26 別れと覚悟と Ⅲ
短すぎる宣戦布告。
求められているのは、戦いの意思を固めることだけだ。
「やる気満々だねー。……穴が塞がれた所為で使徒魔獣は出せないけど、それでもアタシの方が強いと思うよ?」
「左様で」
「――うん、分かってるんならいいや」
肩の力を抜いて、一息。
「お休み」
アルケイス目掛けて、斬撃が降ってくる。
予備動作も何もない一撃だった。厳密にいえば、それが斬撃かどうかも分からない。急速に空間が歪み、それが裂けたように映っていた。
異能の一つ『万華鏡』による並行世界の操作。
レラアの周囲は、形のない力によって覆われている。
「ここから何が出てくるかは、君が抵抗してのお楽しみってね。――なるべく痛くしないようにはするけど、手足の一本や二本は勘弁だよ?」
「っ……!」
ナイフを構える隙すらない。
半ば直感に任せて、アルケイスは襲いかかる斬撃を回避する。
「――ミュトリオンさん、下がってください!」
「いや、でもお前……」
「いいですから! 控えめに言って邪魔です!」
「ぐ」
反論の余地もなく、伯父は建物の向こうへと消えていく。
直後。
「――え」
突如、穴の中から出現した巨大な刃。
それがレアラの身体を、真っ二つに貫いている。
「うそ、でしょ……? 約束が、ちが、う」
「れ、レアラ様っ!?」
「っ、く――」
鮮血の中に、彼女はゆっくりと溺れていく。
故に、時間回帰が発動した。
―――――――――
「……」
予定されていた通り、意識が戻ったのは早朝だった。
部屋の風景は何一つ変わっていない。……いつまで経っても、起こしに来る少女がいないことを覗けば、だが。
代わりに来たのは一人のメイドだった。朝食の用意が整ったとかで、直ぐ来るようにとのことである。
「やっぱりユノは、いないのかな?」
神の呪い。それを前にして、彼女は消滅してしまったんだろうか?
確認したいことが多いまま、アルケイスはいつもの格好に着替える。寝る前に外套をかけておいた場所には、別の色の外套がかけられていた。
赤と紫。皇帝に連なる者の証である。
どうやらこの世界において、アルケイスは相応の地位を手に入れているらしい。実の子か、それとも養子か。ハッキリさせるためにも、まずは部屋から出なければ。
宮殿の作りそのものは変化しておらず、食堂までは真っ直ぐに向かえる。途中、恭しく頭を下げてくる人達には、反応に困るのが本音だった。
「失礼します」
居間の前で待機していたメイドに連れられ、アルケイスは中に。
待っていたのは肝心の朝食と、いつも通りの表情を浮かべているジュピテルだった。娘がいないことを不思議に思っていないようで、こちらを見る目にも変化はない。
「おはよう、アルケイス。ほら、早く席につきなさい。皆、待っているだろうからね」
「は、はあ」
椅子を引いてくれるメイドに従って、アルケイスはジュピテルの正面に腰を下ろした。
パンを中心にした食事は、やはりこれまでと変わらない。一番の変化はユノがいないことだが、やはり彼は気付いていないようだた。――呪いによって世界から存在が消滅したのは、紛れもない事実なんだろう。
「どうしたんだい、ボーっとして。昨日、神剣の試し打ちをした反動かな?」
「――は?」
「? 何を不思議そうな顔をしてるんだ? 昨日、神剣を使ったじゃないか。その影響で体調がすぐれないのかい?」
「い、いや、そうではなく……」
必死に言葉を探る。神剣? 試し打ち? 皇帝の親戚ですらないアルケイスが、そんなことをやらせてもらえる機会などあるのか?
