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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第二章 ようきたな。川崎、ロゼリアへ


 暗い地下道を抜けると、湿った空気に混じって、かすかな人の声と機械音が広がってきた。

 LEDが天井に並んでいるが、どれも寿命が近いのか不規則に点滅し、影が途切れ途切れに伸び縮みする。

 壁際には古びた発電機が唸りを上げ、振動が床を伝っていた。油と埃の匂いが鼻を突く。

 少し進むと、かつて飲食店だったであろう区画が目に入った。

 店名の外看板は外され、壁には落書きと古びたメニュー表だけが残っている。

 しかしテーブルは寄せ集められて食堂代わりに使われており、粗末なランプの下で数人が黙々と缶詰を開けていた。

 その隣では子どもが段ボールを積み上げて遊び、老いた者が毛布にくるまってうずくまっている。

 ——ここは間違いなく「街」だった。地上から切り離された、もう一つの生活圏。

 三人はさらに奥へと通される。

 行き着いた先は、かつて大型店舗だった区画——大手アパレル店のロゴが剥がれかけて残る広間だった。

 その内部は無理やり片付けられ、今や彼らの拠点として使われていた。

 折りたたみ机が所狭しと並び、その上には古びた無線機や、湊が見たこともない箱型の機械が積み上げられている。

 壁一面には複数のモニターが並び、所々が砂嵐を映しながらも、残りは周囲の監視映像や電波の波形を表示していた。

 熱を持った基盤の匂いと、ファンの低いうなり音が部屋中に漂っている。

 ここは地上の廃墟とは正反対の、情報と機械の巣窟だった。

 湊は思わず足を止め、目の前に広がる光景に息を呑む。

 ここまで案内してくれた男が、ゆっくりと振り返る。

 男は三十代そこそこ。

 疲れ切った顔に無精髭を生やし、鋭い目つきだけがその奥に潜む緊張を物語っていた。

 軍用ジャケットの襟を立て、袖口はほつれ、油の染みが斑に広がっている。

 戦場に立ち続けてきたような風貌でありながら、不思議と周囲を安心させる落ち着きが漂っていた。

 ちらつく灯りが、その顔に断続的に影を刻む。

 目の下には深い隈が刻まれているのに、視線は鋭く、まっすぐこちらを射抜いてくる。

 「……ようきたな。川崎、ロゼリアへ」



 男は短くそう告げ、湊たちをじっと見据えた。

 「俺は中村キヨシ。この地下をまとめとる、まあ責任者みたいなもんやな」

 低く響く声は、静かな空間に重く刻まれた。

 湊とつかさは無意識に姿勢を正し、サムは傷を庇いながらも視線を逸らさずにいた。

 キヨシは顎で部屋の奥を示す。

 「……で、あっちにおるのがうちの頭脳やな」

 そこには、リクライニングチェアに深く体を沈めた男がいた。

 髪はもじゃもじゃに伸び、無精髭の生えた顔には濃いクマが居座り、さっきまで眠っていたはずなのに、まるで数日はまともに休んでいないような疲労感が漂っていた。

 シャツは油と埃にまみれ、胸元には色褪せた古びたタグが縫い付けられている。

 腰には工具ポーチがぶら下がり、スパナやドライバーが雑に突っ込まれていた。

 その姿はまるで、本人のだらしない生活そのものが形になったかのようだった。

 「おい、芹沢」

 キヨシが椅子の背を軽く叩くと、男は面倒くさそうに片手でアイマスクをずらす。

 眠たげな目が覗いた瞬間、しかし湊たちを一瞥するだけで状況を理解したように光を帯びる。

 「……新入りか」

 欠伸まじりに放たれたその一言には、奇妙な重みがあった。

 「いや、新入りというわけでは……」

 食い気味につかさが言うとキヨシが片眉を上げ、口元にうっすら笑みを浮かべる。

