あなたにガナッシュを
「あ、いたいた。もー、探したんだから」
声のした方向に顔を向けると、そこには白い髪をたなびかせて手を振ってくる少女、エイネラが居た。会う約束などはしていなかったのだが、探していたということは用事があったのだろうか。それならば悪いことをしたと思いつつ、彼女に向かって手を挙げて応える。それに対して同じように手を挙げてポーズをとりながらこちらに近寄ってくる彼女は、意外とノリがいいということを知っている人はあまり居ないかもしれない。
―――何か用事?
「まあそんなところかな。はいこれ、どーぞ」
そう言って身につけていた肩掛けバッグから一つの包みを取り出して、こちらに手渡してくる。きれいに、そして丁寧に包装された手に収まるくらいの包みは、今日という日付から何を渡されたのかの察しがついてしまう。ただ、それが彼女から自分に渡されるということが不思議に思っただけで。それなりに親しい付き合いをしてはいるものの、彼女が周りの人に配るような性格だとは思っていなかったので、ちょっとだけ不思議に感じた。
―――いいの?
「日頃の感謝の気持ちといいますか。そんなわけなので、受け取ってくれると嬉しいな」
―――そういう言い方は少し卑怯だと思う。
「私はそういう女の子なので。あなたなら知ってるでしょ?隣失礼しまーす」
自分の隣に座ると顔をほころばせながら満足するような表情を浮かべ、そのまま何かを期待するような視線を向けてくる。なんとなく意図は読み取れるが、もう一度視線でいいのかという確認を取ると、はやくはやくと同じく視線で返ってくる。では失礼して、包みをまとめてあったリボンを引き抜く。すると、リボンがするするときれいに抜けて、その後すぐにそのままラッピングされてあった包装紙が勝手に開く。
「どう?地味にここ頑張ったんだけど」
―――ラッピングの部分のこと?
「そうそう。確かに本体は中身の方だけどさ。それでも包装とかの方も大事だと私は思うんですよ」
―――ふむふむ。
「食べる前に包装紙びりびりに破っちゃってそれが周りに散らばっていうのも、なんか嫌じゃない?」
―――分からなくはないかも。
「でしょ?だから、セロテープとかの接着剤使わずに、折り方工夫して、最後にリボンでまとめてーってしてみたんだけど」
どうかな?と感想を求めてくる彼女に、エイネラらしいと返す。その返答で満足だったのかは分からないが、エイネラはくすくすと笑みをこぼしている。エイネラという少女はいつも、目的そのものだけじゃなくて、周りにまで目がいって事細かに相手のことを考えてくれる。その相手に対する気遣いを、無意識じゃなくて意識的に行っているというのは、普段からそれを行ってて苦じゃない人でないとできない行為で。そこが彼女の美点の一つ。
―――人を立てるのが上手いんだろうね。エイネラはいいお嫁さんになると思う。
「ひゃっ!?……もう、いきなりそういうこと言うのは反則ですー」
頬を膨らませて、私怒ってますよオーラを出そうとしているらしいが、頬を染めている時点でほとんど意味がないと言わざるを得ない。とはいえ彼女の機嫌を損ねるのもあれなので、悪かったと隣に座っている彼女のちょうどいい位置にあった頭を撫でると、一瞬びくっとしたもののまんざらでもないのか、それをどけようとはしてこなかった。
「こ、これはこれで嬉しいんだけど……先に感想聞きたいかなーって……」
そういえばそうだった。手を放して包みの方に意識を戻す。黒い包装紙の中から姿を見せた、淡い赤の長方形の箱。色合いもシンプルながらイベントに沿ってチョイスされてて、その上で彼女らしさもきちんと印象付けている。それを開けようとして、そういえば、と彼女の方に話を振る。彼女らしさ、ということで思い出したのだが。
―――エイネラからの贈り物なら、いの一番に欲しがりそうな人がいると思うんだけど。
「リルネットのこと?ちゃんと朝に会った時に渡したよ。逆にあの子からも貰ったし」
―――相変わらず仲がよろしいことで。
「親友だからねー。そーれーよーりーも!女の子と話しているときに別な女の子の話をするのは禁止事項なんですけどー?」
―――ごめん。
「よろしい。ささ、開けて開けて」
彼女にせかされて、再び意識を箱に向け、開ける。中から出てきたのは、ハートの形をしたチョコレートだった。一つの大きさは一口サイズであるものが、十数個きれいに並んで入っている。数が多いにもかかわらず、一個一個の形が崩れておらずバランスよくつめられている。手間がかかるものを作ってきたな、というのが初見の感想。普段から自分と親友の分の弁当を作って持ってきている彼女のことだから、料理の腕の方は心配していないが、それにしても時間という手間がかかるのは事実だろうに。
―――食べても?
