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機械=世界

 結論から言えば、パラレル・アサルターは光の速度を上回った。


 事前の気配、音、予備動作など諸々の手掛かりはあったが、それでもビームを躱しきったことに変わりはない。


「……ッぶねェ」


 冷や汗ものだ。組み付した相手の目から放たれたのは青白く輝くビーム光線。咄嗟の回避が直撃を避けたものの、こめかみの辺りを文字通り光の速さで過ぎ去っていったそれの熱で、装甲が溶かされてしまったのではないかと錯覚する。 


 顔の横をすり抜けていったビームはそのまま上へと伸び、頭上の首都高を撃ち抜いた。ビームの熱エネルギー故にか、高速道路のコンクリートは瞬間で融解し、オレンジ色の粘り気のある液体に変わってしまった。


「とことんロボットしてやがんなァ、てめ」


 ビームの行く末を見つめていたパラレル・アサルターが視線を真下へ戻すと、強烈な拳の一発が側頭部を殴打した。予想外の衝撃に横っ飛びのなって地面を転がる。体勢のおかげでめざましい威力はなかったが、それでも脳を直接揺すられたかのような感覚と衝撃。


「……さすがに効いたぜ」


 立場は逆転。状況は跪いたヒーローと、仁王立ちの敵の図へとあっという間に描き変えられていた。脳に響いた衝撃のせいでまだ視界は陽炎のように揺らめくが、鞭打って立ち上がる。むしろいつまでも座り込んでいる方が危険だった。


 嵐の左眼が再び青白く光を集め始める。極小の光粒が空間のどこから湧くように嵐へと吸い寄せられていく。パラレル・アサルターは自己の中で感覚的なカウントダウンとタイミング調整を始め、敵の極々些細な挙動にすら神経を張った。


 目映い閃光の炸裂に、視界のほとんどを奪われながらもパラレル・アサルターは攻撃の始点と終点を見切る。厚い鉄の板すらを易々と撃ち抜きかねないそのビーム攻撃を喰らえば、如何にヒーロースーツと言えど無事には済まないだろう。済むはずがない。


 背後で地面が焼き切れる音をしかと聞きながら、パラレル・アサルターは回避移動を取る。単なる平行移動や、飛び回転による回避移動では足りなかった。ビーム光は嵐の顔の動きに合わせてこちらを追ってくる。道路に刻まれた横断歩道の横縞を、車からではなくビームから逃れるために駆け抜ける。色の付かない二段信号機がこちらを他人事のように見下ろしていた。


「チッ……」


 横断歩道の途上で攻撃が止む。ビームが途切れた。振り返ってみれば、灼かれた道路が朱色に溶かされている。地面が流す血の様だ。


 四年近いヒーローキャリアの中でも五指には入る命の危機だった、と一息思い返すにはまだ事態は終わりの気配を見せていなかった。


「なんのつもりだ?」


 嵐は到底届くはずのない距離に達しながら、こちらへ向けて拳を突きだした。空手の正拳突きを思わせる構えだが、そこから打撃技が繰り出されるとは思えない。


 ライターを擦るような音が聞こえた。反射的に飛び上がったパラレル・アサルターの、そのすぐ足下が礫をばらまいて爆ぜた。鼓膜を裂くような爆発音。爆風に煽られて予想外の高さまで持ち上げられ、彼女は数年前に福岡へ行った時に味わった手榴弾の一撃を思い出す。嵐のこの得体の知れない攻撃はそれよりも遥かに威力を持っていた。


 体勢を立て直そうと身をよじれば、同じ宙に既に嵐の姿がある。左手は肘から先が消え、残った右手をこちらへ向ける。拳を突きだした構えだ。消えた左腕半分と爆発の意味を、コンマ数秒に至らない時間の間でパラレル・アサルターは理解した。


「……勇雄みてェなことしやがんなァ」


 再びライターを擦る様な音が聞こえる。かと思うと右手首が火を噴いた。比喩でも何でもない。文字通り肘から先が腕を離れ、火を噴き、ミサイルとなって射出されたのだ。パラレル・アサルターはそれを迅速にいなす。数多くの正拳突きやストレートパンチを捌いてきたことはあっても、兵器を壊さずに受け流すのは初めての経験だった。


 手の甲で外へ押し出されたミサイルは、軌道を変えて明後日の方向へと飛んでいき、すぐ脇に立っていた自動車の展示ショールームへと着弾する。一面のガラス窓を尽く破砕させ、衝撃波が展示されていた数台の車を建物の外へと強引に押し出した。


