25 別れと覚悟と Ⅱ
「――ふん、皇女様は随分と元気だね。もう立ってるのもやっとじゃない?」
「当然です。故に貴方と遭遇することへ望みを託していたのですが……博打は私が勝利したようですね」
「なに考えてるの?」
単純です、とユノは構えていた神剣を降ろす。戦闘の放棄を比喩しているような行動に、レアラだけでなくアルケイスまでもが疑念を抱いた。
「帝都の中央区に、巨大な穴が出現しました。そこに私を連れて行って下さい」
「……協力するってこと?」
「貴方の目的については存じませんが、そう捕えてくださっても結構です」
聞いた瞬間、嫌な予感しかしなかった。だって彼女は満身創痍の筈。にも関わらず敵の本命へ向かって、どんな抵抗をするっていうんだろう。
玉砕――その二文字が頭を過った。ユノはいつも通りの無表情だが、どこかに思い詰めた感じがあるのも否定しきれない。
「いいよ」
「恩にきます」
アルケイスの憂慮を無視して、女性陣は決定を下していた。
四方に敵の使徒魔獣が群がってくるが、レアラにとっては何でもない。これまで通り増援を呼び出し、力には力で対処していく。
「じゃあ行こっか、皇女様。アルケイスのことはアタシが面倒みてあげるから、心配しないでね?」
「ええ、どうぞ好きになさってください。まあこんなに優柔不断な男ですから、貴方が幸せになれるかどうかは保証しませんので」
どこか投げやりな返答さえ、アルケイスが知っているユノだった。
限界であろう身体を押して、彼女は使徒魔獣の前に立つ。レアラが呼び出している数で十分足止めは出来ているが、突破力には欠けているのが現状だった。
「――神剣、展開」
短く、ユノは己に命令する。
変化は大地にあった。複雑な模様を刻んだ円陣が、彼女を中心に広がっている。――だが、そこに神の威光はない。許されない使用者を前に、荒れ狂うような稲光を放つだけだ。
それでもユノは退かない。陣が回転するのに合わせて光が強くなろうと、身動き一つせずに堪えている。
「っ……」
たとえ、血を吐き出したのだとしても。
鋼の意思は、下した決断を誤らない。
「ユノっ!!」
独り善がりはどちらなのか。アルケイスはレオン・ネメアから飛び降り、呪いの渦中にいる皇女へ近付く。
しかし許されたのは途中まで。巨大な円陣の中には、入ることを許されなかった。
「下がっていてください。これは私の仕事です」
「だ、だからってこれ以上する必要はないでしょ!? 呪いが悪化すれば――」
「私の存在そのものが抹消されるでしょうね。今後、時間回帰を発動させようと修復される可能性は皆無でしょう」
「だったら……!」
「故に私の仕事なのです。――残念ですが、これでも皇女でして。国を見捨てるのはどうにも我慢ならないのです。たとえ愚かだと罵られようと、そういう思考なのです、私は」
「……」
言い返さなければ、ならない。
でもだからって何になるのか。この段階で、既に彼女は神剣を使い込んでいる。もし止めたとしても、呪いは確実に命を奪うだろう。
信念の先。誇りに命を賭した、代償として。
「――何か言いたそうですね。今ならどんな罵詈雑言でも無料ですよ? さあさあ、日頃の鬱憤を込めてどうぞ」
「……怖くないの?」
「怖いですけど?」
淡々と、少女は本音を口にする。
「でもそれ以上に、私は私を裏切って過ごすことが恐ろしい。……情けない限りです。貴方に背負えと言っておきながら、私自身が過ちを許容できないとは」
「でも、それが人間でしょ?」
「でしょうね」
肯定するユノの表情は伺えない。どんなに苦しそうな顔をしているのか、あるいは割り切った表情をしているのかも察しがつかない。
ただ、言葉は明朗だった。
「故に私は、その人間性に喰い殺される。希望に縋るわけでも、救済を待つことも出来ずに死ぬ。――私は貴方に、そうなって欲しくなかったのです」
「……」
「っと、何か来ますね」
予告を追う形で出現したのは、耳を弄するような轟音だった。これまでの定型から空を見上げるが、そちらにはコレといった変化もない。
代わりに大地が変形する。立っているのもやっとになる激震で、自然の生み出した形が変化していく。
見えたのは、巨大な穴だった。
底が覗けないほど、濃密な闇を詰め込んだ穴。立ってた使徒魔獣たちを飲み込んで、その規模は刻々と大きくなっていく。
「来たねえ、世界樹の防衛機能。神剣でぶった切らないと、この世界自体が飲み込まれちゃうから。お姫様、宜しくね」
「――」
ユノは答えない。自分に課した使命を遂行するべく、底知れぬ闇と向き合っている。
既に言葉を結ぶだけの余力もないのだろうか。一向に増していく神剣の光は、彼女の存在を全次元から消し去らんと苛烈を極めている。
「……ユノ」
「なんでしょう?」
「後悔は? 怒りはないの?」
「ありません。例外的にあるとすれば――」
剣をかざす。蓄積された世界の歪みに、その鉄槌を用意する。
「貴方が私の決断を、背負ってくれなかった時でしょうか」
あとは、光。
浄化の閃光が穴を裂く。黒が白で潰され、この世界から消滅していく。
後ろにいる観客には目を開けていることさえ許されない。――少女が消えていくその瞬間を、記憶に留めておくことすら出来なかった。
「ユノ……!」
手を伸ばす。
その頃にはもう、すべてが終わった後だった。
「――」
一瞬で静けさが戻ってくる。レオン・ネメアを含む使徒魔獣の姿がすべて消えていた。彼らが世界樹の防衛機構に連なっているということだろう。
辺りには誰もいない。ユノの功績が夢だったかのように、帝都の損害すら回復している。
「じゃあアルケイス、決めてもらおっか。アタシと一緒に真世界へ行くか、アタシを殺して時間回帰を発動させるか。まあ発動したって君には利益がないと思うけど」
「……回帰は起こせませんよ。せっかくユノが頑張ったんだから、再発しないようにしないと」
「とすると、アタシと一緒に来る気はないんだね?」
「はい」
離別になるのだとしても、構わない。
本来は交わらない存在同士。このまま別れてしまうのが、自然の成り行きなんだろう。――仮に幸せな未来があるんだとしても、受け入れる気にはなれなかった。
後悔がある。
もっと自分に力があれば、ユノの、レアラの結末を変えられたんじゃないかという後悔が。
そこから逃げるわけにはいかない。安易な方法で解決させたって、自分はちっとも強くなっていやしない。
だから、せめて。
自分自身に誇りが持てるまで、甘えるわけにはいかない。
「……ふうん、酷いなあ。アタシは少しも待てないっていうのに」
「謝りませんよ?」
「そらそうでしょ。ここで謝罪なんかしたら引っ叩いてた。――でもお陰で、余計に屈服させたくなっちゃった」