 「あれ? そうなんか。……まあええけど。まあ体もあれやろからちょっち話だけでも聞いてや」

 彼は古びた折りたたみ椅子を三人の前に引き寄せ、腰を下ろすよう促した。

 湊はサムを支えつつ座らせ、自分も隣に腰を下ろす。つかさは少し距離を保ったまま立っていた。

 「俺たちは名もなき解放団体。今の支配に抗う連中っちゅうわけや」

 キヨシの声は低く落ち着いていたが、その奥には硬い芯があった。

 「支配……?」

 湊が思わず聞き返す。

 「ナノマシン制御制度。聞いたことくらいはあるやろ。生まれた時から体に仕込まれ、中央のシステムに管理されとる。体調も行動も、下手すりゃ思想もやな」

 キヨシはテーブルに置かれた古びた無線機を軽く叩いた。

 「俺たちはそのシステムを断ち切ろうとしよんねん。反政府軍……ちゅうても、相手は国家やない。統制の名の下に人を締め上げる“民間の大組織”や。俺たちの敵は、奴らの作ったシステムそのものやねん」

 芹沢が椅子の上でだらしなく伸びをし、鼻で笑った。

 「要は、“人間を人間のままにしておきたい”ってだけの話だ。俺は面倒だからここにいるだけだがよ」

芹沢はモニターに映る監視映像を指で叩いた。

「お、外にたむろしてる中国人連中……こいつらみんな“中南海”の構成員だな」

サムが怪訝そうに眉をひそめる。

「中南海って……?」

芹沢は椅子をきしませ、眠たげな声で答える。

「表向きは中華食材の輸入業者だよ。けど実態は、移民制度や外国人実習生なんかを悪用した人身売買会社。逃げ場のねぇ連中を“商品”に変えてきた」

サムの顔に影が差す。

「……っ」

キヨシが横から静かに口を挟む。

「で、そのおおもとに居るのが“アイスブラスト”や」

湊とつかさが同時に反応する。

「アイスブラスト……!」

湊の胸には、東扇島で母を奪ったあの日の光景が蘇り、つかさの喉は言葉にならない痛みで詰まった。


 沈黙を破ったのはキヨシだった。

「……ほな、そっちも自己紹介でもしてもらおか。素性ぐらいは聞いとかんとな」


 湊たち三人は顔を見合わせる。先に口を開いたのはサムだった。

「……サム・グェン。タイから来た技能実習生だ。……と言っても、やらされてたのはほとんど廃棄機械の分解とロンダリングだな」

 淡々と語る声の奥に、やりきれない苦味がにじんでいた。


 次につかさが静かに答える。

「東條 つかさ。……もとは医療学生でした。当時、東扇島に“派遣”されるぐらいには評価されていたほうだと思います……それで、全部壊されました」

 最後の言葉は喉で詰まり、声にならなかった。


 湊は視線を泳がせ、唇を噛んだ。二人の経歴の重みが、自分を小さく見せる。

「お前は?」とキヨシに促され、観念して口を開く。

「……結城 湊。高校生だ」


 一瞬、場の空気が止まった。

「……は?」

 つかさが目を丸くし、思わず声を漏らす。

「えっ、高校生って……!」

 サムも怪訝そうに眉を上げる。

「お前……未成年なのか?」


 湊は居心地悪そうに頭をかいた。


「一応、次十八にはなるけども……」

 場の空気に、驚きと呆れ、そしてかすかな緊張が混じる。

キヨシはそんな三人を眺め、薄く笑った。

「なるほどな。……おもろい取り合わせやんけ」

 キヨシは軽く手を叩き、場を仕切った。

「ほな採用。君ら、今日からここ好きにつこてええ」


 思いのほかあっさりした言葉に、湊たちは拍子抜けする。

 つかさが口を開くより先に、キヨシは続けた。

「つかさちゃんやったな。あんたは今日から、ちょっとだけ仕事頼むわ。出てすぐばーっと行ったとこに医務室があんねん。で、その奥が研究室や。今は物置き同然やけど、手ぇ入れてくれりゃ助かる」