「派手なことすんなァ!」


 宙に浮いたまま睨み合うことほんの刹那。嵐の腹部素体が観音開きに開帳し、左右六連装ずつの小型ランチャーを覗かせる。弾頭は既に装填済み。


「……なんでもありかよ」


 左右六連装、計十二連のミサイルランチャーが一斉に火を噴く。全てをいなすことが不可能だと電光石火に察すると、パラレル・アサルターは天井代わりの首都高に足を付け、重力に逆らっての全力疾走で嵐から距離を取った。逃げながらも、その背後では着弾したミサイルたちがコンクリートの高速道路を木っ端微塵に爆砕させていく。全てを避けきって地面へ着地してみれば、ざっと見積もって十メートル。嵐とパラレル・アサルターとの間は、高速道路の瓦礫によって阻まれた。


 うずたかく積まれた石塊の山を見上げると、頂上には肩まで伸びた黒髪を靡かせてこちらを見下ろす嵐の姿がある。両肩からだらりと下げた細い腕は、既に新しいものに取り変わっている。肘から先が装填式だということに、思わず苦笑せずにはいられなかった。


「目からビームに、ミサイルパンチ。おまけに腹には十二連ミサイルランチャーか。全身兵器の少女たァ、どッかで見たことあるような奴だぜ」


 見上げる先で嵐は広げた右手をこちらに向けて突き出す。五本の指先が全てパラレル・アサルターの顔面を照準するような開き方。先ほどのアイビーム同様、青白い流体的な光がそのしなやかな指先に集まり始める。


「……まだ何かあるッてンのか?」


 訝しんだ途端、一際激しい光の閃きが起き、突き出された手指から五条の青白いビームが放たれた。それぞれ独立して動き、屈折してパラレル・アサルターへと迫る。彼女の持つバイザー状の眼部は、その全ての動きと速度を見切っていた。ランダムであり予測不能な、光線の間に身を滑らせる。近付くだけでも灼けそうになる熱線を、コイン一枚程度しかない間隔を挟んですり抜け、突如として方向を転換させる気まぐれな光線を回避した。意志的な力が介在しないだけに、非常に厄介。だがそれでもパラレル・アサルターは巧みに五本をやり過ごしつつ、光を越えかねない速さで、嵐めがけて瓦礫の山を駆け上がった。


「どーなッてやがンだァ、ッて顔してんな?」

「……」


 接触すると同時、嵐の手首を捻り上げ、その色のない瞳を覗き込む。


「……けッ。まァ、そんな顔はしねェか」


 機械仕掛けの無機質な表情のまま、彼女は空いた左手の指先をくいと動かした。右手と同じく青い光を寄せ始め、ゼロ距離からのビーム射撃を狙っているのは考えるまでもなく分かった。


「させねェよ」


 パラレル・アサルターも空いていた右手で、嵐の左手首を捻り上げる。のみならずへし折った。人の骨の折れる音とは違う、金属の質感を帯びた音が鈍く響いた。


「理解してんのかは知らねェが。まァ聞け。てめェじゃ私にゃ勝てねェ。ゼロ、ってわけじゃねェが、著しく低いな。いくら高出力高性能の武器兵器を身体中の隅から隅までに搭載していようが、そんなもの私の前じゃァただのガラクタだ」


 嵐の足が動く。反撃の動きと見た。すかさずパラレル・アサルターは装甲で強化された膝頭を、相手のがら空きになった腹部へと打ちつける。ヒビいるような音がしたのは、内部のランチャーの悲鳴だろう。


 膝蹴りと同時に捻り上げていた両手首を離して、瓦礫の山の反対側へと突き落とす。五メートル近い凹凸激斜を転げ落ち再び都道に叩きつけられたとき、彼女はおよそ人が立てるはずもないガシャンという音とともに大の字になった。


「いいこと教えてやるよ」


 パラレル・アサルターが見下げ、嵐が見上げる。勢力図はあっという間に書き換わり、そしてこれが揺るぎない図式になってしまっていた。


「私の能力は、ただ人のいない平行世界に人を連れ込むだけじゃねェ。連れ込むのはただの平行世界じゃなく、私の世界なんだよ。だからここではまず、わたしの身体は動きも力もその全てが強化を施される。ヒーロースーツが与えてくれるような、ヤワな強さじゃねェ。並の能力者相手なら一騎当千出来る、圧倒的な強さよォ!」