もっとも、この世界は自分が知っているものとは違う。判明した情報はそのまま受け取った方がいいんだろう。
「えっと、父上?」
「お、おいおい、本当にどうしたんだい? 君は僕の養子だろう? 10年前から」
「――あ、ああ、そうでしたね」
「?」
ジュピテルは怪訝そうな顔付きのまま、変わらず食事を続けていく。
どうやら自分は、ミュトリオンではなくジュピテルに引き取られたらしい。神剣の試し打ち、については理解できない部分があるが、養子になったことで何かしらの手続きを踏んだんだろう。
「え、ええっと、父上。どうして僕は、神剣を使えるんでしたっけ?」
「養子になった時、儀式をやっただろう? そのお陰だよ。皇帝に子がいない場合の緊急処置だから、濫りに使用できるわけではないけれどね」
「ど、どうして僕に……?」
「いやほら、私はこの血筋だろう? だから君に託そうと思ったわけさ。星辰者ってことで軍との対立は深まるだろうが……他の選択肢もなかったしね」
「な、なるほど」
頷くアルケイスだが、ジュピテルは未だ疑念の目を向けていた。
ともあれ詳細は掴めたのだ。これ以上の問いは怪しまれるだけだろうし、時間を置いて尋ねるとしよう。
即席の親子は、静かに朝食を進めていく。いつもなら少しは会話を楽しむのだが、いまは他の悩みで頭が一杯だった。
「――アルケイス、本当に大丈夫かい?」
「え、ええ、大丈夫です。変な夢を見たもので、申し訳ありません」
「ふむ、ならいいのだが……では、僕は先に行っているよ。君も急いで、しかし焦らずにね」
部屋を出ていくジュピテル。残されたアルケイスは一人、急いでパンを頬張っていく。色々と調べたいことはあるが、朝の行事さえ終わってしまえば時間は取れるはず。
「よお、アルケイス!」
「!?」
陽気な声で扉をぶち開けたのは、ミュトリオンその人だった。こちらの世界でも変わっていない格好に、思わず安心感を抱きたくなる。
しかし、アルケイスの心は一瞬で凍った。
スカーフ。
黒衣と一番最初に対峙した時、犯人の証拠にしたものをミュトリオンが身につけている。
「お、伯父さん、それ――」
「ん? ああ、カミさんの形見だよ。今さらどうした?」
「い、いえ」
思えば。黒衣を脱いだ際、レアラは村のスカーフをつけていなかった。
そもそも彼女は使徒魔獣に変身するような真似に出ていない。行ったのはあくまでも召喚であり、使徒魔獣の存在は別にある。
「……」
まさかの予測が、脳裏を過った。
ミュトリオンに自覚はないようで、甥の向ける猜疑心に首を傾げている。……尋ねたところで無駄に終わるのだと、一目で分かる人畜無害ぶり。
ただの偶然、実際には無関係なら、アルケイスもそれで良かった。伯父が敵だなんて、悪い冗談でしかないんだから。
「ところでよ、前の話は考えてくれたか?」
「ま、前の話?」
「おうよ」
際どい内容を話すんだろう。彼は周囲に人がいないことを確認しつつ、アルケイスの耳に一言囁く。
「10年前の事件を変える計画だよ」
「――」
「確かに抵抗感があるのは分かる。失敗したら、どんな時間に飛ばされるかどうか分かんねえしな。……でもよ、成功すれば沢山の人が救われる。お前の両親だって、生き返るかもしれねえ」
な? と伯父は誇らしげに語ってきた。
10年前への跳躍、失敗――ミュトリオンとレオン・ネメアがイコールだった場合、その活動期間だけが謎だった。彼が生まれるより前から活動していたとなると、どうやっても関連性は作れないから。
しかし、いまの言葉で疑問は解けている。
信じたくない。信じたくないが――
『気付いちまったんなら、仕方ねえ』
「!?」
出所不明な、居間全体に反響する声。自分が独りでに喋ったとでも思ったのか、ここにいるミュトリオンはただ困惑している。
直後、空間を裂いて巨大な腕が出現した。
「っ……!」
「伯父さん!」
腕はこの世界の伯父を攫うと、亀裂の奥へ消えていく。――残されたのは鼓動だけ。宮殿そのものを打ち鳴らす鼓動が、少しづつ大きくなっていく。応じて亀裂から走るヒビも深くなっていった。
ガラスが粉砕されるような快音。
中から突き破って現れたのは、かつて剣聖と呼ばれた男の末路だった。




