人の物を使うのに抵抗があるタイプのコミュ障
「広い風呂っていいなあ……」
エリスが僕の家より広いと言っただけあって、エリスの家の風呂場は広かった。五人、六人くらい入れてしまいそうで、逆に言えば一人では少し寂しいとも言えるかもしれない。
しかし、のびのびと足を伸ばして入れるのは気持ちよく、つい長風呂になってしまう。
「こんな風呂に毎日入れるのはうらやましいな」
なんて思ったことをぼんやり呟いてはいたものの、エリスをずっと一人でいさせるのも問題がある気がしたのでそろそろ風呂を出ようと考えた。だが、ここで問題がある事に気づく。
「……そういえば、今日は家に帰らずに直接エリスの家に来たから制服しかないのか」
今日は体育もなかったのでジャージは持ってきていないし、着ていたわけでもない。
「泊まっていくとは言ったけど……帰ったほうがいいかもなあ……」
さすがにいつも寝落ちするときみたいに制服のまま寝るのは問題がある気がするし、シャツとパンツ一枚で寝るのはエリスの手前どうかとも思い、風呂を出たらそのまま帰ろうと思いながら湯船から出る。
脱衣所に入り、さっきまで着ていた制服に再び着替えようとする。すると、入る前はなかった学校指定のジャージがそこにあることに気付く。エリスのものだろう。
「……これ着ろってことなのかな」
ジャージを見ると胸に「鹿宮」としっかりエリスの苗字で刺繍がしてあるのが分かった。おそらくエリスも僕が一晩中制服なのに気付いて代わりの服を用意してくれたのだろう。
しかし、エリスはこれを僕に着せることに抵抗はなかったのだろうか……?
というか僕としても人の服を着るのは汚したり、傷つけたりというのが怖くてあまり使いたくはないんだけど。
……エリスがいつも使っている服だというのもあるし。
そうやって僕が迷っていると脱衣所の外からやたら早口のエリスの声が聞こえてくる。
「寝るときにはそこにあるジャージを使ってくれればいいわ。あなたが使えそうな服がそれくらいしかなかったの。別に汚しても気にはしないわ。だから、あなたも気にせず使ってくれない?」
そうやって言われてしまえば断るのも忍びない。タオルを巻いただけの恰好では少し肌寒いのもあって思い切ってジャージを着る。
着てしまえば普通のジャージと同じで変なところはなにもなかった。そりゃそうだ
エリスのものだからって何か特別なことがあるなんてわけないのにと、僕はなんてくだらないことに迷っていたんだろうと苦笑する。
上下ともにジャージに着替え終わると脱衣所を出てまたリビングに行こうと来た方向に体を向ける。すると、脱衣所の扉の横でエリスが廊下に座り込んでいることに気付いた。なぜか体育座りで俯いたようにしている。
「えっと、エリス……? 何してるの?」
エリスは顔を上げずに言った。
「服、置いたこと、伝えて、ついでに、風呂、入ろうと、思って……」
どうやら、ジャージを用意したのを伝えるため僕が風呂を上がるまで待っていてくれたようだ。……別にリビングとかで待っていればよかったろうに。
とはいえ、エリスが僕のためを思って待ってくれたわけだからそれは有り難いことだろう。なんだかまたエリスの優しさが感じられた気がしてちょっと嬉しくなって思わず口元が緩んでしまう。
「わざわざ待っててくれたんだ。ありがと。別に風呂あがってから声かけてくれるだけでよかったのに」
そうやって僕が声を掛けるとエリスはハッとしたようにして呟き出す。
「……そうね。なんだかおかしなことしてたわ。ふふっ」
自分のやっている行動のおかしさに気付いたからだろうか、さっきまでのしゅんとした様子はどこへ行ったのやら笑い出すエリス。さっきよりも若干顔が上がってその端正な顔立ちがはっきりと見える。
その可愛らしさに見とれてぼーっとしていると、エリスが微笑みを浮かべたままこちらに顔を寄せてくる。
急に距離を詰めてきたのでびっくりして少し体が後ろにのけぞってしまう。
上目使いなのがあざとい感じで可愛らしいなんて思って、自分のちょろさにもびっくりしちゃうね!
エリスはしばらくそのままこちらを見つめてから僕の耳に顔を近づけて話し出す。
「ねえ、私の部屋に来てくれない?」