 つかさは目を瞬かせる。

「……わ、私が、ですか?」

「医療やっとったんやろ? ウチにはそんなんおらん。あんた一人おったら、どれだけ人が助かるか分からんのや」

 キヨシは口調こそ穏やかだが、視線は鋭く、断らせる気配がなかった。


 彼はさらに顎で奥を指し示す。

「あとアレやな。寝泊まりは男子は出てすぐ、女子は突き当たり左や」

 雑な案内だったが、不思議と人を安心させる響きがあった。


 湊とサムは顔を見合わせ、つかさも小さく息を吐いた。

 ここが本当に自分たちの居場所になるのかは、まだ分からない。

 けれど、この地下で確かに何かが動き出していることだけは、三人にも伝わっていた。


芹沢は煙草に火を点け、紫煙を吐きながらぼそりとつぶやいた。

「……いいのか? あんなに簡単によそ者を引き込んで」


キヨシは椅子の背にもたれ、いつもの調子で肩を揺らす。

「ええんよ。きっと彼らは役に立つ。あとあの少年な。俺の本命はあいつや」


芹沢が眠たげに片目を細める。

「ああ、あのパッとしないガキか。力もねえし、喧嘩慣れもしてなさそうだったが?」


「まあ見とき。あの子はすげぇことになるで」

キヨシの声色には、冗談めかしながらも不思議な確信が滲んでいた。


芹沢は鼻で笑い、煙をくゆらせる。

「キヨシがそう言うなら、そうなんだろうな。……俺は俺の好きなようにやるがな」


その言葉の裏には、どこか距離を置こうとする冷めた響きがあった。

だが同時に、キヨシの目がただの楽観ではないことを、長年の間柄で感じ取ってもいた。

「あ、芹沢」キヨシが何気なく声をかける。

「お前のとこ、人おった方がええやろ? サムはロンダリングやってたんやから使えるんちゃうか?」


芹沢はもうひと眠りしようと、アイマスクをずらしていた。

「……はぁ? 俺んとこかよ。人と関わるのは性に合わねえんだがな」


「まあまあ、ええやん」キヨシはニヤッと笑う。

「ほいじゃ、決まり! 色々教えたってくれ」


アイマスクを額にあげ、椅子から立ち上がる。

「……しゃーねぇな。どうせ暇してるよりはマシか」

芹沢はだるそうに工具ポーチをぶら下げながら、湊たちの部屋へやってきた。


「怪我してんだろ? 横になったままでいいや。……とりあえず仕事、この無線機治してくれ」


机の上に古びた鉄の塊を放り出す。

サムは驚いたように目を見開き、自分の荷物から同じ型式の無線機を取り出した。


湊が思わず声をあげる。

「もしかして……これって同じ型じゃないか?」


サムは無線機を撫でながら、唇を震わせる。

「あの時……聞いた声。『川崎に人はいる、助けて』って。……あれって、ここの人なんですか?」


芹沢は眉をひそめ、首をかしげる。

「何の話だ?」


サムは食い下がるように続けた。

「確かに聞いたんです。女性の声で。無線はすぐ途切れたけど……その声を頼りにここまで来た」


芹沢は一瞬考え込み、肩をすくめた。

「そりゃ妙な話だな。この無線機を扱えるのは、ここじゃ俺くらいだ。正直、誰もこんなガラクタに触りたがらねぇ。……結乃っていう変わった女はいるが、基本ここにはいねぇ。少なくとも俺らじゃない」


サムと湊は顔を見合わせた。

——なら、あの声はいったい誰のものだったのか。


 その時、ドアが開いた。

キヨシとつかさが入ってくる。つかさの手には銀色のトレーと冷却カプセル、その上に注射器が並んでいた。

「おう、ご苦労さん。ちょうどええわ」

キヨシが部屋を見回し、にやりと笑う。

「これからが本番や」


 芹沢がため息をつき、カプセルを指でコツコツ叩く。

「……説明しとくか。このバグシステムはな、体にすでに入り込んでるナノマシンを“食らう”。虫が虫を喰うみたいにな」

彼は口の端をゆがめて笑った。

「まあ、本当の意味での“バグシステム”ってことだな」

「食らう……?」

湊は思わずつぶやく。

「統制に従ってるままじゃ、外に出れば即座に検知されて処分される。だがこれを打てば、中央の目からは外れる。鎖を断ち切れるんだ」


疑問に思った湊が聞く

「これ意味あるんですか?」

その問いに芹沢が答える。

「川崎の中にいる分には検知を誤魔化せるんだ。東扇島の爆発で残ってる残留フレアがノイズになってな。だが一歩外に出れば話は別だ。現行のナノを抱えたままじゃ、すぐに検知されて狩られる」

