浜辺の歌声
何か変わるかもしれない――。
なんて考えていた事が自分にも有りました。
高校生になれば、出来る事が広がるし、未だ知らぬ人たちとも交流が増えて毎日が楽しく過ごせるものだと思っていた。
平凡な高校生という言葉が、自分でもしっくりくるなと思ってしまう程、高校2年生になった俺、祭神也という人物は、特に目立つ事も無くクラスの中でも至って普通――いや、目立たない生徒と言っても誰も否定はしないだろう。
俺が通う高校は、進学する奴が大半で、偏差値もそこそこ高いから、地元でも割と人気がある学校の1つなのだけど、ここ最近は部活にも力を入れ始め、スポーツ推薦なども受け入れているので、クラスメイトの中にはある程度スポーツ界で知名度がある奴がいる。
そういうわけで、クラスの中は勉強に力を入れている奴が大半をしめてはいるけど、運動部に入っていて勉強は二の次と考えている奴も多い。
そのどちらでもない奴はというと、どちらのグループにも属さないわけで、次第に影が薄れていき、学校でのイベントがある時に思い出されるという事が多くなる。
そんな『影の薄い人物』の一人が俺ということになるのだけど、俺は、確かに勉強は苦手じゃないけど好きではないし、運動神経も悪くは無いけど目立つほどじゃない。つまりは本当に『何処にでもいる平均的な高校生』というわけ。
現実は甘いものじゃ無い。自分から動くことが出来なければ、楽しい時間なんてやってこないのだ。
それを机に突っ伏したまま実感する。休憩時間になって誰かと話す事もなく、次の授業の用意をするだけで、余った時間は寝たふりをして過ごす事が当たり前になっている。
高校2年生になった今もまだ、俺は一人で過ごす時間の方が多い。友達と言っても気が合う人が数人クラスの中に居るだけで、『親友』なんて呼べる人物はいない。
ただし、友達ではない奴らもいるわけで――。
「なぁ神也ぁ~」
「起きてるんだろ? 無視すんなって!!」
頭を揺さぶられて仕方なく顔を上げると、机の前にニヤ付いた顔を俺に向ける二人の男子生徒がいた。
「……何か用か?」
眠そうな声をわざとらしく出して答える。
「どうせ寝たふりしてるだけだろ? やることねぇのかよ!!」
馬鹿にしたように半笑いしている本輪義男
「友達いねぇんだから仕方ねぇだろ? あんまり言ってやるなよ」
ぎゃははと笑う今城真駆
「……だからなんだよ」
自分でも驚くほど低い声が出たと思う。
「お? なんだよ怒ったのか? おぉこっわ!!」
「やめろって煽るなよ。こういうやつがキレるとマジで何されるか分んねぇんだからよぉ」
「それもそうだな。まぁマジで怖くねぇけどな!!」
あはははと笑いながら、二人共俺の元から離れて行こうとする。
「ん?」
「どうした義男」
「おいおい!!」
そう言って立ち止り、俺のカバンの方へと手を伸ばす本輪。
「なんだよ可愛いモノ持ってるじゃねぇか」
「あ!!」
本輪が手にしているのは俺がカバンにつけていた白いイルカの小さなぬいぐるみ型のキーホルダー。
「いいだろ別に!! 返せよ」
手を伸ばす俺から、更に手を伸ばして返そうとしない本輪
「こんなかわいいモノ持ち歩いてるなんて、女子かよ」
「義男、神也が女子な訳ねぇだろ!! こんなかわいくない女子なんて居ねぇよ」
「それもそうか」
がはははと更に笑う本輪
「返せっって!!」
「うるせぇな……返してやる……よ!!」
大きく振りかぶって廊下の方へとキーホルダーを投げ捨てた。
「て……めぇ」
「おぉこわいこわ!!」
「早く拾って来いよ!! 女子の神也くんよぉ」
ガタタと椅子を鳴らして素早く立ち上がり、俺は投げられた方へと素早く移動した。
後ろの方から二人の笑い声が聞こえてくるが、そんな事よりもキーホルダーだけが心配だ。
――誰かに拾われでもしたら……。
笑われるくらいならいいけど、そのまま捨てられでもしたら……。
投げられた方――廊下へと出ると、廊下の隅にあるキーホルダーを見つけることが出来た。ホッとしたと同時に、それがふわりと宙に浮かぶ。
「あ!!」
その場を通り過ぎたばかりの人に拾われてしまったのだ。
拾い上げた人もきょろきょろと辺りを見回している。
「あ、あの!!」
「え?」
俺がその人へと声を掛けると、振り向いて俺の顔を視線が捉えた。
「そ、それ俺のなんだ……けど」
「……これ?」
「そう。そのキーホルダー……」
「…………」
何も言わずに俺を見つめてくる。
――あれ?