「そのために作ってきたのだし。ここで取り上げるとかないから安心してって」
―――いただきます。
その中から一つを手に取って、口の中にいれる。全くと言っていいほど硬さがなく、ほとんど苦みのない甘さ強めのチョコレート。歯を立ててチョコレートを割ると、中からどろりとほどよく冷えた液体が流れ込んでくる。それは中に込められていた生クリームであり、逆にこちらが甘さ控えめになっていて全体としてちょうどいい塩梅を醸し出していた。
―――美味しい。
「ほんと!?よかったー。今回はミルクチョコレートでガナッシュを作ってみました」
―――ガナッシュというと、生チョコみたいなのだっけか。
「その中に生クリームを流し込んだのがガナッシュかな。あんまり日本では馴染みのない種類だったから、心配だったんだけど……口にあったようなら何よりです」
もう一つ口に放り込む。ころころと口の中で転がしているだけでも生クリームが染み出て、甘さが嫌にならないような味が口の中に広がる。美味しい。さらにもう一個食べる。本当に一気に食べきれてしまいそうだ。自分が美味しい美味しいと食べていると、横でこちらをじぃっとこちらを見てくるエイネラが目に入る。素直に美味しいと感想を言ったはずだが、何か問題があっただろうか。
「え?いや、その、ちゃんと味見はして味は確かめたけれど、そんなに食いつかれると逆に心配になるというか……時間経過で変な味に変化してないかとか気になるというか……」
―――それなら食べてみる?
「ふぇ?」
箱の中からまた一個チョコレートを呆けている彼女の口元に運ぶ。そしてその柔らかな唇にチョコレートを押し込んであげると、彼女は素直にそのまま口に含みむぐむぐと咀嚼し始めた。その後少しして、頬が赤く染まりだして、そして飲み込んだあとこちらに詰め寄ってくる。
「ちょちょっと!いきなり何をするの!」
―――美味しかったでしょ?
「それは……ええと、あんまり味は分からなかったけれど…………まあ、悪くはなかったです……」
―――ならよかった。
「よかった、じゃないです!も、もう、私もやる!ほら、あーんして!」
そう言ってこちらの手からチョコレートの入った箱を奪い取ると、チョコレートを手に取ってこちらに向かって伸ばしてくる。せっかく彼女に食べさせてもらえるのだし、断ることもなく食べさせてもらう。うん、やっぱり美味しい。そのことに満足していると、彼女の方もまた頬を染めて幸せそうな表情になった。
―――美味しい。改めてありがとう、エイネラ。
「ど、どういたしまして……えへへ。ねぇ、もう一回やってもいい……?」
そんなことを繰り返しているうちに、箱の中のチョコレートは空になっていた。彼女がはにかみながらお粗末様でした、と呟いた。もらったのは自分の方だが、そこまで喜んでくれると、こちらとしても気分がよくなる。
「来年もあげるので、楽しみにしててね?」
―――期待してるね。
「お眼鏡にかなうよう頑張りまーす」
手をこつんと突き合わせて、二人で笑いあった。