 つかさが静かに注射器を持ち上げる。

「私ももう済ませた。最初はちょっと腫れるけど……平気だから」

 キヨシが横から茶々を入れるように笑った。

「せやな。俺らなんか医療知識ゼロで、皮下に打ってもうてボンボンに腫れて大変やったけどな。つかさちゃんがおるなら安心や」

 湊はわずかに息を吐き、しかし安堵よりも不安の方が勝っていた。

 その空気を断ち切るように、キヨシは腕を組み直す。

 キヨシは腕を組み、二人を見回す。

「これを受けるっちゅうことは、もう後戻りはできん。けど、これなしに生きてくんは不可能や。……腹、括れ」

 湊は乾いた喉で息を飲み、サムは黙って腕を差し出した。

針が肌を刺し、冷たい液体が体に流れ込む。背筋をぞわりと悪寒が走り、何かが内側で蠢くような感覚に襲われる。

 芹沢の声が低く響いた。

「……俺らはこのバグシステムを“UnChain”と呼んでいる。鎖を外す唯一の手だ」

 その言葉は、湊の胸の奥に深く刻まれた。

名もなき解放団体だと思っていた場所が、今まさに一つの旗印を得た瞬間だった。




 数日後、初めての任務が告げられた。

湊とつかさが向かうのは、鶴見の倉庫群。まだ手つかずの物資が眠っている可能性があるという。

「サムは怪我人や。お前は芹沢の手伝いしとけ」

キヨシが言うと、サムは、工具を指で回してみせた。

「了解。役に立てるならやるさ」

 出発の準備を整えた湊につかさが並ぶと、キヨシが片手を上げて呼び止めた。

「待て。手ぶらで行かすほど俺もアホちゃう」

 腰のホルスターから取り出したのは、小ぶりな銃。

先端には二本の電極、そして銃身上部には淡い光の照準が浮かんでいる。

「……これは?」

湊は息をのむ。

「テーザー銃や。殺傷力はねぇが、人を止めるには十分や」

キヨシは湊に押し付けるように渡した。

「見りゃわかるだろ、ただの市販品じゃねぇ」

 芹沢が鼻で笑いながら、背後から口を挟む。

「俺が弄ったんだよ。オートエイム用のアイ・システムをホロサイトに組み込んである。お前みたいな素人でも、“狙ったつもりで撃てば当たる”くらいにはな」

 湊は銃を握り直した。金属の重みよりも、そこに込められた誰かの手の温度を強く感じた。

「いいか湊」

キヨシが低く言う。

「撃つかどうかはお前次第や。けどな――躊躇したら、その時点で負けや」

 淡い光の照準が視界に揺らぎ、湊の胸に小さな覚悟の炎をともした。


「せやせや、忘れとったわ。もう一個お前らに渡しとくもんがある。ついて来ぃ」

 案内された倉庫の奥で、油まみれのカバーが勢いよくはがされた。金属が擦れる音とともに姿を現したのは、一台の骨董バイクだった。サイドボックスと大型のリアボックスを備えた物資回収専用機だ。年月の傷は深いが、頑丈さだけは別格だった。

「これが……俺たちの足?」

湊が声を漏らすと、キヨシはタンクを軽く叩いて笑った。

「せや。物資調達にゃ足が要る。今日からお前らの相棒や」

 湊は無意識にハンドルに手を伸ばす。冷たい金属の感触が掌に伝わり、背中でずしりと重いボルトクリッパーが存在を主張した。小さな胸の高鳴り――それが“外へ出る”という実感を確かにした。

こうして、二人の鶴見への初任務が始まろうとしていた。


更新遅れました


引越し作業が佳境を迎えていて……というのは言い訳ですね


飲みすぎました!すっかり日付を忘れてました


そんなこんなで来週は引越し作業があるため更新できるか分かりませんが

なるだけやらさせてもらいます


……あともう一人俺がいたら。。。


それはそれで邪魔ですね(笑)

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