 まだ諦めていないのか、あるいは壊れるまで戦うようプログラミングされたのか、力の差を明らかにされてなお、破損だらけの筈の足を引きずって嵐は立ち上がった。


「まだやるッてンのか?」


 首を傾げて問いかけた。返事は無い。満身創痍、欠損甚だしい体躯をふらりと揺らしてはっきりと嵐はパラレル・アサルターを見上げた。


 一瞬、今まで何もなかった紛い物瞳に覚悟の色を見た。


 嵐の背部が開き、一斉にミサイル群が飛び出す。紫煙の尾を引いて射出された数は、目視で二十四。そのどれもがパラレル・アサルターを目指して宙を走った。それが嵐の持つ最大火力であり、最後の抗いだと知った。


 六発をいなし、六発を回避。足場の瓦礫を投げつけ、こちらへ辿り着く前に一発を爆破させると五発が誘爆した。


「私の能力にはもう一ついいことがある」


 淡と声を発する。正面から迫る弾頭の影は一発とない。だが、総射出数は狂いもなく二十四であり、つまりはまだ後六発残っているはずだ。


 身体の近くで爆発を受け、耳がばかになったよう。どこからか彼女を狙って迫る鉄の影も、最後の動力で瓦礫の山を登ってくる嵐の足音も聞こえない。


「私は私の世界を掌握している」


 直接見ずとも、聞かずとも。頭上より降り注いだ四発のミサイルを躱すのは至極簡単な事だった。連なった爆発の音と瓦解の音。衝撃が痛みとなって襲いかかり、目眩すら覚える。おまけに爆風で飛ばされた鉄片や石片が装甲に刺さるように当たった。


「つまりはこの世界で起きている全ての事象を知ってるって事だァ! 千変万化する状況を!  直接自分の五感で捉えていなくともォ! 私には全てが見えるンだァァァ!」


 残る二発は背後から。パラレル・アサルターは粉塵で見えなくなった真正面を見据えたまま、背後より襲いかかった最後のミサイルたちを、いなすでもなく、躱すでもなく、打ち落とすでもなく、左右に一発ずつ両手でつかみ取った。手を締め、節の刻まれた十指が懐中電灯くらいのミサイルを握りつぶす。まるで彼女の掌が爆発するように、鉄の塊が粉々に爆ぜた。


「わりィが、この世界で私を上回れるヤツは日本にゃいねェよ」


 完全に処理したことを示すよう、彼女は両掌を広げる。つるりとした緑色の装甲には欠損どころか、傷一つない。平然としていた。


 とどめを刺すべく粉塵の壁を突破してきた嵐も、流石に足を止める。万策尽きた、とでも言うかの如くであった。破れ去った服も、傷だらけになった素体も、関節部がいかれているであろう腕脚も、全てパラレル・アサルターにはないことが一方的な敗北と圧倒的な力の差を如実に表している。


「嘆くこたァねェ」


 動かなくなった嵐の首を両手で掴み、掲げあげた。彼女のつま先が垂れ下がって地面を擦る。それは逃げ出すために足場を求めていると言うよりも、擦れてしまうからしょうがなく擦っているという感じだった。


「まァ、愛してる愛してる言って自分の女を全身破壊兵器にするような男だった、ってことさ。あのクソ野郎は。今回の事だって、実は裏の目的があったんじゃねェのか? 復讐ってのは建前でよォ。てめェをわざわざロボットにして戦闘兵器に仕立て上げたのも、全ては自分の力を固めるためのものだった、ッつーことだな」


 締め上げたまま話しかける相手の顔は苦しむ様子もなく、悔しがる様子もない。戦闘兵器なのだった。


「これから壊そうとしてる相手に何言ってンだか……って……」


 笑った。気がした。戦闘が始まって以来一寸たりとも見せなかった笑顔を、嵐は広げた。気のせいか否か二度見すれば、ただ真一文字に結んだ口と細い瞳があるだけ。


「……笑うわけが」

「あなたは一つ……勘違いしている」


 はっきりと耳にした。力を込め掛けた指先を、パラレル・アサルターは思わず緩める。


「わたしは戦闘兵器ではない」

「……はァ? どっからどー見たッて」

「あの人が私にくれたのは戦かう力じゃない。白分を守るための力。弱いわたしが、一人でも生きていけるように。なおちゃんは、私を自分の力の為に作ったわけじゃない。なおちゃんは誰よりも、私を思ってくれている」


「そーかい。紛い物の身体、心になってまでそう思えるッてのは羨ましいねェ」


 両手指に力を込め直し、細いその首を砕いた。手の中の硬い感触は消えて柔らかくなり、嵐は頭を垂らす。とても作り物とは思えない黒髪が流れて、パラレル・アサルターの額に触れた。それきり嵐は眼球一つ、指先一つ動かなくなった。


「……まるで私が悪役みてェじゃねェかよ。後味わりィ」


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