そこで俺は気が付いた。拾ってくれた人は女の子なのだけど、そこに居るはずのない大人の女性と一緒に居て、しかも俺たちのいる高校の制服を着ていない。
普段着ではないかもしれないけど、どこかのお嬢様の様な気品が感じられる、そんな佇まい。
その横にいる女性は、俺の母親と同じ年齢位に見えるので、たぶん二人は親子だと思われる。
そしてその二人と共に歩いていたのは、俺のクラス担任の先生だった。
「どうした神也」
「いえ、その……落とし物を拾いに……」
スッと先生の前に女の子が持っている手を出した。
「これか?」
「はい……」
「そうか。まぁ、ちょうどいいか」
「へ?」
「こちら海野美姫さん。来週からウチの学校に転入してくる予定だ。俺が受け持つクラスに入って来るからよろしくな」
「え? て、転入生……」
先生が紹介をするとニコリとほほ笑む海野。
そうして俺の前にスッと手を差し出した。
握手でもしようとしているのかと思い、俺も手を差し出すと、くすくすと笑いだす。
「え?」
「違うよ? はい……これ」
「あ!! キーホルダーか!!」
「うん……」
くすくすとまるで鈴が鳴るような声で笑う海野。
キーホルダーを受け取ると、急に恥ずかしくなって下を向いた。
「好きなの?」
「え?」
「イルカ……」
「あ、イルカね!! うん!! 好きなんだよ。それに……」
「?」
首をちょこんと傾げる海野。
「た、大切な思い出が有るんだ……」
「……そっか……。うん。可愛いよねイルカ。私も……好きだよ」
「え?」
「それじゃぁ、またね……神也くん」
最後ににっこりとほほ笑む海野。先生に促されて、三人は再び歩き出した。
――海野……か……。
廊下を歩いていく後姿を、俺は見えなくなるまでその場から離れられずにいた。
廊下での出会いから既に1週間が経とうとしていた。
俺の地元は、大きくは無いけど海水浴が出来る浜が有って、夏などには割と多くの人が海水浴に訪れる。
シーズンが過ぎてしまえば、デートする人たちが訪れる場所としてちょっとしたデートスポットになっているくらいで、殆どの人はあまり訪れる事はない。
そんな浜だけど、俺は時間を見つけては一人その砂浜に行っている。
時間つぶしにという事もあるけど、海が好きという事もあるし、何より時間によっては誰もいないというのが自分にとってはありがたいのだ。
静かな海を見つめるのもいいし、時には少しだけ足を濡らしてみるのもいい。
でも大半の時間を俺は『歌う』事に使っている。
小さい頃から歌うのが好きで、人前で歌っていた事もあるし、周囲の人達もたぶん面白がっていただけだとは思うが、俺が歌い始めると場が盛り上がった。
いつの間にか、俺の中で『歌う』事が当たり前のことになっていて、小さい頃からそれを密かな『夢』として持ち続けている。
まぁ、実際になれるかと言われれば、『俺には無理だ』と結論は出てしまっているけど……。
この日も一人、静かに歌える場所を求めて自然と浜へと赴いて来ていた。
口ずさむのは自分の好きなアーティストの曲だったり、今学校などで流行っている曲であったり、その時々の気分で変えている。
そうして誰もいない海に向かい何気なしに歌っていると、俺の後ろで何かが砂を噛む『ざりゅ』という音が聞こえて、瞬間にバッと振りむいた。
「あ……神也くん?」
「え? 海野……さん?」
1週間ほど前に学校の中で出会った女の子、海野美姫が俺の方へと近づいて来ていた。
「ど、どうしてここに……?」
「町を知るために散歩してたんだけど……聞こえて来たんだ」
「何が?」
「綺麗な声……歌声が……」
「あ……」
なるほど、一人で歌っていたとしても、風の吹く方向によっては聞こえてしまっていてもおかしくはない。
そう気が付いた時、途端に恥ずかしくなってきた。
「神也くんが歌ってたんだよね?」
「……うん。ごめんね」
「? どうして謝るの?」
「だって……下手だったでしょ? 俺なんかの歌なんて聞いても気分良くないかなって……」
「え?」
下を向きながら、小さな声で総呟くように言うと、海野さんは不思議そうな声を上げた。
「好きなんでしょ?」
「え?」
「歌う事」
「うん」
「なら、そこに上手い下手は関係なくない?」
「っ!? そ、そう……かな?」
「そうだよ!! それに……」
「なに?」
「私は……神也くんの歌声……好きだよ」
海野の声は、冗談を言っているような感じは無く、自然で、本心を伝えてるよっていう感情が乗っていた気がする。
俺の胸の奥で、何かがドクンと始めたような感覚がした。
「あ、ありがとう。そういってくれるのは嬉しいよ」
「うん。もっと聞いてみたいな。ね? 歌ってよ!!」
「……じゃぁ――」
海野が満足してくれるまで、俺は一人歌い続けた。
隣に腰を下ろした海野は波が反射する太陽の光で、キラキラと輝いて見えた。それがまた俺の心の奥を刺激する。
――何だよ……こんな気持ちって初めてだ……。
