5 不可能の始まり Ⅱ
こうなった以上は素直に助けを求めればいい――のだろうが、レアラに限っては難しくなる。殺されたことから分かるように、彼女は命を狙われる側にある。それも帝国から。
事は秘密裏に進めなければならない。一度匿うことさえ出来れば、少しぐらいは安全な日々を過ごせるのだから。
「ったく、軍の連中もしつこいな。10年も前のこと、未だに引きずってるとは」
「……そうですね。彼らにとっては、それだけ邪魔な存在なんでしょう。僕も命を狙われたこと、何度かありますし」
「ピアスが手を回して、か?」
改めて頷くまでもない。あの男がアルケイスを敵視しているのも、同じ理由からだ。
10年前、帝国の片隅にある小さな村が襲われた。襲撃者は帝国兵。数世帯が暮らす小さな村だったが、ほぼ全員が殺害された惨劇だった。
ピアスはその計画に関わった一人。だからこそ時間を戻す前、アルケイスは行動を起こしたのだ。あとはあの時間に、平行世界を操る異能で死を持ってくれば完了する。
無抵抗に殺された人々の、仇が討てる。
「となるとレアラちゃんの方も同じかね。どうする? 少し早めにピアスを始末するって方法もあるぞ?」
「一人になるタイミングがなかったと思いますから、かなり難しいですよ。真っ向からしようにも、子飼いの星辰者が付きまとってますから」
「厄介なのを味方につけたもんだなあ。親玉を殺したのが目に入ったんじゃ、時間回帰を発動させても無かったことには出来ないか」
話しているうちに冷静さが戻ってきて、アルケイスは見えない人物への嘲笑を送る。
伯父以外、数名の星辰者がいる――これが、もう一つ急がなければならない理由だった。彼らが時間回帰を自覚できる以上、アルケイスの行動は遅かれ早かれピアスの耳に入る。そうなれば最悪、城にいる段階で干渉を受けかねない。
時間が戻る限り続く、無限の妨害が始まるわけだ。……アルケイスは上位の異能を保有しているため有利に立ち回れるだろうが、数の暴力を覆せるかどうか。
「――おいおい、どうするよ? わりと詰んでねえか?」
「……こっちの行動を誤魔化しつつレアラ様を助けて、大きな成果を出せばどうにかなるかと。間者を捕まえて、あと西の前線に加わって戦果を出すとか」
「帝国議会が欲しい最善を、こっちで用意するってことか。でもお前さん、戦争は嫌なんじゃねえのかよ? 恨みのない相手と戦うのは嫌だ、ってよ」
「――理由が理由ですから、自分の信念は曲げます」
上手くいって、議会を味方にすれば万全だ。アルケイスの成果を捨て難いと判断すれば、彼らは手元の星辰者を動かして支援してくれるだろう。そこにレアラの安全を絡めればいい。
一方で、既に達成が困難なものになっている可能性も否定できなかった。過去へ戻る前、レアラを殺害した星辰者だった場合だ。ループの間、敵は殺人を効率化する機会を得ることになってしまう。
……すべてが上手くいくまで続ければいいんだろうが、発動には様々な制約がある。個人によるものは日に二、三回が限度。ほぼ無制限に起こすには、帝国議会が所有する道具を使用しなければならない。
ハッピーエンドのカギは議会が握っている。彼らを味方にした方が、己が望む未来を選べる。
「――ミュトリオンさん、間者の方はお願いしてもいいですか? 僕はレアラ様の方を」
「……分かった。俺でどこまで出来るか分からんが、背中は守ってやる」
「恩にきます」
二人は部屋を出て、別々の方向に走り出した。
アルケイスが外へ向かえば、人込みに遭遇しようと自然に道は作られる。星辰者は帝国繁栄の礎とも呼べる存在で、そこらの軍人よりは階級が高い。紫という外套も、そんな稀少性を示すための色だ。
「急がないと――」
レメアは星辰者ではない。自分が死ぬ未来は、アルケイスのように継承してはいないだろう。
