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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■UnChain プロローグ

ざざざ…

ざざざざざ…

“川崎…に人…はいる。助け…て”

今思えば、この無線がすべてをめぐり合わせたのだろう。


統制の鎖は、ただ人々を縛るだけのものではなかった。

どこへ逃げても、必ず同じ場所へ連れ戻すように、計算されていた。



——2072年。

 夜の琵琶湖に浮かぶ島に、赤く焼け焦げた煙が立ちのぼった。

 それは街そのものが呻き声をあげているかのようで、人の悲鳴も銃声も、すべてが同じ熱に飲み込まれていった。

 その渦中に、若き兵たちの影があった。

 名を呼ぶ間もなく、ひとりは血に沈み、残された者たちはやがて四散する。

 後に「7R事件――セブンスアール――」と呼ばれるその惨劇は、仲間の未来を永遠に断ち切った。


 もともとこの国の政府は、既に長きにわたって形骸化していた。

 行政の空白を埋めるように、巨大な民間企業がナノマシンによる監視・統括を担ってきた。

 だが事件を境に、その支配はさらに強まった。

 「秩序維持」の名の下にナノマシン管理は拡張され、抵抗する者は異常個体として分類され、排除された。


 気づいたときには、人々はもう、企業のロゴを掲げた檻の中で暮らしていた。

いつの間にか、それが“普通”なんだと、思わされた。

 そこでは自由も、未来も、ひと握りの者たちの手に握られていた。この事件は後の人々に大きな影響をもたらすことになる。



事件から十数年後。

ほどけるはずのない鎖が、静かに軋み始めていた。

 荒廃した夜の川崎の街を、湊はただぼんやりと眺めていた。

 ここは対岸にある横浜の海沿い。橋の遠く向こうにはかつて浮かんでいたはずの東扇島があるが、今は灯り一つなく、無人島と化している。


 爆発で骨を剥き出しにされた工場群は、鉄の墓標のように沈黙していた。

 近づけば今もなお、消えぬ炎の匂いが鼻を刺すだろう。風に乗って漂う焦げた金属臭は、街そのものの死臭のようだった。


 港湾クレーンは折れ曲がり、黒い海に影を落としている。

 その海もまた、波打つたびに廃油と血のような赤錆を浮かべ、月明かりを鈍く跳ね返していた。


 人の声はない。

 あるのは遠くで軋む鉄骨の音と、時折、無人のビルから舞い落ちるガラス片の乾いた響きだけだ。

 それはまるで街全体が、過去の残響を繰り返しているかのようだった。


 そんな静寂の合間を見てか波間に揉まれて、コツン、コツンと木を叩くような音がした。

 視線を向けると、いくつもの木箱を無理やり継ぎ合わせて作られた、舟と呼ぶには心許ない歪な「何か」が浮かんでいた。釘もまともに打たれておらず、縄と板で無理やり留めただけの粗末な筏。

 いや...どう見ても船というより、ただの漂流ゴミの集合体である。


 湊は手にしていたLEDランタンを掲げる。

 淡い光が夜の海を裂き、箱の上を照らし出す。


 そこには、突っ伏したまま動かない青年がいた。

 片腕をだらりと垂らし、波のたびに上下する体は、まるで人形のように生気がなかった。

 背負っているのは不器用ながらに作ったであろう、ところどころほつれのある帆布のナップサック。布越しに硬い金属の感触が浮き出ており、中には何か重い機械が詰め込まれているようだった。


 足元にはロウソクと旧式のデバイスが転がっていた。

 ランタンの光に照らされたその姿は、湊が歴史の教科書で見た「スマートフォン」という遺物に酷似していた。


 喉がひりつく。

 ——生きているのか、死んでいるのか。


 興味と恐怖がせめぎ合いながらも、湊は船舶用のロープを拾い上げ、即席の錨のように舟を縛りつけた。

 そして、意を決してその舟に足をかける。


 ズシリ。

 人が二人も乗れば当然のように船体は大きく沈み込む。

 ぐらりと揺れるたび、冷たい海水が足元まで跳ね上がり、背筋を冷たく濡らした。


 湊は恐る恐る青年の首筋に手を伸ばした。

 冷え切っている。やはり、死んでいるのか——。


 次の瞬間、その体がビクッと震えた。

 青年はガバッと上体を起こし、かすれた声で言った。


「冷たい……み、水を……ください。できたらアイスティーください…」


 湊は反射的にのけぞり、心臓が喉から飛び出しそうになる。

 てっきり死体だと思っていた相手が、急に喋り出したのだ。


「……選べる状況じゃねえだろ!」


「み、みず……」


「み、水!? そ、そんなもん……!」

 慌てふためいた湊は、咄嗟に海水をすくい上げて差し出した。


 青年はそれを受け取り、一気に口へ——。

 直後、盛大に吹き出した。


「ゲホッ、ゲホッ……! しょっ……しょっぱいなこれ!」



 青年は水を吹き出した直後、再び力なく崩れ落ちた。

 湊は慌ててロープを舟に回し、軋む音を立てながら必死に引き上げる。木箱をまとめた粗大ゴミは海水を飲み込み、ぎりぎりで沈まぬまま岸へと寄せられた。


 ——死なせるわけにはいかない。


 湊は見知らぬ青年の体を背負い、夜の港を駆け抜けた。肩にかかる重さは、鉄塊を運んでいるようにずしりと沈む。それでも足を止めなかった。


 やっとの思いで自分の住まいにたどり着くと、湊は青年を床に横たえた。

 しばしの静寂。やがて、青年の瞼がゆっくりと持ち上がる。


「……さっきのは……海水か?」

 掠れた声に、湊は半ば怒鳴るように返した。

「他に思いつかなかったんだよ!」


 そう言って今度は、常備していた「水のカプセル」を差し出す。

 透明な膜に包まれた水滴のような球体——プラスチックのペットボトルが廃止された時代、街ではこれが主流の携帯水分補給だった。


 青年はゆっくりとそれを口に含み、息を整えるように喉を鳴らす。

「……助かった。本当に、命拾いしたよ」


目の前で咳き込みながら息を整える青年は、見た目に似合わずしぶとい命の持ち主だった。

 赤銅色の髪を無造作にかき上げ、眼鏡の奥からのぞく瞳は意外にも穏やかだ。

 黒地に虎の刺繍が入った開襟シャツは、場違いなほど派手で、だが妙に彼に似合っていた。

 肩から斜めにかけられたストラップは擦り切れ、腰には軍用らしきポーチ。

 どこか浮世離れしているのに、全身から「生き延びてきた者」の匂いが漂っている。


「……助かった。俺は……サム。サム・グェンだ。しばらく、世話になるかもしれない」


 青年はそう名乗り、弱々しくも笑った。


作者です。どうも。

手始めに一巻の冒頭から毎週土曜日に更新していこうと思ってます。

コメント等じゃんじゃんお待ちしております!

モチベが上がるんで!


現状正史としては完結済みですので、頭の片隅で忘れていなければ

更新させていただきます。



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