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電子世界(ElectronicWORLD)
「ったく、なんで俺がこんなゲームに付き合わなきゃいけないんだよ・・・」
「そう言わないでさ!せっかく限定プレキャラ当たったんだから。君もやってみれば楽しいと思うよ?」
そう言いながらパソコンを起動させるのは隣に住んでいる小さい頃からの幼馴染だ。
「ほら、これつけて」
渡されたのは、ヘルメットの様なものだった。頭全体を包むような形で、目の前には薄い緑色のバイザーがついている。そして右側の耳あてのところから一本のコードが延びていて、パソコンに接続されている。
「(怪しすぎる・・・・。みんなこんなのをつけてゲームなんかしてるのか?)」
変に思いながらも、カポッと頭につける。するとヴオンと機械的な音が鳴り、目の前のバイザーに「Welcome to DimensionWorld Ouranos」と青い文字が出た。
そしてしばらくすると、名前を入力してくださいと言う女の人の声が聞こえてきた。
「これ、どうすりゃいいんだ?」
「あ、名前はどうする?」
「ん~、なんでもいいや」
面倒なので、全部任せることにしよう。どうせすぐ飽きるだろうし、名前なんてどうでもいいだろう。ということで、空返事で返す。
「じゃあ、そのままでいいよ。こっちで勝手に操作して、一緒にログインするから」
「わかった」
幼馴染はその返事を聞くと、目の前にあるパソコンのキーボードを操作して情報を入れていく。その行為を終えると、「ふぅ」と一度溜息をし、自分自身も同じようにヘルメットのようなものをつける。
「それじゃ、いくよー」
その声を聞きながら、俺、『清浄 剣』の意識はブラックアウトした。
第一話 接続開始
最初の景色は、どこか外国を思わせるような街だった。
「これが・・・ゲーム・・?」
とてもそうは思えなかった。街は本当にその場にいるようだし、水の音、風の音すら聴こえる。歩く人は普通に会話をし、橋の上を歩くカップルらしい二人連れはハンバーガーを仲良く食べている。
極めつけは、全身に感覚があることだ。唯一ゲームだとわかる部分は、目の前に広がる景色の右上に書いてあるHPとPPというバーと、その上にある名前らしき文字だった。
そこには『TURUGI』と書かれていた。
しばらくの間ボケーっとしていると、すぐ隣から声が聞こえた。
「ほらほら、言ったとおり凄いでしょ~!」
ちらりと見ると、そこには可愛い少女がいた。
目は赤い色をしていて、長い髪は水色だ。着ている服は胸に水色の胸当てが、腰には同じ色のアーマースカートをつけ、そこから伸びる足には水色のブーツ。そして肩には小さい羽のような肩当てがついていて、手首の部分には水晶がついた小手をつけている。
どう考えても表を歩けるような服ではない、この娘には羞恥心はないのかと思った時、その少女は口を開いた。
「もしも~し。け~ん~??」
え、その声は・・・。キョトンとして目をぱちくりさせる。
「お、お前、美咲・・・か?」
「はい?」
目の前の少女は何言ってんの?こいつ、と言いたそうな顔をすると、不服そうに頬を膨らませた。
「そうだよ~。他に誰がいるの??」
「え、えぇええええ!!お前、本当に!?」
驚いた俺は、少女を指差しながら叫んでしまった。どう見ても現実の三咲には似ていない。正直可愛いし、お姫様とかそんな雰囲気がする。すると、何人かの人が何事かとこちらを見ている。
「ちょっ!馬鹿っ!」
美咲は俺の手を引っ張り、その場から全力疾走で裏路地まで逃げた。裏路地まで逃げてきた俺たちは、互いに上がった息を整え、近くにある箱にどかっと腰を下ろす。ゲームで息が上がるなんてなぁ、と思っていると、いきなりゴツンと頭に衝撃が走った。
「痛った!!」
「痛ったじゃないわよっ!!いきなり街の真ん中で叫ぶなんて、何考えてんのっ!?」
ズキズキする頭を手でさすりながら、涙目で美咲を見る。かなり怒ってるらしい・・・。
「ここはゲームの中だと言っても、現実と大して差がないの!BBSで変な書き込みされたらどうすんのっ!」
「す、すまん・・・で、でも三咲、お前そんな格好だったら、気づかな・・・」
ギロっと睨まれ何も言えなくなる。
