8 残されたモノ Ⅰ
夢の中なのか、現実なのか。
失敗した。何度時間を戻しても、多数の星辰者が妨害に現れる。更に過去へ遡ることも考えたが、それは状況を悪化させるだけだ。時間を繰り返すことで、敵に与えられる情報量は多くなるのだから。
助けるなら最小の時間、最短ルートで駆けつけるしかない。
それでも失敗しかなかった。
既に首が跳ねられていたことも、
焼死体になっていたことも、
四肢が切断されて惨めな人形になっていたことも、
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ
「レアラっ!?」
心臓が跳ね上がるような感触の中で、アルケイスは意識を覚醒させた。
レアラ、襲撃者、ヘロドース。時間回帰、ピアス、たくさんの星辰者――間に合わない。さっきまで頭の中に張り付いていた光景が現実のものではなかったとしても、結末だけは変えられない。
――自分はどうなってしまったのか。腕を切断されたところまでは覚えている。となると後は、狂ったように笑うピアスにでも殺されたか。
「……うん?」
だとすると、この温もりは何なんだろう?
どう考えてもベッドだった。しかも天井つき。他すべての素材も贅の限りを尽くされており、自分の部屋じゃないことは直ぐ分かる。
ついでに、こんな場所を貸し出してくれる人物は一人しか知らない。
「ようやくお目覚めですか。私の寝床で他の女の名前を呼ぶなんて、随分と貴方も偉くなったものですね?」
「……やっぱりですか、ユノ様」
何がです? と燃えるような赤髪の皇女は首をかしげる。
紫と赤の外套を着た少女は、鉄のように冷たいオーラを放っていた。向けてくる瞳は大の大人だろうと怯ませる鋭さで、慈悲というものが根本的に欠けている。端整な顔立ちも合わさって、思わず身震いしたくなるほどだ。
今だって彼女には、アルケイスを批難するような意思が見えている。
あんな失敗をしでかしただけに気が重い。――反面、奇妙な安心感も湧いてくる。彼女の指摘はいつだって正確で、反省をするのには最適な相談相手だ。
実際、この美少女自身も励ますつもりで言っているらしい。……間際らしいことこの上ないんだが、本音を知っている利点でダメージは減らせるだろう。
もちろん、ゼロになんては出来ないが。
「まったく、情けないったらありゃしません。眠っている間も、同じ女の名前を呼び続けるとは。男だったらもっと背負う覚悟を見せるべきでは?」
「あのユノ様、彼女は――」
「死にましたよ」
ざっくりと、冷静に真実を叩きつけてくる。
間違いなくアルケイスの精神は抉られた。が、ユノは罪悪感なんて欠片も示唆していない。傍目にはただ、一つの結果を報告しただけの退屈そうな顔をしている。
自分に対する怒りが、無力感が、アルケイスの身体を震わせた。せっかくあそこまで逃げたのに。両足が駄目になっても、逃げる道を選ぶべきだった筈だ。
そうすれば助かったかもしれない。今頃、彼女と笑って再会を喜ぶことが出来たかもしれないのに。
「……ウジウジと下らない。貴方の実力と環境、帝国の現状では、レアラという女性が生きることは出来なかったのですから。それを認めなさい。後悔など時間の無駄です」
「あの、彼女の遺体は――」
「見ない方がいいですよ。損傷が激しいので」
まるで直に確認したような口調で、ユノは言いきった。いや、実際に確認してきたんだろう。彼女は自分が知りたいと思ったことに対し、人を仲介するのを嫌っている。
見ない方がいい――そんな評価を下すなら、ユノにだって言えるはずだ。彼女は軍人じゃないんだし、そういった遺体は見慣れていない。
結局、気を遣わせてしまったんだろう。彼女の指摘以上に、情けない男のようだ。
「さて、ここでプレゼントです」
「プレゼント……?」
「レアラさんの遺書」
外套のポケットから、ユノはボロボロの紙を取り出した。
レアラの身形からして、遺書を残すのが簡単だったとは考えにくい。紙を手に入れるのも、筆を手に入れるのだって大変だったろうに。……それでも彼女は、遺したい文字があったのか。
アルケイスは即座に上半身を起こした。まだ所々に痛みがあるものの、ひとまず支障はない。切断されたはずの右腕も、なんかくっついてるし。
きっとユノのお陰だろう。彼女も星辰者であり、その異能は治療に特化したものだ。
ユノは渋りもせず、アルケイスに紙を渡す。――微かに震えている指先は、一体どちらのものだろう。遺書のことばかりが頭にあって、アルケイスには判断がつかなかった。
中を開くのに合わせて、持って来てくれた功労者は踵を返す。
「外で待機していますので。読み終わったら読んでください。焦らず、ゆっくりどうぞ」
「は、はあ……?」
思いのほか冷静な自分と、ユノの態度に首を傾げる。
ともあれ今は遺書だ。一体はどんな言葉と意思を、自分の最後に選んだのか。恨みを記した罵詈雑言でも何でも来いと、アルケイスは知る覚悟を固めていく。
最初に飛び込んできたのは、昔通りの綺麗な文字だった。
『アルケイスさんへ。
ずっとずっと、ありがとう。でも、ごめんなさい。
私は生きて貴方に会うことが出来ません。この10年で、私の身体は病に蝕まれていました。仮に顔を見ることが出来ても、数日の間に事切れると思います。
出来れば貴方に会って、一緒に暮らしたかったけれど、我儘は言いません。
でも一つ、お願いがあります。
私のことは忘れてください。貴方には、誇らしい現在があるはずです。過去のためではなく、そのために、未来のために生きてください。……本当は一目顔を見たいけど、それは贅沢でしょうね。
バイバイ。
レアラより』
「……」
なんだ、これ。
視界が歪んで直視できない。病? 事切れる? レアラは死ぬことが分かっていて、わざわざ危険地帯に潜り込んできたって言うのか?
それなら、どれだけ馬鹿なことをしてしまったんだろう。
あの時。レアラと向き合って話していた時、彼女は本音で言ったんだ。逃げるのは止めようと。再会できたから満足だと、心の底から満たされて口にした。
もし承諾していたら、彼女は幸せな最後を遂げたかも知れない。
だって時間を戻したことで、アルケイスとレアラは再会していないことになっている。彼女は星辰者ではないのだ。失敗した世界の中で、どれだけの絶望があったことか。
やり直したくっても、もう遅い。重ねられた対策は、アルケイスを城の外に出すことすら許さないだろう。
最善を求めたのが仇になった。ヘロドースが時間回帰を発動させる前に投降していれば、投降していれば良かったのに。レアラの望みを、贅沢を叶えることが出来たのに。
「っ――」
声は出ない。
自分の傲慢さを悔いて、アルケイスはずっと、手紙を握っていた。




