそんなことをするのかな?
<......理由は様々にある、のかもしれませんが、一番の理由は、『その方がおもしろい』と聖神が思ったからじゃないですかね?一言でいえば、聖神の脚本の都合です>
身も蓋もないな!?
......こんな大破壊を引き起こせる加護の力を持ったトーチくんだけど、その実ただの聖神のおもちゃでしかないんだなぁと思うと、妙に哀れみを感じることよ。
まぁ、元クラスメイトが神々にどう取り扱われようと、どうでも良いけど。
ってかトーチくん、前世ではなんて名前の子だったっけ?
確か聖神に競り落とされてたのは、オークションで一番に出品されてた男子だったとは覚えているんだけど......。
もう転生してから5年経っているし、忘却が始まってるよ~。
<......なんかエミーって、前世の知り合いに対して凄くドライですよね?>
ん?......うーん、うん。まぁ、そうね。
あいつら、私のこと嫌いだったし。
私もあいつらのこと嫌いだし。
<何が、あったんです?>
......おもしろい話じゃないし、思い出したい話でもないかな。
<......変なことを聞いて、申し訳、ございません>
あわわ、謝らないでよオマケ様!全然気にしてないから!
......ん?
脳内会話を楽しんでいた私とオマケ様。
だけど、その意識は再びトーチくんに、というかトーチくんをはさんで反対側の茂みに向かう。
<エミー......>
うん、オマケ様。
なんだろうね、あそこ。
何かいるね。
ガササッ!
「誰だ!!?」
茂みが大きく揺れ動き、さすがにトーチくんもその存在に気づいて振り向く。
そこに立っていたのは......。
「あ、あはは......」
「あっ......キャロ!?どうしてここに!?」
そこに立っていたのは、白いワンピースを着た、水色の髪を三つ編みで左右にまとめた女の子、キャロちゃんだった。
<エミー、あの子もフェノベン村の子ども、でしたね?>
そうだね、オマケ様。
あの子は確か、村長に拾われて、トーチくんとは兄妹みたいに育てられている子、だったと思うよ。
年齢は同じ5歳くらいだと思うけど。
っていうか......。
「あ、危ないじゃないか、キャロ!村の外に一人で出ちゃいけないって、大人に言われていただろ!?大丈夫か?ケガはない?怖い思いはしなかったか!?」
「わぷっ!大丈夫、大丈夫だよトーチにぃ!」
急にキャロちゃんを抱きしめたあと、体中べたべたさわりまくり、大慌てでケガがないか確認するトーチくん。
キャロちゃんはあわあわしているけど、まんざらでもない顔をしている。
<......あの二人、妙に距離が近いですよね。5歳児だから、別にやましさとかはないんですけど>
そうなんだよね~......。
トーチくんもキャロちゃんも、妙に行き過ぎたシスコン、ブラコン感があるんだよね~。
いつでもどこでも一緒にいるし、すぐに二人の世界を作り出しやがるし。
ってかトーチくん、前世の記憶がよみがえっても、そのあたりの行動に変化はないのね。
<彼はもはや、正真正銘の『トーチ・フェノベン』ですからね。強固に形作られた人格は、前世の記憶がよみがえろうとも揺らぐことはなかったのでしょう>
なるほどね。
転生後数年経ってから前世の記憶をよみがえらせるっていう処理は、今世の人格を形成するためっていう理由もあるのかもね。
「なんで一人で森まで来たんだよ、キャロ......」
「だって、だって!トーチにぃがこっそり村を出ていくところを見ちゃったからぁ!し、心配になってぇ......」
「そっか、ごめんなキャロ......」
茂みの中に隠れながら異世界転生に対する考察を進める私の前で、彼らはどんどん濃密な二人の世界を形作っていく。
甘い。空気が甘い。まるでピンク色背景に点描が飛んでいるかのように甘い(わかりづらい言語化漫画表現)。5歳児同士のくせに。
「......って、ていうか!トーチにぃ、どうしたのこの焼け野原!?トーチにぃがやったの?トーチにぃ、こんなすごい魔法、使えたの!?」
「あ、あはは。実は、その、今朝目を覚ましたら、自分に【聖神の加護】が宿っていることに気づいてさ!加護の力を試してみたんだ」
「え......えぇぇ~~~~~~っ!?【聖神の加護】!?そ、それって、おとぎ話の勇者様が持っている加護じゃない!トーチにぃすごい!トーチにぃは勇者様だったんだねぇ!?」
トーチくんは特に隠し立てすることもなく、自分の加護についてキャロちゃんに伝えた。
キャロちゃんはもう大興奮だ。
トーチくんの両手をつかんでぴょんぴょん飛び跳ねている。
ってか、勇者......?