居心地が悪そうに頬をぽりぽりと掻いていると、ふぅと溜息が聞こえた。
「まぁ、私が説明してなかったのも悪かったわね」
頬を掻きながら、ちらりと三咲を見る。怒りは収まったようだ。
「とにかく、もうあんなことは止めてよね」
「あ、あぁ・・・」
「てゆーか、普通あんなに驚かないでしょ?リアルのままの格好でゲームやると思ってたの?」
確かに、リアルのままの格好でゲームをやるのは変だ。それでも驚くだろ普通。近くにこんなに可愛い女の子がいて、しかもそれがいつも会っている女の子なんて。
「それに、剣だって変わってるよ?」
溜息まじりに三咲は俺を指差す。自分の手足を見てみた。すると、ほらと三咲がどこから出したのか、手鏡を見せてくる。そこに写っていた自分自身の姿に、再び驚愕の声を上げてしまった。
「え?えぇええええ!?これが?俺!?」
「あー、もう。うるさい!」
「痛った!」
再びゴツンと殴られる。その痛みに耐えながら、自分の姿を再び確認する。黒髪に真紅の目。どうやっても現実の俺には似合わなさそうな黒をベースにした服を着ていた。これで剣なんかを持っていたとしたら、まさに黒い剣士と言える。
「これが・・・俺の・・・」
「それと、さっきみたいにここではリアル名出すのはダメだよ?」
「え、それじゃ何て呼べばいいのさ」
「私の名前は『SAKU』。ここでは自分で名前を決めるの。HPバーの上にあるのが名前だよ」
そう言われたので、反射的にHPバーの上の文字を見る。なぜか少し削れているバーの上にはさっき見たとおり、『TURUGI』と書かれている。
「俺の名前は『TURUGI』みたいだな」
「知ってるよ~。私がつけたんだもん」
そういえば名前がどうとか言ってたけど、全部三咲に任せたんだっけ。
「とゆーか、ツルギって・・・そのままだな」
剣=ツルギってそのまますぎるだろと思い、それと同時に、なるほど三咲だからサクか、と納得した。
「いいでしょ~。どうよ、私のネーミングセンス。覚えやすいでしょ」
「まぁ、な」
笑いながら自信満々に言ってくるサクに、反論できず。
「それじゃ軽くこのゲームのことについて、説明するよ」
「あ、あぁ」
一息おくと、サクは説明を始めた。俺は素直に聞くことにした。
「まず、この世界の名前はOuranos」
「うーら・・・?」
「ウーラノス。意味は・・・私もよくわかんないけど、ギリシャ神話の天空神って意味らしいよ?」
「へぇ~・・・」
世界史で少しはギリシャ神話を勉強したけど、そんな名前が出た記憶はない。
「説明。続けていい?」
「あ、ああ」
「このウーラノスには、大陸が全部で3つあるの。その中で、今私たちがいるのはガイア」
「ガイア・・・」
聞いたことある。よくゲームとかで出てくる。大地とかそんな意味だったはず。
「それで、残り二つはカオスとタルタロス」
「なんか両方とも怖い名前だな」
「そう?ガイアの人と、タルタロスの人は仲悪いけど、カオスは・・・なんかどうでもいいやぁって感じだね」
「どうでもいいって?」
「これから説明しようと思ってたんだけど、この三大陸は完全に離れてるわけではないの。大陸と大陸の間にいくつか島はあるし、タルタロスとガイアに関しては陸続きだしね」
そう言いながら、サクは右手を前に突き出して空気を引っかいた。すると、目の前に仕様と思われる古ぼけた地図がポンっと出る。
それを俺に見せると、三大陸の位置を教えてくれた。なるほど、大きい大陸が三つある。タルタロスと書かれた大陸とガイアと書かれている大陸は陸続きで、カオスは完全に孤立している。
「それでさっきのどうでもいいって話なんだけど、このカオス、ガイア、タルタロスの間では領土戦ってものが出来るの」
「領土戦?」
まぁ、大体のことは想像出来るが。
「そのままの意味。領土の取り合いが出来るのよ」
やはりそうか。となると、戦争なんかがあるのか。
「ツルギの思っているとおりだと思うけど、この戦争は色々意味があるの。まぁ、それは今は知らないでいいわ」
「そ、そうか」
いきなりツルギと言われたことに驚きながらも、返事を返す。
「それで、カオスの人たちはその戦争に興味がないってことなの」
「なるほどな。でもそれじゃ、カオスの領土はどんどんなくなるんじゃ?」
