残念なお姫様・そのよん
よろしくお願いします。
「なんだかなー…。」
窓の外はすこぶるいい天気。室内もぽかぽかと暖かく、先程お昼を食べて満腹なのも相まってちょっとうとうとしてしまう。
ゴブラン織りのゴージャスな長椅子にもたれて、暇潰しの刺繍をちくちく刺す。
あ、意外とこういうの得意なんだよね。前世でも柔道着のほつれを繕ったり、学校の体操服入れる袋縫ったりしてたからさ。ちなみに今刺繍してるのはナマケモノね。猿だと思った?もうね、今の私の状況にぴったりなのよナマケモノ。
あれから5日、このゴージャスな部屋に軟禁されててさ。
5日前、あれよあれよという間にこの部屋に連れてこられて、テングザルさんが「ゴリラ殿下の用意が整い次第、顔合わせしますから。」って出ていって、専属の侍女として何人か紹介されてそれっきり。
お風呂もトイレも付いてるし、衣装部屋やら書斎なんぞもあるし、身の回りのことはぜんぶやってもらえて快適だけど、この限られたスペースから出るのは許されていない。
侍女さんたちも、あまり私と年の変わらない子より侍女頭ですか?ってくらい貫禄のあるおば…お姉さまのほうが多い。だからあんまり話し掛けにくくて困る。なんか、無駄口叩いたら叱られそうで。
だから私は今ナマケモノのようにだらだらと過ごしているしかないわけです。
おそろしく広くてふかふかなベッドで前回り受身の練習したり、観葉植物の飾られたジャングルっぽいお風呂場でゴリラよろしくドラミングしてみたり、こうして用途の分からない刺繍を刺してみたり。
暇過ぎてやることないわー。
ゴリラ王子忙しいのかなー。確か第2王子って言ってたよね。第1王子はなんて名前なんだろう。フサオマキザルとか?私全然王宮のこと知らないわ。王家御用達の商家だったのに、お得意様のことを知らないなんてひどいな。確か王妃様が懇意にしてくださっていたはず。んー、情報が足りんー。
こういうときスマホでぱぱっと調べられたらいいのになー。「リヒテンシュタイン王家 ゴリラ」で検索。便利だったなぁ。かといって、再現しようにも仕組みとかさっぱりだし。電気とか電波とか、目に見えないものを最初に見つけた人ってすごい。
こんこん、と控えめなノック音に我に返る。
「リリア様、ゴリラ殿下がお会いになるそうです。お支度を。」
おば…お姉さまが告げる言葉に自然と背筋が伸びる。ゴリラVSゴリラの火蓋が切って落とされたのだ…!
侍女さんたちに薔薇風呂で磨かれ、コルセットをぎゅうぎゅうに締め上げられ、パステルなグリーンのドレスを着せられ、髪の毛も緩く編み込んで軽くお化粧もしてもらい、決戦の場へ赴く。すでに虫の息だが、なんとか顔に出ないよう努める。
今までいた部屋からようやく出され、メガネザルな騎士様に連れられて応接間のような部屋に案内された。
謁見の間、みたいな仰々しい感じではなくてほっとする。割と落ち着いた雰囲気の趣味のよい部屋だ。紺色のベルベットのソファーに腰掛け、ゴリラ王子を待つこと5分ほど。ノックとともに入ってきたのは…なんとテングザルさんだった。
「!?…お、お初にお目に…」
「あ、違いますよ。私は只の公務員です。殿下でもなければ初対面でもありません。」
手をひらひらさせながら微笑むテングザルさん。ち、違ったか。ていうか、テングザルの区別もつかないからな…。オチャ○ミズ博士みたいな鼻が顔の半分を占めているから、余計に難易度がはねあがるんだよね。
「さあ、殿下。リリア嬢ですよ。」
そこにいんのかいゴリラ王子!
