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主要人物の生命は保証しませんがよろしいですか?  作者: 軌跡
第一章 悲劇か、それとも
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22 世界を超えて Ⅴ

 家の外に向かうレアラを、アルケイスは愛おしげに眺めている。もちろん彼女はどこ吹く風。恐れる対象など一つもないだろうに、用心深そうにドアを動かしていく。


「あちゃー、他のヤツまで来ちゃったか。こりゃあマズイね。向こうも気付くかも……」


「な、何のこと?」


「いや、ほら」


 見事な金髪に目を奪われながら、レアラの隣から外を覗き込む。

 特別、村に変化はない。時代から取り残された寂寥感が一杯で、人が生活していた光景を想うことすら困難だ。

 平原との境界線になっている深い森からは、レアラが連れてきた使徒魔獣が頭を出している。――空にいる何かへ、刺すような威嚇を浴びせながら。


 つられて視線をずらすと、網膜に映るのは巨大な鳥だった。

 それなりの高度を飛んでいるようだが、地上からでも別格の巨体ぶりが分かる。もし降りてくれば、羽ばたき一つで二人がいる家は吹き飛ぶだろう。

 しかし今のところ、鳥は降りようとしてこない。旋回を挟みながら、帝都方面へと向かっていく。


「あれは……」


「使徒魔獣だよ。歪みが極限に達してるから、我慢できずに来たんだろうねー」


「ゆ、歪み?」


 詳細を尋ねようとしたところで、その必要はなくなった。

 突然引き裂かれた空。濃密な闇を突き破ってくるのは、また別の使徒魔獣だった。今度は鳥ではなくイノシシである。

 飛行能力など持たないソレは、轟音を立てて森の向こうにある平原へ落下。地響きを伴っている足音は、徐々に遠くなっていく。


「み、みんな帝都に……?」


「だろうね。歪みの中心である帝都を潰せば、この世界も終わりだろうから。……ここまで使徒魔獣が発生するとは思って無かったけど」


「――どういうことですか?」


「知りたい?」


 でも証明がねー、と口にした先からレアラは愚痴を零している。疑問で頭が一杯のアルケイスは、もうどうでもいいから教えて欲しい気分だった。

 表情にも出ていたんだろう。横目を使う彼女は、溜め息のあとに前置きを作る。


「原理とか証拠とか、そういうのは求めないでね? アタシだって信じられない部分はあるんだからさ」


「……大丈夫。僕も星辰者だから、並大抵のことじゃ驚きません」


「聞いてもいないのによく言えるねー。じゃあざっくり説明するけどさ、いまアタシ達がいる世界は箱庭なの。時間回帰で作られた、本来の世界から隔離された空間」


「か、隔離?」


「この世界は時限回帰で過去を変えてるでしょ? 影響って結構大きくてさー。使徒魔獣はそのお陰で出現したりするから、原因は隔離しておかないといけないの」


「ちょ、ちょっと待って!」


 理解が追いつかない。重要な情報がいくつも欠けている。特にその、本来の世界、とやらについてだ。


「ど、どういう関係なんです? 本来の世界、ってやつと、この世界って」


「えっと……木と枝、みたいな? ほら、時間回帰で過去を変えれば、存在する未来の数は増えるでしょ? つまり、いろんな方向に枝が伸びる。君達はうちの一つを選んで、実を結ぼうとする。帝国の絶対的な繁栄を選んでね」


「は、はい」


「でも枝が生えすぎたり、実が成りすぎたらどう? 木はたくさん栄養が必要になる。足りなければ実が小さくなるか、木そのものが枯れる、と。ここまではいい?」


 ときおり空を見上げながら、アルケイスは二つ返事を送る。使徒魔獣は『樹の民』の村には来ないが、新たな出現と帝都への行進を続けていた。

 皆を助けにいかないと――心から思う反面、レアラやレオン・ネメアが気掛かりだった。望んでいる復讐と正反対の行動、許してくれるわけがない。


「栄養不足を防ぐため、木は最小限の果実しか作らない。だから意に沿わない実については、切り落として間引く。つまり隔離するわけ」


「……この例えの中じゃ、果実は強引に育ったりするんですね? 木の栄養状態も考慮しないで」


「その通り。だから栄養を吸われ過ぎないよう、適度に使徒魔獣で滅ぼしてるってわけ。アイツら、要するに庭師のハサミだよ」


「――」


 納得の表現だったが、そんなに優しいモノには見えてこない。

 落ち着いて、レアラの説明を改めてまとめてみる。――時間回帰によって無数の未来、つまり並行世界が誕生してしまった。過剰なまでに誕生した世界は、大本の世界に悪影響を与えている、と。