こうして俺の初めてのコンサートは、観客が一人だけの特別なモノになった。
二人での過ごしたこの時間が、自分を変えていくきっかけになっていたなんて、この時の俺は気が付いていなかったんだ。
それから海野は俺が浜辺に行くたびに見かけるようになる。何も言わず、ただ静かに俺の歌を聞く日々が続くと、俺も自然と海野のことを意識するようになっていた。
異性としてとか、そういう下心的な意味ではなく、俺が歌う歌を真剣に聞いてくれて、しかもそれを評価してくれる人がいる。
それが、自分自身に対して、ほかの人に比べ自慢できるものがなかった俺にはとても嬉しいことだったし、小さなことだけどそこに『聞いてくれる人がいる』とうことが実感できていたから。
「小さいころね……」
「え?」
歌い終わり、一呼吸していた時、隣で座っていた海野がポツリとつぶやいた。
「小さいころ、わたしもこうして良く海に来てたんだ」
「うん……」
「友達とケンカしたときとか、テストの結果が良くないときとか、一緒に育ってきた猫のトランがお空に還っていったときとか……」
「……うん」
「そんなときにさ、珍しいと思うんだけど、少し先にイルカさんが顔を出したように見えたんだよ」
「イルカが……」
「うん。イルカ。そのイルカさんがね、とてもきれいな声で歌ってたの」
「歌ってた? え? そう聞こえたってわけじゃなくって?」
「あははははは」
海野は俺の方を見て笑う。
「最初はね、そう思ったんだけど……」
「違った?」
「うん。私と同じくらいの時の子がね、歌ってたんだ……」
「え?」
「この浜辺で……今みたいに、海に向かって」
海野が俺の顔を見つめてくる。
「それって……」
「たぶんあの時の子ってさ、神也くんだよね? これ」
そういうと、バッグからごそごそと何かを探して手に取り、俺の前へと差し出した。
「白い……イルカの……」
俺が大事に持っているイルカのキーホルダー。
ひとり浜辺で歌っている時、遠くで何かが跳ねたのを見かけた。それがいるかだということに気が付いた時、着ているワンピースの裾が翻っているのを気にもせずに駆け寄ってくる人が見えた。
息荒く俺の目の前で立ち止まり、屈みながら息を整えたその子は、急に立ち上がると俺の目の前に顔を寄せてきた。
「みた!?」
「え?」
「今飛んだよね!?」
「あ、あぁ……うん。見たよ」
「イルカさんだよね?」
「たぶん?」
「歌ってたよね?」
「へ?」
「イルカさん歌ってたよね!?」
「えっと、いや、どうかなぁ?」
「歌ってたの!! すごい!!」
「あぁ、す、すごいねぇ……」
勢いに押されて、そうじゃないと言い出せずにいた俺。
「明日も見れるかな?」
「ど、どうかなぁ? イルカがいるなんて今日初めて知ったし……」
「明日も来てみるね!! 君も来るでしょ?」
「えっと……うん」
「じゃぁ明日ね!!」
その子は浜辺を俺のもとに来た時と同じように勢いよく走って去っていった。
次の日も俺はその浜辺にいて、そしてその子もまた浜辺にいた。
「はい」
「え?」
「あげる」
「で、でも……」
「一緒にイルカさんを見た記念だよ。二人で同じものを見たんだしいいでしょ?」
女の子が手渡してきた白いイルカのキーホルダー。
それを手に取ると、女の子がにこりと微笑む。
しかし、その日以降その浜辺でイルカを見ることはなかった。そしていつの間にかその女の子は浜辺に来なくなってしまった。
「え? え? それって……」
「そうだよ? あの時ここにきていたのは私。大事に二人の記念のキーホルダーだよ」
「えぇ~!?」
「ごめんね。あの時はイルカさんが歌っていると思っちゃって。本当はずっと神也君が歌ってたんだよね?」
「えっと……そう、だね」
「そっか……」
「えっと……久しぶりっていうのも何か変かな?」
「ううん。改めて、久しぶり」
「そっか、あの時の女の子って海野さんだったんだ」
「そうだよん?」
ふふふと笑う海野さんは少し恥ずかしそうにしていた。
「今も、歌ってるんだね」
「うん」
「あれからイルカさんを見たりは?」
「いや、あの時だけだね」
「そっかぁ。でも……」
「うん?」
「こうして、また神也君の歌声が聞けてうれしいよ」
「っ!?」
優しく微笑む海野さんの顔が、波に反射する光をまとい、きらびやかで、輝いて見えた。
「俺も、また海野さんに会えてうれしいよ」
「そう?」
「うん」
「そっか……。うん!! 私も嬉しいよ!! ねぇ……」
「ん?」
「何か歌って?」
「……そうだなぁ」
そうして、俺はあの日にこの浜辺で歌っていた曲を口ずさんだ――。
お読みいただいた皆様に感謝を!!
このお話の内容ですが、お知り合いになった方用に連載物として構想して執筆したのですが、今後使う予定が無くなったため、再度構成して1話完結の作品に変え、こちらで使用していいと許可をいただきまして、掲載・公開することにしました。
続きが気になる方――今後執筆予定はありません。 m(__)m