「それがそうでもないのよ。ほら、カオスは完全に孤立してるから、攻める方法が船ぐらいしかないのよ。だからカオスは上陸される前に、大砲使ったり遠距離魔法で迎撃してるってわけ」
「な、なるほど」
船の上じゃ、まともに戦えないしな。船があるところが驚きだけど。
「んまぁ、大陸の話はこれでおしまい。次に戦闘なんだけど・・・それはここじゃやりにくいしね。近くのフィールドでやろっか」
そう言いながら座っていた箱から降りたサクは、手招きして歩いて行ってしまった。慌てて俺は箱から降り、走ってサクを追った。
「・・・まさか、『黒騎士』と『白銀姫』のPCがいるなんてな」
大きな斧、まさに戦斧と言うような武器を支えにして屋根の上からツルギとサクを見ていた少年は呟いた。
「こんな裏路地で何喋ってたんだか知らねぇけど、白銀姫のほうはともかく、黒騎士のほうは完全に初心者だな」
くくくと喉を鳴らして笑うと、その小さな体に似合わない戦斧を肩に掛け直し
「やっぱりこの世界は飽きることがないな!!」
そう言いその場から消えた・・・・。
ちなみにその後、こんな会話が聞こえてきたとかこないとか。
「おい!!人ん家の屋根勝手に上ってんじゃねぇよ!!お前の斧のせいで屋根が壊れただろうが!!!」
「すいませんすいませんすいませんすいません!!」
ペコペコと頭を下げ続けた少年は屋根を修理させられた後、ようやく開放された。
「ところでさぁ、オンラインゲームにしては人少なくないか?」
サクに追いついた俺は、周りを見ながらそうサクに聞く。
「そりゃぁそうよ。ここは初心者ばかりが集まる街だもん。ちなみにこの街の名前は『中世都市マイラ』」
「中世都市マイラ・・・となると、街って全部でどのくらいあるんだ?」
「え~っと・・・」
そう言いながら指折り数えるサク。
「全部で、10箇所ぐらい?」
「そ、そんなにあるのか!」
「うん。最初の頃はやっぱり少なかったみたいだけど、少しずつ増えていったみたいだよ?まぁ、やってる人が増えてきたからねぇ」
「へ~。今何人ぐらいなんだ?」
「えっと、公式ホームページには1億5000万人って書いてあったけど・・・」
「い、一億5000万人!!?」
普通に日本の人口を超えてしまってる。そんな大人数が、このオンラインゲームをしているのか。
「そんな驚くことじゃないよ。なにせこのウーラノスには、全世界のゲーマーがインしてるんだから。今じゃ世界最大MMORPG〈Massively Multiplayer Online Role-Playing Game (マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)〉って言われているぐらいなんだから」
「へ、へ~・・・」
素直に凄いと思ってしまった。一つの国の人口より遊んでいる人が多いゲームなんて、考えたこともなかった。今までオンラインゲームなんて始めると三日坊主で止めてしまっていたし、普通のゲームはやったとしても一度クリアしたら手を出す気にならなかった。そんなに人の心を惹きつけるゲームがあるなんて・・・そんな思考を止めるようにサクの声が聞こえた。
「ほらほら、そんな話はいいから。もうそろそろフィールドに出るよ」
「お?」
街中を二人で歩いていくと、草原が見えてきた。
「おぉ、凄ぇ」
感嘆の声を漏らしてしまった。
目の前に広がるのは草原。それも、どこまでも続いているような広さだ。草原に伸びている草を風が押し倒しながら波を作っている。それはとてもゲームの中とは思えない美しさだった。
「ここは、『アールスラ草原』。別名、始まりの草原」
そう言いながら隣でサクは笑った。再び草原を眺めるサクの長い水色の髪が、風に揺れている。
その可憐さにサクの横顔を見つめてしまった。するといきなりこっちを見たサクと目が合った。
「どうしたの?」
「い、いや!なんでもない!」
俺は恥ずかしくなって、そっぽを向いた。今の俺の顔は赤く染まっているだろう。くそ、なんで三咲なんかに見とれていたんだ?これもゲームの中だからで、姿が違うからなのか?
「ん~?変なツルギ」
訝しむ様子を見せながらも、サクはそれ以上聞いてくることはなく「ほらほら、行くよ」と言い、歩き始めた。
するといきなり、草原の奥で巨大な爆発が起き、フィールドへ踏み出したばかりの俺たちの歩みを止めた。