 使徒魔獣はそれを危惧した、世界そのものの守護者なんだろう。アルケイスがいる世界を除く、大多数が持つ生存の意思だ。


「でも使徒魔獣も暴走気味でさー。アタシが生まれた本来の世界――真世界っていうんだけどね? そっちにも攻撃してくる始末なんだよね」


「だ、だから、分岐した世界を減らすって?」


「そ。出来るなら使徒魔獣が増える前に決着したかったんだけど……こりゃあ影響大きそうだねー。真世界の方にも来ちゃうかも」


 呑気に語っているレアラだが、どれほどの危険を孕んでいるのかは想像もつかない。その真世界とやらでも、神剣に関する問題が浮上していないとは限らないし。

 見ず知らずの他人のために死ね――帝都に突き付けられたのは、まったく予期していない次元からの干渉。


 断って当然の要求だった。レアラの説明には、証明できる要素が一つもない。確かに大きく異なる並行世界は存在するんだろうが、そのために命を捧げろだなんて。


「……納得できません。見ず知らずの人を助けるため、レアラ様は皆に死ねと?」


「そうだよ? だって君達は紛い物、鏡に映ってるだけの人間なんだからさ。真世界が消えたら、他だって道連れになる可能性は高いんだし」


「でも――」


「反論は意味ないよー。アタシは罪の意識なんて、これっぽっちも無いから」


「……」


 口元を緩めている彼女には、十分なぐらいの説得力がある。こちらがが納得できないのと同じだ。それぞれ別の環境で生きてきたんだから、本質的に驚くことではない。


 その一方で、レアラはアルケイスを生かそうとしている。

 大切な人だから、の一言で済むほど、その情熱は浅くないんだろう。……大体、真世界とやらに並行世界の住人を連れて行っていいのか、彼女は語らなかった。承知の上で過ちを犯そうとしていることも考えられる。

 少なくとも。

 アルケイスが知る幼馴染は、自分の我儘を曲げない人物だった。


「まあ気にしなくていいよ。そもそも『樹の民』にとっちゃ、使命みたいなもんだしね」


「ど、どういうことです?」


「んーと、アタシも詳しくは知らないんだけどね? 並行世界もひっくるめて、この世界樹、っていうのが色んな次元を管理してるんだって。で、その管理に片足突っ込んでるのが『樹の民』ってこと」


「……聞いたことないんですけど?」


「そりゃあ極秘だからねえ。こっちのアタシも知ってたとは思うけど、口止めされてたんじゃないかな。あ、帝国議会の一部議員も知ってるかも」


 不意に、エステュ区の老店主が言っていたことを思い出す。

 帝国議会にとって、『樹の民』は本当に敬うべき存在だったんだろう。だから交渉の中で、自分たち並行世界の存続を訴えた――のだろうか?


 確証は持てない。それが村を滅ぼすことに繋がったのかも、どこか腑に落ちなかった。

 だって、いまアルケイスと話しているレアラも、村が滅びたと言っている。大本である真世界の段階で、『樹の民』は滅亡の危機に襲われたのだ。


 何か、他の事情がある。並行世界の存続が関わっていない、何か別の要因が。

 もちろん真世界のことなんて未知でしかないので、これまた断定は難しい。ひょっとしたら、向こう限定での事情があったのかも知れないし。


「――あの、どうして村は襲われたんでしょうか?」


 不謹慎なのを踏まえつつも、疑問の声は出てしまう。

 レアラは堅く口を結んで答えようとしなかった。じっと大空の使徒魔獣を見上げて、アルケイスの存在など眼中にすら入れていない。

 彼女は何かを憂いている様子だった。空を見上げる中、レオン・ネメアへ目を配ることもある。


「……ねえ、ちょっと平原に出てみない?」


「え、逃げていいってことですか?」


「ふうん、そんなこと考えてるんだ。――じゃあ、さ」


 トン、と当たる指先。あの全身が火照る感覚が、また襲ってくる。

 お陰で力が上手く入らなくて、簡単に尻餅をついてしまった。犯人であるレアラは一言も介さず見下ろすだけ。


 口元を嬉しさで緩めて、彼女はゆっくりと近付いてきた。急いで起き上がろうとするアルケイスだが、また指先で押されて仰け反ってしまう。


「あー、これ、結構面白いかもね。えいっ、えいっ」


「ちょ、止め、がっ」


「あはは、さすがに辛いかな? 自慢の異能で流してくれてもいいんだけど?」


「っ――」


 発動させようとして、意識を集中させる。が、レアラの扇情的な眼差しに惹きつけられて、それどころじゃなくなっていた。

 彼女は腰の上に座ると、徐々に身体を倒してくる。抵抗しようとする両手は抑えつけられて、反撃のしようがない。

 熱に浮かれているような顔で、少女は舌舐めずりを見せつけてくる。


「面倒だから、さっさと君のこと、食べちゃおっかな。キスもしたんだし、今さらだよね?」


「ちょっと、ま……」


「無理しなくていいよ。なんだかキスだけじゃご不満、って顔だし。……それとも、実は慣れてるとか? やっぱり皇女さんとは付き合ってるの?」


「べ、別に、あの人とは何も――」


「だったらいいよね、アタシが初めてでも」


 満面の笑みを浮かべるレアラは、獲物を手に入れた捕食者そのものだった。断片的に覗く狂気が、喰われる側の手足を強張らせる。

 わっと全身から汗が噴き出てきた。それが興奮によるものか、過ちを前にしたことでの冷や汗なのかは分からない。

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