表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主要人物の生命は保証しませんがよろしいですか?  作者: 軌跡
第一章 悲劇か、それとも
13/27

13 帝都アウグストス Ⅳ

「まあ自力で復活したようで何よりです。まともに戦えない犬を雇うほど、帝国は寛容でもありませんからね」


「あ、ああ、そうだね」


 もう少し甘い台詞が出るかと思っていたが、壮大な空振りだった。

 アルケイスは軽く息をついて姿勢を戻す。……何気なくユノの方を一瞥してみるが、やはり彼女はいつも通りだった。冷静で、何を考えているのか読めない顔。でも今はそれすら、分厚い仮面に見えてしまう。


「……」


 動きのない空間で、その美貌に改めて目を奪われた。

 まるで、高名な芸術家が生み出した彫刻のよう。度の過ぎた完成度はどこか現実味がなく、老いという概念すら跳ね退ける気高さがある。


 ……魅入ってしまった瞬間から、時間の経過は分からなくなっていた。彼女の方でも、アルケイスの眼差しを拒否しない。自分に向けられるのは当然だと言うように、凛とした背筋を崩さない。

 ただそこにいるだけで、ユノに関わろうとするすべてが魅了される。


 女たちの嫉妬すら彼女には届かないだろう。月のように静かな、けれど確かな存在感は、人間の情念程度では揺らがない。それは自身の美しさを自覚する者に許された、一種の挑発的な態度でもある。


 昨夜、彼女と一つ屋根の下で寝たなんて信じられない。もちろん部屋は違っていたわけだが、どちらにせよ男達からはブーイングを浴びるだろう。護衛の任についているだけでも大罪である。


「――アルケイス」


「っ!?」


 唐突な呼びかけに、思わず両肩が跳ね上がった。


「穴が開きそうなので、少し見つめるのは控えてください。ここは神聖な場所なんですから」


「え、あ、ご、ごめん!」


 どうも気付かれていたらしい。アルケイスは即席の謝罪を口にして、ユノから視線を反らすことに努めてみる。

 だがどうも上手くいかない。ついでに言うと、彼女の発言も気掛かりだった。教会のことを示した最後の一言が、言い訳じみたものに聞こえたのだ。


 時間と場所を弁えれば、続けても構わないと――

 そこまで考えて、邪な考えを払おうとと首を振る。相手は皇女だ、妄りに触れていい相手じゃない。


「皇女殿下、少年、使徒魔獣について続報が――ぬ?」


 戻ってきたヘロドースは、二人の間にある妙な空気を感じ取ったらしい。なるほど、と頷きながら――踵を返してしまった。


「これは失礼、お取り込み中でしたか。私のことは構わず、どうぞ親睦を――」


「もう終わりですヘロドース。続報を聞かせてください」


「おや?」


 いいのかね? と彼は表情で問いかけてくる。よくない、と返したいアルケイスだが、情報を無視できないのも事実。流れに従った方が良さそうだ。


「まさかとは思いますが、もう使徒魔獣が?」


「いえ、そうではありません。出現する時間が特定できたぐらいですな。今から数十分後、ということです」


「数十分……」


 皇女に見惚れている場合ではなさそうだ。

 ヘロドースは席につかず、そのまま裏口へと急いでいく。後続はユノ、アルケイスという順番。決意に満ちた皇女の背中には、少年の羨望が向けられたままだった。


 彼女と同じぐらい力強く、自分を認めて生きていきたい。

 憧れの生みだす力が、歩みから迷いを消していた。



―――――――――



 時間こそ分かっても、出現位置が判明していなければ人は動かせない。

 そこで役に立つのが帝国お得意の時間回帰だ。ある程度の準備は必要になるが、頻繁に使用する力のため抜かりはない。


「回帰の基準は、今朝に設定されたらしい。これでどこに出てこようと、私達がカバーできるというわけだな」


「い、意外と速かったですね。いつもだったらグダグダしてるのに」


「仕方なかろう、多大な利益が絡む権限だ。帝国議会の議員達にとっては、そう簡単に頷けるものではないのだよ。記録によれば、承認に一月かかったものもあるそうしな」


「困ったもんですね……」


 教会のベランダに立って、二人の男は帝都を見下ろしていた。中央区の全体も、当然ながら視界に収めることが出来る。


 国の脳ともいえる帝国議会の前には、数人の男達がたむろしていた。恐らく席を持っている議員だろう。可決された時間回帰の発動について論じているに違いない。


「……回帰は強力な分、面倒ですね。星辰者が単独で発動させる場合だって、安定のために準備が必要でしょう?」


「うむ、基準となる時間を指定・更新する、教会の祈祷だな。これを行わなければ、様々な時間軸から干渉を受ける羽目になる。故に星辰者の力を司る神へ、この時間軸で問題ありません、と印を押してもらうわけだ」


