落とし物を拾わせよう
月曜日。
ぼくは、ボールを見つめていた。
赤くて、ちょっと噛みあとがついてて、でもまだ跳ねる。
このボールを、あの人の足元に転がす。
拾ってもらう。
修一さんが「ありがとうございます」って言う。
それが、今週の作戦。
作戦名:「落とし物、拾わせろ」
目的:あの人に“話しかける理由”をつくる。
手段:ボールを転がす。拾ってもらう。修一さんが受け取る。
結果:自然な会話が生まれる。できれば、笑顔つき。
火曜日。
ぼくは、廊下でボールを転がした。
カタン、コロン。カタン、コロン。
修一さんが「うるさいぞ」って言った。
でも、ぼくはやめなかった。これは訓練だ。恋のための、特訓だ。
水曜日。
ボールの転がり方を研究した。
まっすぐ転がすと、止まるのが早い。
ちょっと斜めにすると、くるっと回って、遠くまで行く。
ぼくは鼻で押して、角度を調整した。
「お前、ビリヤードでもやるのか」って修一さんが笑った。
うん、近いかも。
木曜日。
修一さんが、ちょっとだけ元気そうだった。
パソコンの前で「……いや、でもな」とか言ってた。
ぼくはその声の高さでわかる。
迷ってるときの声だ。
でも、迷ってるってことは、前に進みたいってことだ。
金曜日。
ぼくはボールをくわえて、修一さんの足元に置いた。
「……持ってくのか?」
ぼくはしっぽを振った。
修一さんが「……わかったよ」と言って、ボールをリュックに入れた。
作戦、準備完了。
土曜日。
風がちょっと強かった。
でも、空は晴れてた。
修一さんが「明日、行くか」と言った。
ぼくは耳をピクッと動かした。
いくぞ、作戦決行。
日曜日。
公園の空は、青かった。
風が木の葉をくすぐって、カサカサって音を立ててた。
ぼくの鼻には、草と土と、ちょっとだけ花の匂いが届いてた。
春の匂い。恋の匂い。たぶん。
あの人がいた。
ベンチに座って、白い靴をちょっとだけ前に出してる。
ぼくはリードをちょっと引っ張った。
修一さんがついてくる。
ぼくは歩く。ゆっくり。でも、確実に。
そして、ボールを落とす。
鼻で、ちょん。
ボールが転がる。コロン、コロン。
あの人の足元へ。
止まった。
あの人が、しゃがんだ。
ボールを拾った。
「これ、落としましたよ」
声が、やさしかった。
修一さんが、受け取った。
「……ありがとうございます」
声が、ちゃんと出た。
あの人が笑った。
「かわいいですね、この子」
修一さんが、ちょっとだけ笑った。
「パギーっていいます」
ぼくはしっぽを振った。全力で。
帰り道。
修一さんが、ボールを見つめてた。
「……やるな、お前」
ぼくは胸を張った。
しっぽも、ぴんと立てた。
反省点?あるよ。
ボールがちょっと転がりすぎた。
あの人の靴に当たりそうになった。
でも、拾ってもらえた。
修一さんの声も、ちゃんと届いた。
つまり、作戦は——成功。
次は、隣に座る作戦。
ベンチの下に潜り込む?うん、それだ。
ぼくはパギー。恋の応援団長。
次回作戦名:「ベンチの下から、こんにちは」
いくぞ、来週!