テングザルさんに促されて、一人入ってくる。うわー、冷や汗出るわー。
まず、身長はあまり高くないと思う。まあ、私とあんまり年の差はないはずだから、これから伸びるのかもしれないが。体型は、よくわからない。太ってはいないだろう。やっぱりよくわからない。顔も分からない。もうわかんなーい。
「申し訳ありません、リリア嬢。その、殿下は、シャイでして。」
テングザルさんの声がなんだか遠く響く。
だって、ゴリラ王子頭から足先までズタ袋被ってんだもん。
なんか目のあるあたりに穴があいてるけど中身は全然見えない。ごわごわした、麻っぽい袋に全身覆われて、夜道で出会ったらちょっとちびるかもしれないくらい異様である。
「お、お初にお目にかかります。リリア・ルーゼンベルクと申します?」
一応作法に則って礼をするが、溢れる疑問からついつい自己紹介が疑問系になってしまった。
「…よい。楽にせよ。私はゴリラ・フォン・リヒテンシュタイン。気軽にゴリラと呼ぶといい。」
まさかのゴリラ呼び推奨。
「で、殿下、その…。」
「ゴリラだ。」
「ご、ゴリラ様、…ぬんっ!」
吹き出しそうなところを堪えたら変な声でた。やばい。袋の中から訝しげな雰囲気が漏れている。まだ
緊張してますの、オホホホホとひきつる笑顔で強引に誤魔化し、立ち話もなんですから、とソファーにお互い腰掛ける。袋の裾から覗く靴は至って普通の革靴だった。
「あの、私を婚約者として迎えてくださる、とうかがいましたが…?」
早速切り出す。こんなの長くはもたないよ…。
「…その話は、私にとっても急な話であった。我が父上、国王陛下の独断で急遽決まったものなのだ。」
あー、そうそう。王命だーって言ってたよね。そこの壁と同化しようとしてるテングザルさんが。
「唐突な話で、戸惑ったことだろう。しかし、申し訳ないがこの話、受け入れてもらいたい。」
あら、殿下にも拒否権ないのかな。そもそも私んち、裕福だけど貴族じゃないのに。身分の差ありすぎじゃない?
そこで壁とお友達なテングザルさんが、こほんと咳払いと共に殿下に声を掛ける。
「殿下、そのようなお姿で婚約を強要するなど。後々に禍根を残します。…きちんとお顔をお見せして下さい。リリア嬢に失礼でしょう。」
禍根て!どんだけよ!?すんごいイケメン(前世基準)?それとも顔面土砂崩れか!?
殿下はしばし思い悩むように俯いていたが、ため息を一つ吐くと立ち上がり後ろを向いた。
「…今からこの袋を脱ぐ。貴女のような美しい女性に見せてよいものかどうか、わからぬ、が、是非、見ていただき、たい。」
途切れ途切れにそう伝えて、もぞもぞとズタ袋を脱ぎ出した。
やはり背はあまり高くない。私と同じくらい。髪はやはり長く、青みがかった銀の波は腰まで伸びて緩やかに揺れている。おすおずとこちらを振り向いた瞳は鮮やかな緑。少しつり目気味の瞳はぱっちりと大きく、濡れたような輝きを湛えている。
通った鼻筋、不安げに震える唇は艶やかで、細い眉はへにゃりと八の字に垂れている。
美少女だーーーーー!
イケメンてか美少女。庇護欲そそる系の美少女。なんかすんごいキラキラ光って見える。オーラすごい。胸は…ない。残念ないな。そうかーないかー。そうだよなー。えー。めちゃくちゃかわいいのにこれ男なのー?しかもゴリラなのー?ギャップ萌えってかギャップ激しすぎてもう、不憫だわー。
「…すまない。見苦しいものを…。や、やはり、貴女のような女性からすれば、私など恐ろしいばかりであろう。婚約など、破棄しても構わぬ。私から父上に話をつけるから。」
自嘲気味に、殿下は淡く微笑んで言う。
…どんだけブサイクに見えてるんだよ異世界。こんな美少女に、なんて顔させてんだよ異世界。全部諦めきったような、でも無理矢理トゲを飲み込んだような、痛々しい顔。
こんなの、いいわけあるか。優しい子じゃないか。こんなのいいわけねぇよ!
「お受けします。」
「ああ、分かった。父上にはきちんと…?え?」
ぱちくりと大きな目を更にかっぴらいて固まるゴリラ王子。
「う、受けるのか?いいのか?この、顔だぞ?」
「はい。…まずはお友達、というか、殿下のことをもっと教えていただきたいです。」
にっこり笑って言う。きちんと、恋愛感情を持って好きになれるかはわからないけど。
「…感謝する。」
泣きそうな笑顔で小さくありがとうを言う君となら、異世界も結婚もそんなに難しくなさそうだから。
「こちらこそ!」
ふつつかものですが、よろしくお願いします!
読んでいただき、ありがとうございました。