ストーカーまで来ればもはや友人では?
さて先ほどからおおよそ五分ほどの時間が経った現在、顔を洗い、歯を磨き、服を着替え……あとなんかあったっけ?
ご飯を食べる時間はないので仕方なく我慢して、後は早足で学校に向かうだけだと家を出ようと靴を履いた。瞬間、玄関のベルが鳴る。
「……来るって言ってたもんね。そりゃ来ますよね……」
若干、気は重いが家を出ないわけにもいかないのでドアを開けるため立ち上がる。
立ち上がった時に二回目のベルが鳴る。それを煩わしく思い、少し力強くドアを開ける。
そこにはベルを押した張本人かつ、先ほどメッセージを送りつけてきた、ハーフで綺麗な女の子『鹿宮エリス』がいた。
「……お隣から苦情が来るからやめてほしいな」
「あら、おはよう。起きてたのね」
「誰かさんに嫌味を言われるのが嫌だったからね。おはよう」
「ちゃんと挨拶は返してくれるあたり成長が感じられるわね。ちょっと感動させられたわ」
「……こんな無駄話する時間なんてないの分かってるよね? あと十分ちょっとで遅刻なんですけども」
「大丈夫。あそこに私が乗ってきた車があるから」
そう言って一体いくらするのかも分からない高級車を指さす。
「すごい立派な黒塗りの高級車だね。じゃあ僕急ぐから」
「あっ、逃げるな! 待ちなさい!」
やだよ! あんな立派な車に乗って学校に向かうなんて。しかもエリスと一緒なんてなおさらだ!
何を言われるか分かったもんじゃない。恥ずかしいじゃないか!
ろくでもない噂が立てばエリスにも迷惑がかかるし……厚意には感謝してるけど絶対にそんなのには乗っていかないぞ。
そんな思いから走り出した僕だが、全力で走り始めたもんだから一分で息が切れ彼女に追いつかれてしまう。
「よし、捕まえたわよ」
「どうせすぐ学校で会えるんだし、時間ギリギリに登校することになってまで追いかけてこないでエリスはさっきの車に乗っていけばよかったんじゃないのかなあ……」
「何言ってるのよ、別に私は車で行って学校に早く着こうが、歩いて行って遅く着こうが気にしてないの。あなたと一緒にいる時間が欲しいから迎えに来てるだけよ」
「だからといって朝の登校時間、たった五分くらいの時間をそこまで大事にすることもないんじゃないかな……」
「そこはあなたが寂しい思いをするんじゃないかって気を使ってるのよ。まあ、私ったらとっても優しい女の子」
「わあ、優しいなあ」
適当な発言に対しこちらも適当な返しをする。
果たして朝から人の家に高級車で乗り付けて叩き起こしに来る行為は「優しい」の範疇に入るのだろうか。
……ん?朝から?
気づいていなかったがどうやってこの金髪ハーフ女は僕が家にいることに気付いたのだろうか……。
少し怖いが尋ねてみることにする。
「……エリス、なんでこの時間なのに僕が家にいる事が分かった?」
「それは、もちろん携帯のGPSに決まってるじゃない」
「もちろんって何だろうね……」
いや迎えに来てくれるのはありがたいんだけど、せめてこちらの合意くらいは求めたやり方にして欲しい。
そのことをエリスに伝えると、エリスはおちゃらけた態度を一変し真剣な表情でこちらを見てくる。
「そうね、もちろん罪悪感がないなんてことはないわよ? でもね……」
エリスがいったん言葉を止める。
そして、再び口を開くと……。
「だけれど、あなたがちょっと時間遅れるだけで学校に来ないのが問題があるの! そりゃね? 一人暮らしだから生活習慣が乱れるのも分かるわよ? 私だってメイドの如月と二人暮らしだから、如月に頼りっぱなしなところがあるわよ? だから、大っぴらに人のことは言えないわ。だけど、朝起きるのが遅いのと学校に来ないのは話が別なの! 困るの! 何が困るって? 私があなたと楽しくおしゃべりできないでしょう! あなたは理解してないかもしれないけど、私、あなたしか学校でまともに会話できる人なんていないのよ!」
……長々と、しかしその内容としては全力で「私は友達が少ない」という想いのこもる発言をするエリス。
この子ほんとに容姿と能力以外がポンコツだなあ……。
別に人と話せないわけじゃないんだし僕とは違って他に友達なんていくらでも出来そうなもんだけど。
「……ほんと、エリスって残念美人だよね」
「今の発言の返しとしてそう言うのは私がかわいそうに見えるからやめなさい」
ここまで会話してきてなんだがこの「鹿宮 エリス」という人物はやっぱりどこかズレているという事を痛感する。
