ベンチの距離、ココロの距離
月曜日。
ぼくは、ベンチの下を思い出していた。
暗くて、ちょっと冷たくて、でも安心する場所。
人間はあんまり気にしないけど、ぼくにとっては“観察ポイント”であり、“作戦基地”でもある。
作戦名:「ベンチの下から、こんにちは」
目的:修一さんが、あの人の隣に座る。
手段:ぼくがベンチの下に潜り込む。あの人が笑う。修一さんが座る。
結果:物理的な距離が縮まる。できれば、沈黙の中に“気配”が生まれる。
火曜日。
ぼくはソファの下に潜った。
暗さ、広さ、匂い、全部チェック。
「お前、またそこか」と修一さんが言った。
ぼくはしっぽを振った。これは訓練だ。恋のための、潜入訓練だ。
水曜日。
修一さんが、ベンチの写真を見てた。
スマホの画面に、公園のベンチが映ってた。
ぼくはその横で寝たふりをしながら、画面をチラ見した。
「……隣に座るって、むずかしいな」って修一さんが言った。
ぼくは心の中で言った。むずかしいから、ぼくがやるんだよ。
木曜日。
風が強かった。
ベランダの葉っぱがカサカサって鳴ってた。
ぼくはその音を聞きながら、ベンチの下の音を想像した。
人間の靴が近づく音。スカートのすそが揺れる音。
ぼくの耳は、そういう音を覚えてる。
金曜日。
修一さんが「今週は、座れるかな…」って言った。
ぼくはしっぽを振った。
座れるよ。ぼくが、座らせる。
土曜日。
ぼくはベンチの下に潜る練習をした。
公園じゃないけど、家のベンチで。
鼻を低くして、体を丸めて、スッと入る。
「お前、忍者か?」って修一さんが笑った。
うん、恋の忍者だよ。
日曜日。
公園の空は、ちょっと曇ってた。
でも、風はやさしかった。
ぼくの鼻には、草と土と、ちょっとだけ雨の匂いが届いてた。
春の匂い。静かな匂い。
あの人がいた。
ベンチに座って、白い靴をちょっとだけ前に出してる。
ぼくはリードをちょっと引っ張った。
修一さんがついてくる。
ぼくは歩く。ゆっくり。でも、確実に。
そして、ベンチの下へ。
スッと潜る。
あの人が笑った。
「また来たの?」
声が、やさしかった。
修一さんが、ちょっとだけ迷って、座った。
隣に。
ぼくはベンチの下から、ふたりの靴を見てた。
白い靴と、黒い靴。
ちょっとだけ、つま先が近づいてた。
沈黙があった。
でも、ぼくにはわかった。
その沈黙の中に、“気配”があった。
風の音と、鳥の声と、ふたりの呼吸。
全部が、ちょっとだけ重なってた。
帰り道。
修一さんが、ぼくの頭をなでた。
「……座れたな」って言った。
ぼくはしっぽを振った。
うん、座れたよ。ちゃんと、隣に。
反省点?あるよ。
ベンチの下がちょっと狭かった。
ぼくのしっぽが、スカートに触れそうになった。
でも、笑ってくれた。
修一さんも、座れた。
つまり、作戦は——成功。
次は、雨の日作戦。
濡れて、ブルブルして、タオルをもらう。
ぼくはパギー。恋の応援団長。
次回作戦名:「雨とタオルと、ちょっとした奇跡」
いくぞ、来週!




