24 別れと覚悟と Ⅰ
「い、急がないと……!」
「まーまー、落ち着いて。どれだけ頑張ったって、アタシは時間回帰を許可する気なんてないんだからさ。どうにかしたければ、アタシを殺すなりメロメロにするなりしないと」
「ふ、二つとも答え辛いんですが!?」
「スパッと反応されたら一貫の終わりだしねー」
確かに。こんな至近距離、不意打ちしようと思えば簡単だ。彼女自身は普通の少女なんだから、それこそ押し倒すだけで優位に立てる。押し倒すだけで。
そこまで考えて、アルケイスは頭の中を洗い流した。数分前の出来事が離れなくなる。
意識を集中させるべきなのは、少しずつ近付いていく広大な火の元へ、だ。敵の数はあまりにも多く、無数の山が帝都に出現したようにも見えてくる。
敵とも味方とも言えないレアラの作戦とは、一体どんなものなのか――不敵な笑みを浮かべたままの彼女へ、率直に問いかける。
「げっ」
その直前だった。彼女が平原の一角を見つめ、不都合そうな声を漏らしたのは。
レオン・ネメアもアルケイスも、揃って同じ方向を向く。確認できるのは逃げている一人と、それを猛追する数名の帝国兵だった。どちらも馬に乗っている。
一緒に帝都から逃げた――わけではあるまい。追われている誰かは背後を一瞥して、更にスピードを上げている。
「……伯父さん?」
見覚えのある髪形、適当に纏った外套。星辰者にあるまじき格好は、彼以外だとなかなかお目に掛かれるものではない。
何故追われているのか。疑問は即座に頭の中から吹っ飛んで、アルケイスを行動に駆り立てる。
「おっと、ここは少し我慢してね。アタシがどうにかしてあげるから」
「は?」
耳を疑うとはこのことか。しかしレアラが本気なようで、手下の使徒魔獣へ一斉に呼びかけている。呼彼らの方も、勇ましい雄叫びを上げていた。
図体に似合った跫音を響かせ、獅子は追撃者達へと進路を取る。効果は一瞬。彼らは反撃に出ることすらなく、帝都の方へと戻っていく。
驚いていたのはミュトリオンも同じだ。が、二人の姿を見るなり、落ち着いて馬から降りてくる。……当の馬は、完全に怯えきっていたが。
「お、おいおい、お前らどうしたんだよ……」
「いやその、これには色々ありまして」
「とりあえずこっち来たら? 別に取って食うようなことはしないからさー」
「そうは言ってもだな――」
やはりと言うべきか、使徒魔獣は強硬策に出た。アルケイスと同じように抓み上げ、自身の肩に乗せたのだ。
怯えている点を考慮したのか、前例に比べると慎重に扱っている。ミュトリオンの方にもそれは伝わったようで、暴れ出すような真似はしなかった。
「――おいちょっと待て! なんで帝都に向かうんだよ!?」
「そりゃあ、使徒魔獣を止めるために決まってんでしょ? 馬鹿なこと聞かないでよー」
「お、俺が怒られんのかよ……」
伯父は警戒心の抜けていた表情から一転、苦々しい形を浮かべるようになった。――紛れもなく正常な反応である。アルケイスだって、直ぐにでも逃げたいぐらいなんだから。
「ところでミュトリオンさん、どうして追われたんですか?」
「知るかよ。ヘロドースを医者に見せたら、その帰りにいきなり襲われたんだからな。こっちが聞きたいぐらいだぜ」
言って、やれやれと肩を竦める伯父。ヘロドースの話が聞けたのは良かったが、原因不明の襲撃というのも不気味だ。
でも案外、私怨だったりするのかもしれない。あるいはピアス将軍の関係者とか。もともと、保守的な帝国軍人の間では人気がなかった人だし。……まあ使徒魔獣に襲われる危険がある中、わざわざ追いかけるのも変な話だが。
逆説的に、それだけ重要な理由が付随していることになる。ジュピテルやユノなら知っていそうだが、この状況下では会うことさえ困難だ。
「オジさんも助けたし、行くとしますかね。数の暴力でどうにかなんでしょ」
「そ、そんなんでいいの……?」
大きく頷いて、レアラは指先を鳴らす。間髪入れず起こるレオン・ネメアの召喚。獅子の怒号は二重、三重にも広がっていく。
にも関わらず、帝都の使徒魔獣は構おうともしない。町を潰すことに熱心で、関心のないことには徹底して無関心を貫いていた。
「とっつげきー!」
朗らかな少女の掛け声で、彼らは一斉に行動を起こす。
こうなると、敵もさすがに無視を装いきれない。大剣による一撃が入った直後、怒りを露わにして反撃に出ている。
化け物と化け物が激突する構図。帝都に残っている人々からすれば、地獄絵図以外の何でもないだろう。
「それじゃあアタシ達も行こっか。本命を塞ぐことに関しては、お互い利益が得られるしねっ」
「……終わってからは?」
「これまで通りでしょ。アタシはこの世界を滅ぼそうとして、君は宙ぶらりんの状態で観戦する。どこもおかしなところはないよ」
「っ……」
平然と語るレアラの横顔に、嫌味は少しも感じない。アルケイスが罪悪感を覚えるのは、単に自分自身の問題だ。
無数の使徒魔獣を抑えつつ、一行は帝都へと突入する。ミュトリオンは困惑したままで、事情を説明してやらないのが不憫で仕方ない。
「ね、ねえ、伯父さんにも――」
「いいって、あの人には。どうせ戦力にならないんだからさー」
「……じゃあどうして助けに入ったの?」
「君がこの10年でお世話になったのと同じだよん?」
言われてようやく理解する。彼女がアルケイスの代わりに生き残ったのなら、その後に待っている出来事も似通っているんだろう。伯父が戦えない理由も、彼が味わった失望も見聞きしている。
――もしかするとレアラは、レアラではなく、アルケイスに近い人間なのかもしれない。もちろん性別の違いはあるが、人生の半分以上を同じ境遇、環境で過ごしている。
彼女は真世界を守ると、アルケイスを手に入れると言った。
そこにある感情は否定できるものじゃないんだろう。昨日、自分がこの世界にいるレアラを助けようとしたように。根本的な部分では、並行世界の彼女とかなり似通っている。
守りたいものがあって、犠牲を払えば手に入るのだとしたら。
アルケイスだって躊躇はしなかった。レアラに平穏を与えることが出来るのなら、自分の周りにある様々を犠牲にしていたかもしれない。
あの時。戻ろうと口にした彼女を、否定したように。
「――レオン、下がって!」
帝都の入った直後。これまでの余裕からは一転、張り詰めた抑揚でレアラは指示を飛ばす。
従おうとする使徒魔獣だが、敵の方が一手先だったらしい。空いている左腕が跳ね飛ばされ、大量の血液で町が染まる。
高速で再生する筈の傷は、どうしてか治らない。
「ユノ!」
「……難しい事情があるようですね、これは」
神剣を担う皇女の姿。身体を蝕んでいる呪いの存在を余所に、凛とした姿で彼女は立っている。
天敵の出現により、レアラの表情へは影が差していた。使徒魔獣の方も、心なしか気圧されている。得物を手にしようとする気配もない。