<はい。聖神ライントーリエの加護を与えられた者は勇者となり、人を脅かす魔王を打ち倒すという使命を帯びるのです。トーチくんが聖神の加護を与えられた転生者であるならば、彼は間違いなく今代の勇者です>
マジで!?
<マジです。それが聖神の配信する『勇者VS魔王』シリーズの基本設定ですから>
だからオマケ様、そういう身も蓋もない言い方はやめて!?
「ねぇトーチにぃ!はやく村に帰ろうよ!みんなにこのことを伝えなきゃ!」
「ま、まてよキャロ!そんなことしたら大騒ぎになっちゃうだろ!?オレ、まだこのことは隠しておこうと思うんだ。オレがこの力を制御できるようになって、世界を救うため旅立つことになる、その日まではさ!」
「えぇ~、そうなの......?でも、うん、トーチにぃがそうしたいって言うなら、私も黙っておくね」
「ありがとう、キャロ!......さ、腹減ったよな?村に帰って、朝ご飯食べようぜ!」
「あ!まってよトーチにぃ~~!」
トーチくんはそう言って、村に向かって駆けだしていった。
慌てて追いかけるキャロちゃん。
っていうかさ、こんだけ轟音響かせておいてさ、隠し通せるものかね?
あの音で村人もみんな目覚めたと思うし、その時にトーチくんたちが村にいなかったとなれば、何か関係あるのではと疑われるんじゃないかな?
<でも、トーチくんは昨日までは普通の村の子どもでしかなかったわけですから。こんな大魔法......この焼け野原は、魔法で作り出したと思うんですけど......こんな大魔法を使えるなんて、大人たちは思わないでしょう。勝手に村を抜け出したことは怒られても、案外隠し通せるものかもしれませんよ?>
そんなものかねぇ。
......あれ?
キャロちゃんが立ち止まったぞ?なんだなんだ?
おもむろに焼け野原を振り返ったキャロちゃん。
その顔には、先ほどまでの無邪気な笑顔はどこにもなかった。
そして彼女は、氷のように冷たい声色でつぶやいた。
私の強化された聴力は、そのつぶやきを聞き取った。聞き取ってしまった。
「............【聖神の加護】......。ふん、この程度とは他愛ない。勇者といえども、しょせんは惰弱な人間に過ぎないということか」
そう言うと彼女は。
再び無邪気な笑顔の仮面を張り付け。
村に向かって駆けだしていった。
え............えぇぇぇ---------ッ!!?
闇ぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーッ!!?
キャロちゃん何らかの闇抱えてるぅぅぅーーーーーーーーーッ!!?
<こ......これは!わかりました、異世界転生配信マニアである私には、わかってしまいましたよ、この先の展開!キャロちゃんは......キャロちゃんの正体は、おそらく魔族です!魔王に送り込まれた、勇者を監視するための間諜の一人だったのです!>
な、なんだって!!?
<愛する妹!いや、それ以上の存在として一緒に育ってきた女の子!その女の子が!実は!!
倒すべき存在!魔族だったんですよぉぉーーっ!!>
なん、だっ、てぇぇぇぇーーーーーーーーーーッ!!?
<その真実が明らかになった時!守るべき存在であったハズのキャロちゃんがトーチくんに牙をむいたその時!果たして勇者は何を思い、どう行動するのか!?これは、今回の『勇者VS魔王』シリーズにおける、最重要ファクターの一つといっても、おそらく過言ではありませんよぉぉーーーーーっ!!!>
だからっ!オマケ様!その、身も蓋もない、視聴者目線のコメントを、やめろぉぉぉーーーーーーーーーッ!!!
<そして、エミー!!>
な、なんですかオマケ様!?
<図らずも、彼らの秘密を知ってしまった私たちが、とるべき対応はただ一つです!!>
そ、それは一体!!?
<......巻き込まれたら危ないですから、彼らとはなるべく距離をおきましょうね>
あ、はい。そうですね。