「不思議な話ですね……なんでしたっけ、我々の生きている現在、経過した過去は確定しているが、未来は常に不確定である、でしたっけ?」


「教会が最初期に語った、時間回帰という現象の概要だな。これによって、基準より過去の時代へ向かうことが禁忌となった。確定した現在を変更すれば、多大な被害と混乱を及ぼすとしてな」


 もし行えばどうなるか、真相は記録の中にしか記されていない。帝国史上最大の内乱を引き起こし、多くの市民や軍人、星辰者が死亡したそうだ。

 以降、時間回帰は厳しい制約のもとで連発されている。……一歩間違えば国を滅亡させていた力なのに、なおも使用するのは帝国人の強欲さ故か。


「まあ最悪の事態は避けられた。あとは我々の領域だよ、少年」


「……そうですね」


 目を光らせて、帝都の異常を確認する。といっても、建物がこれでもかとばかりに詰め込まれた都市だ。ここから確認するにしても限りがある。特に人の動きについては、各方面に散っている同僚が頼りだった。


 流れていく時間は、不気味なぐらいの静寂。出現の時間は刻一刻と近付いており、緊張感だけが一方的に上がっていく。


 高い位置から望む大通りは、これまでとまた違った迫力を見せていた。大勢の人々が淀みなく動き、潤滑剤のように帝都の活性化を促している。

 一方で違和を感じさせるものではあった。刹那の間で避難を求められるかもしれないのに、人々からは危機意識というものを感じない。


 きっと情報が伝わっていないんだろう。仮にどれだけの人間が死のうと、時間回帰でやり直せるのだから。

 加えて言えば、帝国人は痛みに慣れていない。町が襲われるなんて告知、しただけで大パニックの引き金になるだけだ。


「……町中に直接出る可能性って、無いんですか?」


「資料が少ないので何とも言えんが、可能性は低いだろう。もし出たとしても、使徒魔獣は出現の際に空間を裂いて現れる。かなり目立つとのことだ、駆けつけるには問題あるまい」


「ならいいんですが――」


 欄干に手を載せながら、アルケイスは改めて帝都の町並みを俯瞰する。

 規模はまったく違うって言うのに、何故か故郷の村を連想した。ここに来たばかりの頃は、視界に収まりきらない群衆に目を丸くしていたっけ。


「……あの、ヘロドースさんは、僕と同郷なんですか?」


「――」


 隣にいる彼は直ぐに答えなかった。触れて欲しくない話題だったようで、逆に息を飲んでいるのが伝わってくる。

 アルケイスは急かすでもなく待ち続けた。嫌なら嫌で構わないけど、教えてくれるならちゃんと聞きたい。……あの痛ましい事件について、知らない部分は多くあるからだ。


 その最たるものは、村が襲われた理由。

 復讐をする過程で情報を集めて、それだけがどうしても分からなかった。死に瀕した関係者に尋ねても、知らないの一点張りだったし。


「――ああ。私は少年と同じ村の出身だよ。といっても、過ごしたのは幼少期だけでね。人生のほとんどは帝都で過ごしてきた」


「じゃああの事件とは、直接的に関わっていないと?」


「いや、私は襲撃者の一人だよ」


 全身を強張らせる、その告白。

 思わずナイフを握りしめそうになる。が、手を下す気持ちにはなれなかった。彼に情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地があることは、任務の話をした際に感じている。

 もちろん下らない話であれば、直ぐにでも意思を断行するだろうが。


「私は別に、人質を取られたわけじゃなくてね。自主的に参加した者の一人だったんだが……まあ、今でも心は晴れないよ。別の方法があったのでは、と不意に思うんだ」


「じゃ、じゃあ知ってるんですか? 村が襲われた理由について」


「……」


 俯いたヘロドースは、口を動かそうとする気配がない。語るべきか否か、逡巡しているようではあるのだが。


「――駄目だ、やはり今は答えられない。少し考えを整理してからでいいかね? まあ、その前に君に殺されてしまうかもしれないが」


「……人をからかうんだったら、もう少し品のある台詞にしてください。何か事情、あったんでしょう?」


「事情、か。確かにあると言えばあった。しかし、それは彼らに危害を与えた原因だよ? 君にとっては正当性があると思うんだが、どうかな?」


 軽く両手を広げた、無防備なヘロドースと向き合う。

 それでもアルケイスは頷かない。伯父と同じように、既に何かを背負っている人間を突き落とす気にはなれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