まず彼女は掛け値なしに美人である。
……別に友達だから贔屓目に見てるとかそういうわけではない。
一般的に見て美人と呼ばれるような要素が揃っているという事だ。
実際、何回か名前も知らない男子生徒に、なぜかエリスと親しい関係である僕に彼女を紹介してほしいと言われたことがある。
最終的に僕がまともに会話できないと判断され、「本人と直接喋るわ」と言われるまでがテンプレだ。
とまあ、客観的に見てエリスが美人なのだと言える証拠を示したわけだが、僕の目から見ても当然彼女は美人だと思える。
毎日メイドの如月さんによく手入れしてもらっているだろう長い金髪、見ていると引き込まれそうになる澄んだ青の両目。姿勢は良く、歩き方も綺麗で、歩いているところを写真に撮るだけで芸術的になるんじゃないかとさえ感じる。
そんな風に外見が優れているエリスだが、彼女は友達と呼べる存在がいない。
……僕を友達と呼んでしまうくらいには全然いないのだ。
「……なんでエリスって友達がいないのかな」
「今の間に何を考えたらそんな失礼な発言が飛び出してくるのはともかくとして、私はあなたが居れば他に友達なんて別にいらないと思ってるわよ?」
「ま、また変な事言い出すんだから……」
できるだけ平静を装って答えたつもりだが、今の発言は……何というか、すごい破壊力だった。顔が赤くなってしまうのを誤魔化せそうにない。なんてあざとい言葉なんだ。
「あのね、エリス。そういう言葉は誤解を産むこともあるんだから、軽々しく使っちゃダメだよ。変な人に好意があるとか勘違いさせてしまったら後々面倒なんだよ?」
「だから、さっきも言ったでしょ。あなた以外に友達なんていないから、あなた以外にこんな言葉を吐くことなんてないの。もしも誤解されたとしても、誤解するのはあなただけだから何の問題もないわ」
聞いているこちらとしても恥ずかしくなってくる言葉をすらすらと並べるエリス。
……この台詞、録音しておいて後で本人に聞かせたら黒歴史になりそうなくらいには痛々しいのではなかろうか。
エリスはいつもこういう風に実直で、本音を伝えてくる。
だからこそ、友達でいて安心できるという面はあるのだけど、自分の感じていることも率直にこちらに伝えてくるため、さっきみたいな発言はどうしても戸惑ってしまう。
どうやって反応したらいいか分からないのだ。
「そ、そんなこと言っても別に友達が一生僕しかいないわけじゃないんだから、正しい距離の取り方とか覚えないといけないんじゃないのかなあ……」
結局こうやって肯定とも否定ともつかない発言で誤魔化すだけだ。
「……あなた、まともな友人を作るのが、コミュ障の私たちにとってどれだけ難しいか分かっているでしょう。だから今は別に誤解されても構わないの。そう、今が楽しければそれで良いという現代の若者らしく私と爛れた関係を結びましょう?」
「爛れた関係……夜通し、ゲームで一晩を潰すような関係かな?」
「そうそう。また新しくキャラを使えるように練習してるから、また放課後にでも泊まりに来なさいな」
「泊まるって言うけど一晩中寝ないだけだよね……」
さんざん思わせぶりな発言をしておいて最後にはこうやって遊びの話で締められる。
なんて言うのが良くあるエリスとの会話だったりする。
……おそらく、踏み込んでしまうのが怖いから二人とも、誤魔化しているのだと思う。
これ以上、言ってしまえばきっと自分の好きって思いが相手に伝わってしまうから……だから、それ以上の事は言えない。
相手のことを理解している気になって傷つけるのも、傷つけられるのも……僕達は嫌いだから。
そんなだから、僕達の会話は行き着くところまで行くとそれ以上は踏みこまない。常に寸止めで、でも僕達は二人ともそんな関係に満足している。
なんて、ふと自分達の会話について考察しているともう目の前百メートルというところに学校の校舎が見える。
「あれ、もう学校なのね。やっぱりあなたの家からだと近いわね。……なんでこんな距離にあるのに、わずかな遅刻すら嫌うのかしらねこの男」
「いや、だって人の目怖いもん」
「休んだって人の目が先延ばしにしかならないってことを理解させてやらなきゃ……」
そう言って、またくだらない雑談をしながら僕たちは一日を開始するのだった。
6/16 大筋に違いはありませんが読みやすいよう、少しだけ変更をしてみました