すべての始まり
月夜の晩。
開け放たれた窓から、月光が艶やかに床を照らしていた。銀色に染められた部屋に、柔らかい風が優雅に舞っている。
突如響いた悲痛な声が、すべてをかき乱した。
「お、お前が、な、ぜ……」
男の言葉は途切れた。剣が脂肪で膨れ上がった腹部を裂き、音もなく引き抜かれる。一瞬の間の後、月明かりに陰る液体が撒き散らされたビールのように飛び散った。
男の体は虫を追い払うかのごとく突き飛ばされ、乾いた絨毯のような音をたて床の上に転がった。もう呻き声すらあげぬ体を月光が静かに照らしだす。
男を見下ろす目は、じっと静かに蒼い光だけを映し出していた。
「陛下!!」
戸口の外で控えていた一人の護衛が異変を感じ部屋に飛びこんだ。
瞬間、護衛は肌が粟立つような殺気を感じた。辺りは気味が悪いほどの静けさに満ちている。
彼は身構え、腰の剣へと手を伸ばした。暗い部屋を用心深く見渡しながら、足音を忍ばせ奥の間に進む。護衛は息を呑んだ。
蒼い闇の中に佇む、人の影に驚いたからではない。その影が美しかったからだ。なびく長い髪。身体中から滴る黒い液体。月明かりに輝く白い四肢。その顔はよくは見えなくとも護衛には分かった。まるでこの世のものではないかのようだと。
護衛は暫し己の任務を忘れる程に妖艶な影の姿に目を奪われていた。
激しい風がガタガタと音を立て窓を揺らした。
護衛は、はっと我に帰り警戒をと、床に転がっている何かが目に入った。
影の足元にある黒い大きな塊。それが人間であるということに、彼は最初気がつかなかった。
だが雲から顔をだした月が光を増すと、次第にその形が浮き上がり、塊を映し出す。
「て、テオ……ヌマ……陛下!?」
護衛はその時始めて自分の愚かさに気づき、慌てて悲鳴のような警報を発した。