……ずっと会えないと思ってた、死んだと思っていたのに。彼女は10年なんて時を費やして、泥まみれになっても、一目で少年を見抜いてくれた。
恋愛感情、なんて言葉だけでは片付けられない。自分だけが忘れようとしていた浅ましさ、同郷の人物と再会した喜びが、アルケイスの心を駆り立てる。
絶対、助けてみせる――
森に向かい始めた少年の頭には、他のことなんて入らなかった。
――――――――――
前回と同じ手順で、森の中へと侵入する。
伯父と話していたお陰で遅れ気味ではあるが、人が殺されているような雰囲気はなかった。緑を漬す静けさも、危ういというよりも優しいぐらい。
「――帝国軍に、停戦の意思は無いということだな?」
聞こえた声は獣人の男だ。彼の問いに対して、首を縦に振る男も一人。その手には何枚かの金貨が握られている。
レアラの姿はどこにもない。森のもう少し奥だろう。確か素足だったし、体力も限界に達している筈。そこまで素早い移動は行えまい。
息を殺して、男たちが集まっている地点を迂回する。
「おお、夜の目よ! 猛禽の爪よ!」
その時だった
アルケイスでも獣人でも、報酬をもらっている間者でもない。第三者の声が、森を揺さぶる。
「君たちは闇に潜む者か? 否! 人の懐に入り込み、知恵を盗み出す浅ましきネズミである!」
芝居がかった台詞は続く。いち早く動き出したのは、報酬を受け取ったばかりの男。危機感もなく背中を晒す姿は、アルケイスが現れた際のパターンと変わらない。
声の主については、間違いなく星辰者だ。こういう趣向をしている男について、アルケイスは心当たりがある。
「おお、逃げるのか夜の目よ! 自らの行いに背を向けるというのか、ネズミよ! ならば――」
異常が起こる。空間が歪み、逃げた男の後ろ姿が掠れる。
「消えるがいい!」
そうなった。
いや、彼だけではない。獣人の方も、跡形もなく消滅している。痕跡すら残っていなくて、幻覚を見ていたんじゃないかと自分を疑いたくなった。
そこに、堂々と近付いてくる足音が一つ。
二人の男を消滅させた星辰者だ。アルケイスと同じ紫色の外套を纏っている。両手に武器はなく、大衆へ語り掛ける詩人のように軽く持ち上げていた。
先ほどの言葉がよほど気に入っていたのか。男は微笑を浮かべながら、自身の成果に一瞥を送る。
「とまあ、こんなところだ、少年よ。自己紹介は必要かね?」
「……いいえ、名前も能力も知ってますから、結構ですよ。ヘロドースさん」
「ほう」
大胆不敵な笑み。これ以上の会話は無駄か、彼は冷静に現実を把握している。アルケイスとの相性が悪いことも、当然ながら分かっている。
星辰者・ヘロドース。有する異能は、音を形にする力。
さっきの口上はそれが理由だ。威力と範囲は、長ければ長いほど追加される。まったくの無言で発動することは不可能で、それがアルケイスと相性が悪いことを裏付けていた。
接近されれば彼に勝ち目はない。アルケイスと違って、一瞬で起こせる身体能力の強化もない。異能の効果は最長でも数分間だった筈。
「……これは残念、まことに残念だ。君の愛する姫君を狩り場へ追い込めば、私は直後に殺されてしまう。万事休す、とはまさにこのことだね?」
「僕が来るって、知ってたんじゃないんですか?」
「ああ、時間が戻る前も近くにいたからね。だから姫君を探し出し、連れ去ろうと計画したわけだが――」
肩を竦めつつ、ヘロドースは首を横に振った。どうやらレアラは、まだ発見されていないらしい。この男さえ排除すれば、彼女を救う道は開ける。
姿勢を低くし、アルケイスは己が異能を駆動させた。
しかし。
「申し訳ないが、君の相手をするつもりはないのだ。……ふふ、先ほどはネズミだと言ったが、今回は私がネズミのようだね。君は勇敢な鷹だ。あるのは必然の弱肉強食であり、君の勝利と私の敗北さ」
パチン、と指を鳴らす詩の星辰者。
それだけで、アルケイスの視界は閉じられる。
時間回帰だ。




